第57話  カミングアウト

 

特報神覇館の最新号が刊行されたとの情報が板橋道場に入った。
さっそく、太郎、ロベルトは道場近くの書店に向かい、特報神覇館を購入し、道場に戻る。

 

「相馬先輩! 全日本のトーナメント出てますよ! 見てみましょうよ」

「おー、新しいの出たか! どれどれ……」

三人は道場の床に雑誌を広げ、食い入るようにトーナメントを眺めた。

 

第38回全日本大会トーナメント

 

「あっ、相馬先輩は128番! 最後のナンバーじゃないですか。優勝候補筆頭ですね」

「おう、当然だぜ。なんたって前回大会準優勝だかんな」

トーナメントの角には強豪が名を連ねる。

1番・五十嵐
32番・大岩
33番・中条
64番・下村
65番・志賀
96番・伴(兄)
97番・イワン
128番・相馬

この8人が入賞の最有力候補というわけである。

「あっ、ロベの名前があった! 108番か。上手く勝ち進めば四回戦でロシアのイワン選手とぶつかるな」

「オー! イワン選手に勝ったら……相馬先輩とダヨ」

「ふん、そこまで行けたらな。つまりロベはベスト8以上の成績は出せないってこった」

「太郎、太郎は……あった! 69番。あ、志賀選手と近いネ」

「え、あ、あった! 俺の名前が全日本のトーナメントに。か、感動だ」

太郎はしばらく自分の名前を眺めていた。

「上手くいけば三回戦で志賀選手か。……えっ? そ、その前に、二回戦で山岸選手と?」

昨年の体重別重量級王者で、相馬のことを目の敵にしている総本山の山岸は72番と中途半端な位置にいた。

「山岸の野郎は今年の体重別で二回戦で負けてるからな。めずらしくダセー位置だな。ちなみに太郎。お前の一回戦の相手は沖縄県大会のチャンピオンだぞ。今年の体重別中量級でもベスト8に入ってる。まあ全日本ともなるとこんなもんよ」

「えー! 本当ですか? 一回戦で沖縄チャンピオン、二回戦で山岸選手、三回戦で志賀選手……なんか全然勝ち進める気がしない」

太郎は強豪揃いのトーナメントにため息が出る。

「あ……、つか忘れてた。今夜、飲みがあるんだった。親父が声掛けた道場の奴らが来るらしいんだわ」

「へ? そうなんですか」

「オー、この頃飲んでばっかりネ」

 

相馬のおかげとはいえ、知らない人がたくさんいる飲み会に出席するとは。
飲み会に誘われても断り、そしていつしか誰からも誘われなくなり、そして友人はいなくなった。
そんな大学生活だった。
それが、今は他人と楽しく飲みに行けるようになっていた。
自分は成長している、と太郎は思った。

「てめーら! 酒も稽古の内なんだよ! 早く支度しろや! 総本山の連中も来るらしいからよ。あいつら、遅れるとうるせーんだよ」

「えー! 総本山ってことは山岸選手もいるんですかあ?」

「いるだろうな。それにお前のデビュー戦で戦った高畑とかもいるんじゃねーの?」

「高畑……」

高畑は太郎が始めて出場した初心者大会で一回戦で戦った総本山の新人だ。
トーナメントを見ると52番に名があった。
高畑も全日本に出場している。

「みんな強くなってるんだな」

 

 
 

会場は、総武線錦糸町駅近くの中華料理店だった。
会場に着くと、30人ほどの体格の良い男達が座っていた。
年齢層も様々である。
年配の男性たちがおそらく近隣道場の師範達なのだろう。

見ると源五郎師範の姿もあり、隣には美雪とあずさが座っている。

「(う……あずさ先輩がいる! )」

「おー、キヨ。遅いから先に始めてたぞ」

源五郎師範が手を振った。

「押忍、遅れてしまい失礼しました」

「押忍、失礼します」

 

相馬らは端の空いているテーブルに着いた。
なんとなく会場は重苦しい雰囲気が漂っていた。
太郎の想像している飲みとは違っていた。

「相馬先輩。なんか楽しい飲み会って感じじゃないですね」

「まあな。師範連中がいるからな」 

見ると昨年の体重別大会で相馬に話しかけてきた大会委員長の野口師範もいる。
笑顔で相馬達に近づいてきた。

「やあやあ相馬君。調子はどうだい? お弟子さんもいい感じで仕上がってるじゃないか。初出場の体重別でベスト8なんて、なかなか出来ることじゃあないよ」

野口の隣には弟子らしき青年が立っていた。

「押忍、野口師範。まあ頑張ってます」

野口は、暗い青年の肩を叩き相馬らに紹介した。

「相馬君。こいつはね、僕の内弟子の森ってんだ。太郎君やロベルト君の……一コ下かな。まだ入門して1年ちょいだが今年の初心者大会で優勝してね。身体もでかいし、なかなか見所ありなんだな」

「押忍……森大樹です」

森は太郎達に深く頭を下げて挨拶をした。

「おう! 森ってのか! ……おめー暗れーなー」

「げ! 相馬先輩! 初めて会った人になんつーことを」

「……押忍。いいんです。自分暗いですから」

森はロベルトと張るくらい身体が大きい。
短髪で凛々しいたたずまい。
だがうつむき加減がなんとも暗そうである。

 

野口らが立ち去ると太郎はため息をついた。

「相馬先輩、ひやひやさせないで下さいよ。初めて会った人に、暗いだなんて!」

「あー? いいんだよ! 本当のことを言った方が! 反省して直すだろうが」

「押ー忍、なるへそ」

 

飲み会はさして明るい雰囲気になることもなく、時間が過ぎて行った。
しばらくして源五郎ら師範達は帰り支度を始めた。

「では皆さん、楽しんでって下さい。我々師範連中はこれで帰りますんで」

そう言うと師範達は先に帰って行った。

「押忍」

「押ー忍」

皆、立ち上がって礼をする。
相馬だけ座ってビールを飲んでいた。

 

師範達が去ると、あずさの近くでうろうろし始める男がいた。
総本山の山岸だ。
意を決したのかあずさの隣に座って話し掛け始めた。

「(あれは総本山の山岸さんだ。まさか、あずさ先輩に気があるのでは!)」

相馬が気がついてるかと思い横を見ると、腕をくんでいびきをかいている。

「ちっ、肝心な時にこの人は」

「オー、太郎、あずさ先輩とられちゃうヨ」

ロベルトはニヤニヤしながら太郎に詰め寄る。

「う、うるせー」

 

あずさは酔っているのか、美雪を交え、山岸ら総本山道場生達と楽しそうに話し始めた。
太郎はますます暗くなり始めた。

「太郎、森君より暗くなってるヨ」

「はあああああああああ、死ぬ」

 

その時、相馬が勢い良く立ち上がった。

「うおっ、相馬先輩! さすが、妹の危機に!」

「……糞だ」

「へ?」

そう言うと相馬はすーっとトイレに入って行った。

「そんにゃ……」

 

 

しばらくして、あずさはうとうとし始めた。
美雪があずさを揺らしている。

「あらら、あずさ先輩寝ちゃったみたいダネ」

「いっそのこと、寝ててくれた方がいいよ」

あずさは美雪の手を握っている。

「うーん、うーうー」

「ちょっと、あずさ! 大丈夫?」

あずさはしばらくうつむいていたが、突然、顔を上げた。

「うー……そうなの!」

「へ?」

あずさはゆっくり立ち上がり、にっこりと笑った。

「あ、あずさ、どうしたの? 突然」

あずさは大きく息を吸って、叫んだ。

 

「あたしは……タロちゃんとチューしちゃいましたー!」

 

場は一瞬で静まりかえった。

「しかもー……あたしのファーストキスだったんでーす、へへへ」

そう言うとあずさは、すとっと座り寝てしまった。

 

会場は、沈黙に包まれた。

太郎は頭が真っ白になった。

「(な、ななななななっ? なんつー……あずさ先輩、何をお……ん?)」

びっくりした太郎だったが、あることに気付いた。

「(あ、あずさ先輩……あの時起きてたんだー! 寝ているところを内緒でやったんじゃなかったんだー! しかも、あんなに嬉しそうに! し、ししかもも、ファファファーストチッス! やったーー! ……だが! だが、ここで言うかーーー?)」

 

「タ、タロちゃん……だと?」

目じりがひくひくしている総本山の山岸。
持っているジョッキはわなわなと揺れている。

「山岸君、ちなみに、タロちゃんは正面のテーブルにいる眼鏡の子ですよ」

酔った美雪が太郎を指さす。
山岸は太郎に熱視線を浴びせる。
大きな顔には青筋が立っている。

 

「な、何だか山岸選手がこちらを見ているようだが……」

「あららー、太郎。全日本で殺されちゃうかもネ」

太郎は、二回戦で山岸とぶつかる可能性が大きい。
 

 

相馬はようやく長いトイレから出てきた。

「うー、すっきりしたぜい……ん? 何だ、この無音空間は?」

なにも知らない相馬。

さらに沈黙が深まる。

「ロ、ロベ。俺は、山岸選手の前に相馬先輩に殺されてしまうんじゃ……」

「ばれたら……間違いないネ」

相馬は、ドスっと音を立て座った。

「おいおい、太郎。何かあったんか!」

「い、いえ。その、あずさ先輩が寝てしまったんで、その、静かにしようと」

「あー、本当だ。ったく、酒に弱いくせに飲むからなあ」

そう言うと、相馬は美雪のところに行き、帰るように薦めた。

「えー、じゃあキヨ達も帰ろうよ」

「あー、そうだな。タクでも拾うか。おーい、太郎、ロベ帰るぞー!」

「は、はひー」

「おらっ、あずさ起きろや。帰るぞ」

「ふにゃにゃ」

美雪があずさに肩を貸し、板橋道場の5人は静まりかえった店から出た。

 

店に残った山岸はまだ怒りに震えている。

「タロちゃんだと……なんだあの野郎はあ……し、しかも、俺の憧れのあずささんの……ファーストキッスをっ?」

近くにいた高畑が山岸に酒を注いだ。

「山岸先輩。彼は相馬先輩と同じ板橋道場の方ですよ。私、初心者大会で戦ったことがあるんです。白帯でしたね。ちなみに全日本にも出場しますよ。確か、先輩とは二回戦でぶつかりますよ」

「なあにい! お前が初心者大会に出たのは去年じゃないか。もう全日本に出るのか?……そうか、相馬軍団とか騒がれてるのがあいつか」

「あらら、山岸。憧れのあずささん、盗られちゃったなあ。怒り爆発か?」

山岸の前で笑っているのは今年の体重別中量級準優勝の久我。
山岸の先輩にあたる。
細長い目つきで山岸を見つめる。

「お、押忍。そんなんじゃないですよ」

「ふふふ、だが試合に私情は持ち込むなよ。お前は総本山所属なんだからな。神覇館の規範たれ……ってな」

「……押忍」

 


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