第62話  あずさと志賀

 

『それでは、これより、一日目を勝ち抜いた32名の選手達をご紹介いたします』

 

第38回全日本大会の二日目。
全国よりすぐりの選手達は、32人にまで絞られた。
二日目の開会式。
試合場の上には、32人の男達が並ぶ。

太郎には、まだ全国から選ばれた32人に入ったという実感がなかった。
昨年度、試合場の外からこの光景を眺めていた。
今回は、1万人以上の観衆から見られる側に立っている。

そして、太郎の隣に立つのは、2年前の全日本大会王者、志賀創二。

 

『えー、館長の神です。今回も全日本大会をこのように盛大に開催できること、感謝いたします』

 

神覇館館長の神の挨拶が始まった。

『今大会は、来年度に開催される、4年に一度の神覇館最高峰の大会。第9回世界大会の選考会も兼ねております。本日の戦いを勝ち抜かれた8名の選手には、世界大会の出場権が与えられます。どうぞ、頑張って下さい』

 

「へ? そ、そういえば、そうだったな」

太郎は、全く意識していなかったが、今回の大会は、世界大会の出場切符のかかった大会でもあったのだ。
そして、その切符は、あと2回勝ち進めば手に入るのだ。

相馬に出会った頃から言われ続けていた、世界大会。
まるで現実味のない話であったが、手に届くところまで来ている。

しかし、それには、神覇館の若きエース。
全日本王者、志賀創二を倒さなければならない。

 

 

二階の観戦席で、あずさは緊張の面持ちで試合場を見つめる。

「なんだかんだ言って、実現しちゃったじゃない。太郎君と志賀君の対決」

美雪に顔を覗きこまれる。

「そ、そうだね」

あずさは、志賀に初めて会った時のことを思い出していた。

 

 

 ―――――――――――――――それは5年前の冬だった。

兄の清彦はその年に行われた第33回全日本大会において前年同様ベスト8に入る。

その後、理由はわからないが総本山を飛び出し父である源五郎が師範を務める板橋道場に戻ってきていた。
喧嘩好きで誰の目から見ても明らかな不良であった清彦だったが、結局5年間も総本山の内弟子として稽古を続けていたのだ。
あずさは、兄を立派だと思った。
ともかく清彦は帰ってきた。

以前から、清彦に会うために源五郎に連れられ頻繁に総本山を訪れていたので見慣れてはいたが、常に道場に兄がいる風景に、あずさはなんだか変な感じがした。
清彦は道場の三階にある広い物置を自分の部屋として使い、そこに住み始めた。
長く総本山にいたせいか、家族と寝食をともにすることが恥ずかしかったようだ。

 

そして、清彦が道場に戻ってからほどなく志賀が道場にやってきた。
土曜日の昼間だった。
あずさは一人で道場の掃除をしていた。
志賀は青いワイシャツにジーパン姿。
1月にしてはかなりの軽装だ。

肩には膨らんだスポーツバッグ。
直感的に、入門希望者ではないと感じた。
まるで道場破りのようだった。

しかし、すぐにその男が高校生大会を3連覇した志賀だと気付いた。
特報神覇館によく特集記事が載っていた。
兄の清彦と同じく高校生大会を3連覇した志賀に少なからず注目していたからだ。

「押忍、相馬清彦さんはいらっしゃいますでしょうか?」

「あ、兄は、今いないんですが、何か御用ですか?」

「え? もしかして相馬先輩の妹さんですか?」

「そ、そうですけど。ご、御用は?」

「……いえ、たいした用事ではないので。また改めます」

「は、はい」

その後、大会や神覇館の行事などで顔を合わすと軽く話すようになった。
後日、あの日の用件を聞くと、清彦に試合を申し込みに来たということだった。
過去に清彦との間に何があったかはわからないが、人から恨みを買うことに長けている兄のことだ。
たいして驚きはしなかった。

あずさを驚かせたのは、志賀が食事に誘ってきたことだ。

ずっと女子校に通っていたあずさにとって、男性と二人で食事に行くなんて想像もつかなかった。
結局、断ることもできず、美雪を連れて行った。

その後も何度か食事に誘われたこともあったが、二人で行くことはなかった。

あずさは同年代の男性と行動を共にすることに慣れていなかったし、異性を好きになるという経験もなかった。
しかし、そんなあずさでも志賀が自分に対して好意を持っていることはわかっていた。

「付き合ってみないと何にもわかんないよ」

一つ上の美雪に相談すればこんな答えが返ってきた。

「でも、好きでもないのに付き合うの? そーゆーものなの?」

「そりゃあ、好きな人と付き合うのは当然だけど、別に志賀君のことを嫌いな訳じゃないんでしょ? 気になってるんでしょ? なら付き合ってみればいいじゃん」

「うーん、気になってるのかもわからない。なんていうか……好きってさ、その人のことを思うと、こー、胸がドキドキしたりとか、そんな風になるものなんじゃないの? そーゆーのがないからさ、その」

「ドキドキねー……あたしはキヨにドキドキなんてしないけどね。あんたは経験が無さすぎるのよ! もう20歳でしょ? 男から言い寄ってくるうちが花よ」

「うーーん」―――――――――――――――――

 

 

そんな、あずさであったが、気づけば恋に落ちていた。
それも、突然道場に現れた男に。

志賀と比べると、弱々しかったし、自信もなさげだ。
しかし、その男を見る目が次第に変わっていった。

稽古に一生懸命な姿。

兄に才能ありと見込まれたこと。

そして、危険から自分を守ってくれた。

ドキドキも存在していた。
そのドキドキは日増しに強くなっていった。

不本意だが酒の力を借りてでもその男にアプローチした。
あずさなりではあったが。

一目惚れだったかどうかはよくわからない。
が、初めて会った日から気になっていたことは間違いない。
そしてその男はこれから志賀と相まみえる。

 

『ゼッケン65番、志賀創二、神奈川! ゼッケン69番、水河太郎、東京! 』

 

志賀と太郎が壇上に並ぶ。
身長差15cm、体重差20kg。
この若き全日本のエースに対して、太郎はどのように戦いを挑むのであろうか。

あずさは両手を顔の前で握りしめる。
その祈りは太郎の勝利を願うよりも、無事に何事もなく終わることを願っているようだった。

 

第38回全日本大会途中経過

 


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