ホテルの部屋に入ると相馬はそのままベットに横になってしまった。

「相馬先輩ー、お風呂は入らないんですか?」

「めんどくせーから入らねー。俺、動いてねーし。ふあああ、眠みー。起こしたら殺すから……zzz」

相馬はあっという間に寝てしまった。

「あらら、寝ちゃったよ。寝たか……ふふ」

「オー、太郎。どうしたノ、にやけて?」

太郎は、向こうで風呂を溜めている岩村に聞こえないようにささやいた。

「……あずさ先輩とお出掛けしよーかなって」

「エーっ! 太郎! もう約束してるノ?」

「いや、してない……が、俺は確信した! 俺とあずさ先輩は……りょ、両思いなんだああー! !」

太郎は両手の拳を高く天に伸ばした。

「う、うん。僕もそー思うヨ」

「そうかー、そうだよなー! なんつっても、試合中に『タロちゃーん』だもんな!」

「そうそう。そうだよ。あずさ先輩は、太郎にラブダヨ」

「あーー! ロベー! そうなんだよーおおおおお」

「いいなー、太郎は。僕もガールフレンド欲しいナ」

太郎はロベルトの恋の話は聞いたことがなかった。

「……なあ、ロベルトは彼女とか、いたの?」

「うん、何人かと付き合ったことあるケド……なんか太郎みたいな……甘酸っぱい感じじゃなかったネ」

「(……やっぱり付き合ったことあるんだな)そ、そうなんだ」

 

こんな会話をしていて、太郎は前々から聞きたかったことを勢いで聞いてみることにした。

「なあ、ロベルトはどこの国から来たの? なんかこの話題になると、なんとなくはぐらかされるじゃん」

「……」

 

そうなのだ。
ロベルトは出身の話題になると急に日本語がわからない振りをしたり、話を変えようとしたりした。
言いにくいような事情があると感じた太郎はあまりこの話題に触れなかった。
もしかして不法入国か何かかもしれない。
だが、それを知ることで素晴らしい親友を失いたくは無い。

「あ・・ごめん。そんなに気になってる訳じゃないんだよ」

「ううん、僕こそゴメンヨ。気になるヨネ。でも出身は……今度話すヨ。ちなみに日本に来る前はアメリカの大学に留学してたんダ」

「えー? そうなの? ロベは俺と同じ年だから……」

「中退したんダ」

「えー! まじで? 確か相馬先輩と世界王者のレオナルド選手の試合を見て感動して日本に来たんだよな……ちなみにどこの大学?」

「ハーバード大学」

「はえっ、えー? 本当? 世界で一番の大学でしょ?」

「ふふ、どーかナー?」

ハーバード大学出身が冗談かどうかは分からないが、来日して1年で日本語はペラペラ。
ロベルトが非常に賢い男だということは分かっている。

「ちなみに、大学の近くに神覇館のアメリカ支部があったんだヨ。3年前の世界大会で第3位になったリチャード選手って人なんかもいて、かなり強い選手の多い道場だったナ。僕は、入門しなかったけど、良く顔を出してたから仲良くなった人も何人かいるんダ」

「へー……あ! だから板橋道場に入門した時に道着をすんなり着れたんだ。俺、あの時ロベのこと経験者だと思ったんだよ」

「そ、そうダネ。道着の着かたは知ってたヨ」

「じゃあ来年の世界大会で選手として再会できるかも知れないんだな」

「うん。アメリカ支部には凄い選手もいたヨ。仲良くなった奴で、名前はマイケル・ストラウス。僕らと同じ年なんダ。知り合ったばかりの頃は白帯締めてたけど、大技で先輩達をノックアウトしてたヨ。しかも何の躊躇もなくネ。性格は悪いけど、あーゆー奴を天才って言うんだネ」

「へー、相馬先輩よりも?」

「相馬先輩は、もっともっと凄いヨ! 僕がリスペクトしてるんダカラ!」

「そ、そうだな」

 

思いがけずロベルトの過去の話を聞けた太郎。あずさとのお出掛け作戦のことはすっかり忘れていた。

「あ! あずさ先輩! 忘れてた。さっそく夜のお出掛けにお誘いしよう」

「オー、太郎! 頑張ってネ。でもさ、どうやってあずさ先輩を誘うノ? 部屋には美雪先輩もいるんダヨ」

「……ロベ! 美雪先輩を部屋から連れ出してくれ」

「へ?」

「『お話があります』とか言ってさー! 頼むよ! 一生のお願い」

「エー! チョット太郎。そりゃあ難しいヨ。僕、美雪先輩を誘うようなお話はないヨ」

「ロベ! 何も言わず頼む。5分でいいから。ほら、相馬先輩との関係を聞くとかさあ」

「オーノー、太郎。……太郎がそこまで頼むなら、僕、頑張ってみるヨ」

「ロベー! お前は本当になんて良い奴なんだ」

「でも太郎、僕たちは、明日も試合があるんだからネ。あんまり無理しないでネ。足、痛いでショ?」

太郎はロベルトに言われて、足がまともに動かないことを思い出した。
ロベルトに肩を借りながらホテルまでたどり着いたのだった。
正直を言えば、明日は到底戦える状態ではなかった。
どうせ勝てる訳がない。

 

 

太郎は、部屋の玄関に耳を引っ付ける。
どうやら、ロベルトは太郎の依頼通りに隣の部屋に行き、うまく美雪を誘い出したようだった。

「……ロベ、お前マジで感謝するぜ」

 

太郎は、相馬と岩村を確認した。

「相馬先輩は爆睡してるし、岩村先輩は風呂に入ってる。行ける」

太郎はこっそり部屋を出た。

 

 

ロベルトは美雪を一階フロント横の喫茶店に連れて行った。

「……ロベルト君、お話って何?」

突然ロベルトに誘われた美雪は、腕を組んで細い目でじっと睨みつける。

「(オー、なんてどSな視線なんだ)えー、なんというか」

「……なんなのよ」

「(ひー! 太郎、無理、助けて)なんなんでしょう」

「……」

 

 

ロベルトが長く辛い時間を味わっている時、太郎はあずさのいる部屋の前をうろうろしていた。

「……ロベすまん。いざとなったら、どうやってお誘いするかわからん。どうしよ」

太郎はいろいろな考えが浮かんできた。

「と、いうか。俺は何で、あずさ先輩と両思いだと思ったんだ。『タロちゃん』って呼んでいい? って聞かれたから? そんなのただのあだ名じゃん。試合中に『タロちゃーん』って叫んでくれたこと? 同じ道場だし、俺があまりにもふがいない試合してたし……ああ、考えれば考えるほど自身が無くなっていく」

太郎は大きなため息をついた。

「無理」

 

 

ロベルトはなんとか空手の話などで時間を繋いでいたが限界に近づいていた。

「(オー、太郎。もう誘ったよね。もう僕は限界ダヨ)」

「……ロベルト君、そろそろ部屋に戻っていいかしら?」

「オー、そうですね、美雪先輩、アリガトウゴザイマシタ」

「……いいえ」

美雪は、すっと席を立ち、部屋に戻って行った。
ロベルトは神経衰弱し、憔悴しきっていた。

「……なんで僕がこんな目に」

 

 

ロベルトは試合後よりもふらふらと自分の部屋に戻った。
部屋に入ると窓側の椅子にうつむいて座っている太郎がいた。

「ノー、太郎!」

「ロベ、すまん」

ロベルトの友情むなしく、太郎は一歩を踏み出すことが出来なかった。

 

第23回体重別全日本大会途中経過

 


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