第48話  特報神覇館

 

地獄の拳立て10000回の罰を実施中の太郎とロベルト。
ようやく2日目を終えたところである。
二人は、全身を癒すべく、銭湯に来ていた。

 

「痛ててて、身体中痛いぜよ」

「意外と拳立ては身体全体を使うんだネ」

「二日掛けて、やっと3000回か。もう無理だ」

「太郎はまだ体重が軽いからいいヨ。僕なんて90kg近くあるんだヨ」

「確かに……ロベの方か辛いかもなあ」

二人は屋外にある檜風呂に移動した。
四月の風が心地よい。

「なあ、ロベ。この頃、相馬先輩が何やら師範ともめてないか?」

「うん、何か師範がお願いしてるみたいだネ」

「そうそう、なんなんだろうなー。今もそれのせいで銭湯来れなかっただろ」

そんな話をしていると、ドアが勢いよく開いた。

「ようやく終わったぜ!」

相馬が入ってきた。

「押忍、相馬先輩。先にお風呂いただいてます」

「おー。ったく、参ったぜ」

「先輩、何かあったんですか?」

「ああ。神覇館が出してる月刊誌で対談しろってんだよ」

「『特報神覇館』ですか? あれなら相馬先輩よく出てるじゃないですか。特集とかで技の解説とか」

特報神覇館とは、神覇館空手の機関紙である。

「そんなんなら喜んでやるぜ! だが今回のは対談なんだよ。しかもよりによって大阪の下村とな」

「えー、相馬先輩と犬猿の仲の……」

「何であんな嫌な野郎と……しかも、うちの道場でやるらしいんだよ。今のところ俺の2戦2敗だからな。あーやだやだ」

「それで先輩はOKしたの?」

「第38回全日本の優勝候補、世紀の対談! とか言うコーナーらしい。昨年の準優勝の俺が出ない訳にはいくまい。憂鬱だぜ」

「で、いつになったんですか?」

「……明日だ」

「うわっ」

「オー」

「ちなみにな……お前らも載るからな」

「え?」

「オー! 僕らモ?」

「下村の糞野郎との件を了解するのと引き換えにな。相馬軍団を売り出すって訳よ」

「えー! 相馬先輩、僕らなんかが出ていいんですか?」

「てめーらは黄帯で体重別のチケットを手に入れたんだ。十分だろ」

「オー! 僕らが本に載るんだネ!」

「俺様の事を聞かれたら、やさしくて頼りになる素晴らしい先輩だと言えよな!」

「お、押忍」

 

 

翌日も相馬の拳立て稽古が続く。

「おらー、後少しで4000回だぜー! 気合入れんかい!」

「押ー忍!」

「オー」

「ロベッ! ちゃんとケツを下げろ!」

相馬の竹刀が飛ぶ。

「オー、ノー!」

「これは、これは、なんや、えらい古めかしい稽古しとるやんけ」

「あ?」

 

相馬が振り向くと道場の入り口に大阪支部の下村が立っていた。
隣には、弟子の宮路もいる。

「おい宮路、聞いたか? 拳立て4000回やて。ごっついな」

「押忍、さすがですわ」

相馬の表情がみるみる変わっていく。
そして、下村の前に立ちふさがった。

「おう、下村。久しぶりだな。道場に入る時は十字を切って挨拶するんだぜ。そんなことも知らねーのか、貴様は!」

「ほ。えらいつっかかってくんな。お前こそ先輩に敬語使うと習てないんかい」

「毎回毎回何度も言わせんな! てめーなんて先輩だなんて思ってないんだよ! ヒゲデブが!」

「ヒゲデブやと、貴様……」

太郎とロベは以前にも見たようなこの一触即発のシーンにひやひやしている。

下村の後ろから宮路が出てきた。

「おうおう相馬ー! そーゆー生意気な態度は、下村先輩を倒してから言わんかい!」

「ちっ、またお前か。この下村の金魚の糞が! たっぱが180くらいありやがるくせに、無差別が恐くて軽量級にいんだろ? てめーみてーなのは一生体重別でいきがってろ」

「てめー!」

宮路の目じりがヒクヒク動く。

「それになー、去年の全日本では、俺様は準優勝。下村! てめーは7位だったか? ベスト8止まりだ。てめーらは、準優勝と第7位のどっちが偉いかもわかんねーのか!」

「なんやと! てめーは、ワイに勝ったことないやんけ!」

「アホが。俺様は決勝まで昇りつめたんじゃ。おめーが準々決勝ごときで敗退しやがるからやりあえなかったんだろーが!」

「くっ」

「バカが。今やってらぜってー俺様が勝つんじゃあ! つーか、毎年毎年順位に変動がありすぎんだよ。前年度より順位落とすって、なんてだせー野郎だ。俺様なんか、全日本の順位を下げたことねーぜ。つまり、来年は、優勝ってことだ、馬鹿」

確かに、相馬は全日本の順位を下げたことがない。
初出場の第32回全日本大会で6位入賞して以来、5位、4位、3位と順位を上げていき、去年は準優勝である。

 

太郎とロベルトはさすがに止めに割って入った。
今にも殴り合いが始まりそうな雰囲気だ。

「相馬先輩、下村先輩、今日は取材なんですよ。落ち着いて下さい」

「なんやこいつは?」

下村が迫力満点に太郎を睨み付ける。
太郎は声が出ない。

「こいつはな、俺様の弟子で水河太郎ってんだ。その宮路なんたらと同じ軽量級のな。緑帯で体重別に出るんだ。体重別で当たったらせいぜい恥をかかないようにな」

「うえあっ、相馬先輩ー、やめて下さいよー」

太郎が涙目で相馬に訴える。
自分まで大阪勢に恨まれてはたまらない。

「水河か……宮路、体重別で当たったら、大阪空手を見せ付けたれ」

「押忍。よろしくな、水河」

その時、宮路は何かに気づいたように、太郎の顔を覗き込む。

「……ん、お前どっかで会ったか?」

太郎と宮路は1年前に深夜のラーメン屋で出会っている。

「お、押忍。覚えているか分かりませんけど、昨年の体重別全日本の前日に、ラーメン屋で……」

「ラーメン屋……お、覚えてるわ。あのなよなよした奴か。空手やってたんかい。ははは」

宮路は太郎を覚えていたらしい。
太郎もまた、あの時の決心を忘れてはいない。
いつか宮路を倒すと。
借りを返すと。

 

 

「やあ、どうもどうもこんにちはー!」

ようやく取材陣が板橋道場に到着し、相馬と下村のぴりぴりした対談が始まった。
その後はお互いの弟子として、太郎・ロベルトと宮路もインタビューされる。

記者の渕岡という男は、太郎に質問をする。

「水河選手は、将来どんな空手家になりたいですか?」

「ぼ、僕は、相馬先輩みたいに全日本で活躍したいです」

「ほうほう。具体的には、どのくらいの結果を残したいですか?」

全日本で優勝したい、と言いたいところだが、相馬や下村の前では、とても言えなかった。
そのかわり、太郎の脳裏に、あるイメージが浮かんだ。
そして、それがそのまま口を突いて出てしまった。

「そ、相馬先輩と僕とロベルトで……相馬軍団で全日本の表彰台に立ちたいです」

太郎の想像以上の大きな目標に居合わせた一堂は唖然とした。

「つ、つまり相馬軍団の3人で、1位から3位までを独占すると」

「お、押忍」

下村や宮路は苦笑いをしている。
しかし、相馬は大笑いをした。

「がはははは! そうだ太郎! いいじゃねーか! 記者さん、聞きました? 俺ら3人はそのうち全日本の表彰台を独占しますよー! こんな大阪の奴らにゃ無理ですけどねー」

「なんやと、貴様ー!」

 

結局、取材は大荒れで終わった。
しばらくして発行された『特報神覇館』の5月号にはちゃんと太郎の宣言が載っていた。
しかも結構目立つように。

もう後戻りは出来ない。
目前の体重別に向け、太郎とロベルトの猛稽古が始まった。

 

ちなみに、宮路との出会いをしゃべったことで、昨年の体重別試合前日に、内緒でラーメン屋に行ったことがばれてしまい、拳立てを追加された。

 


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