第63話  王者の実力

 

目の前で構えている志賀を見ても、さして緊張していない。
体重別重量級王者の山岸を倒した事で、ある程度の自信が付いたのかもしれない。
志賀は、体重で言えば山岸よりも10kg軽い。
重量級が攻め込んできても回り込んでいなせたのだ。
山岸と同じだ。
攻撃をかわし、隙をついて攻撃する。
地獄のようなサーキットを無数に繰り返した。
延長戦が続いても体力はもつ。

試合開始後も構えたまま、動かない二人。

 

ロベルトは不安そうな表情で、試合場を見つめる。

「太郎、大丈夫カナ?」

「あ? 大丈夫な訳ねーだろ! 相手は全日本チャンピオンの志賀だぜ。あんなチビの糞太郎が勝てる訳ねーぜ」

「オー、相馬先輩。それは酷いヨ」

「ちっ、うるせーな。少なくとも今回は勝てねーよ。間違いなく。空手の試合はそんなに甘くはない」

相馬は真剣な表情だ。

「だが、勝利よりも大きなものを勝ち取ることはできる。太郎のような軽量級の新人が、全日本王者に善戦するとか、な。俺の弟子として、そんくらいはお願いしたいことだな」

「オー、勝利よりも大きなモノ……」

 

先に動いたのは、太郎だった。
太郎は後ろ足を踏み込み、志賀の懐に飛び込んだ。
太郎の武器はこれしかない。

突きのラッシュ。

体格で劣る太郎はゼロ距離からの突きでしか突破口を切り開くことは出来ない、と考えた。
太郎は突きを繰り出す、が、ワンツーともに空を切る。
志賀は後ろに下がりつつ突きを捌いた。
続けざまに出す突きも相手の身体にぶつかることはなく流れた。
バランスを崩した太郎の腹に強烈な膝蹴りが飛んできた。

「うっ!」

思わず声が漏れる太郎。

さらに同じ場所に前蹴りが炸裂する。
今度は声は出ない、が、太郎はそのまま膝を崩してしまった。

苦しい。

しかし、歯を食いしばり太郎はすぐに立ち上がった。

 

『白、中段前蹴り、技あり! 』

 

太郎はあっという間に技ありを取られてしまった。
まだ自分の攻撃が何も決まらぬ内に。
実力差は歴然としていた。

 

「オー! 太郎!」

「ち、速効だな。夏の体重別の後、腹は多少鍛えたつもりだったがな。軽量級の津川とは威力が違うか」

 

太郎は立ち上がったものの、全く打つ手が無い気がした。

「(ど、どうする? 志賀選手……強い。やっぱり、全日本王者は半端じゃあない。喰らった膝蹴り、前蹴りの威力は勿論だが、何と言ってもあのディフェンス技術の高さ。なんの攻撃も当たる気がしない。しかも、腹にダメージを受けたせいで体力ももう限界だ。ああ、強いな)」

そんな太郎の心の動揺を見透かしたように、志賀は顔色一つ変えず太郎との距離を詰める。
同じ場所。
みぞおちに下突きの連打、そして下段。
太郎は受けることもままならずに場外に放り出される。

 

『赤、開始線に戻って! 』

 

主審の声にもすぐに反応できない。

「(落ち着け、落ち着け。最後まで諦めるな。今から俺の流れにするのは無理だ。)」

太郎は、ゆっくりと道着を直し、思考の時間を作る。

「(考えろ。志賀選手の攻略法)」

太郎は、昨年度の全日本大会。
相馬と志賀の戦いを思い出した。

「(……そうだ。志賀選手は相馬先輩の飛び膝蹴りで敗れた。隙はあるんだ。そう、大技だ。相馬先輩もまともな組手では志賀選手に押され気味だった。俺が出来る大技。……上段?)」

 

『赤、早くしないか! 』

 

主審はさらに声を張る。

「押忍、失礼しました」

太郎は帯をキュっと締め開始線に戻る。

「(いや、上段は当たる気がしないし、今の俺じゃあ志賀選手を倒せるだけの鋭い蹴りが打てそうもない。もう、あれしかない。相馬先輩がスパーリング中に見せるあの大技! 初めてになるが、イメージはある)」

太郎は構える。

 

『続行! 』

 

主審の声と同時に太郎に突っ込む志賀。
まるで、とどめを刺しに来るように。

「(そうだ、来い! いたちの最後っ屁を喰らわしてやる! )」

蹴りが届く距離になった時、太郎は志賀の足元に倒れこむように身体をひねって倒れこむ。
そしてその勢いで右足のかかとを志賀の顔面に繰り出す。

「ど、胴回し回転蹴り!」

「オー、太郎! !」

蹴りは志賀の顔面を捉えた、が、クリーンヒットはせず、踵は志賀の顔をかすめただけだった。
太郎は初めて打った胴回し回転蹴りの受け身を知らなかった。
勢いよく頭を床にたたきつけ、そのまま動かなくなった。

会場がどよめく。

 

「た、担架だ! 待機してるドクターを呼べ!」

大会委員長の野口が声を上げる。
常に危険と隣り合わせの神覇館の大会には常に医者が待機しており、万が一の為、救急車を会場外に待機させているのだ。

太郎が担架で運ばれる様子をじっと見つめる志賀。
その頬からは血が滴っていた。

太郎の運ばれる様を見て、会場からは、大きな拍手が巻き起こった。

 

「太郎の野郎、やりやがったな! 良くも悪くも会場を沸かしやがったぜ!」

「オー、太郎、大丈夫カナ」

「まあ、あのくらいなら大丈夫だろ」

 

 

 

太郎は、ほどなく意識を取り戻した。
ぼんやりとひらけてくる視界にはあずさが浮かんできた。
どうやら会場内の医務室に運ばれたようだ。

「……あ、あずさ先輩?」

「タロちゃん……無茶しないでよ」

あずさはゆっくりと、しかしはっきりと太郎に言った。

「お、押忍」

太郎はうまく状況が理解出来ていないようだった。

「軽い脳震盪のようですね。念のため病院に向かいます」

医者は、軽くため息をついた。

「私も何度かこの任に付いてますが、自分の技で、自ら気絶するようなケースは初めてですな」

医者は、いたずらに笑顔を見せた。
その医者の表情にあずさは胸を撫で下ろした。

太郎は医者の言葉で何となく事態を把握した。

「(ああ、そうだ。俺は胴回し回転蹴りを放ってそのまま着地に失敗して……)」

太郎はあずさに勝敗を聞こうと思ったが、医務室で横になっている選手が勝利している道理もなく、また涙を浮かべているあずさにそんなことを聞ける雰囲気でもなかった。

 

第38回全日本大会途中経過

 


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