第47話  夢じゃない!

 

太郎は、かつてないシチュエーションに立たされた。
酔って寝てしまったあずさを背負って夜の街。

「と、とにかく、おぶって帰るか。ここからあずさ先輩の家まで30分くらいか」

女性ってこんなに軽いんだなー、と思いつつ、歩き始める。

 

今の状況。
幸せ過ぎる。
ずっとこの状況が続けばいいのに。
これは、これこそが、青春の1ページ。

 

信号待ちで止まると、あずさの寝息とともに、甘い戸息が太郎の鼻をかすめる。

「し、幸せ過ぎる。しかし、このまま帰っては、また明日から、あずさ先輩は高嶺の華に戻ってしまう。ああ、何か、どうしたら」

愛しい女性と密着しているにもかかわらず何も出来ない太郎。

 

もやもやと考えを巡らせているうちに道場近く、夜桜咲き乱れる川辺に着いてしまった。

「ああ、とてもキレイだ。ああ、一緒に見たかったなー」

その時……風が吹き、桜の華が舞う。

「ん……」

すると、あずさの声が聞こえた。

「口になにか、入ったよぉ」

見ると、桜の花びらがあずさの口についている。
太郎には、神様の助けだと思えた。

「あ、あずさ先輩。こ、こんばんわ」

「ふえ? あれれれれ? 太郎さん、何で、美雪さんはー?」

「く、栗原先輩は帰られました。僕は、あずさ先輩をお送りする役目を仰せつかりました」

なんだか仰々しいしゃべり方だなあ、と太郎は思う。

「そうなんですねー、やさしいんだ、太郎さんは」

 

「……あずさ先輩にだけですよ、僕がやさしいのは」

 

太郎の言える精一杯のセリフだった。

「えー、本当ですかー。嬉しいな」

「お、押忍(嬉しいだってー! そりゃあ、こっちのセリフだよー)」

おぶさっているあずさは太郎のほっぺを軽くたたいた。

「お、押忍?」

 

「恋と空手は両立すると思いますか?」

 

「……! ! !」

いくら女性経験の無い太郎でも、さすがにわかった。これは、これはさすがに!

「りょ、りょりょ、両立すると思います。そ、それどころか、お互いに良い影響を与えると思います」

「……そっか」

 

しばしの沈黙。
太郎は動揺する。

「(ありゃー、な、なんか間違ったかなあ? )あ、あずさ先輩?」

「ねえ、太郎さん」

「押忍」

「太郎さんのこと……タロちゃんって呼んでいいですか?」

「えーーーー!!!!(えーーーー!!!!)も、もちろんですー!」

「じゃあ、明日から、タロちゃんね」

「は、はい」

押忍も忘れるほどの衝撃。
なんという夜だ、今夜は!

「(あずさ先輩は俺のこと……そうなのか? そうなのかーー!!」)

太郎は、あずさを家まで送り、手を振って別れた。

 

だんだんと冷静になると、一つの不安がよぎる。

「あずさ先輩は、かなり酔ってるみたいだったな。酔ってて、あんなこと言ったのか。明日になれば忘れてるかも。……でも、でも、嬉しい、ああ、幸せな夜だった」

太郎は、幸せに包まれていた。
そして、大事な事を忘れていた。

 

太郎は呆けたまま道場に戻り、部屋に入った。

「……太郎よ、随分お早いお帰りじゃねーの。さては早漏か?」

「(忘れてたあああーーー!!)お、押忍ーー」

 

 

早朝。
太郎とロベルトはすでに道場にいた。
相馬は竹刀を持って仁王立ち。

「太郎! ロベルト! 貴様らは1週間で拳立て10000回の刑だ!! それ以外の稽古は一切しなくていいからなー! 1週間で出来なければ、リセットしてまたやり直しだー」

「お、押ー忍」

「押ーー忍」

太郎、ロベルトにはとんでもない罰が科せられた。
1週間で、拳立て伏せ10000回。
1日に1500回程をこなさなければならない。
二人は朝から拳立てづくしだ。
加えて、昨夜のお仕置きで身体中が痛い。

「ロベルトすまん、俺のせいでこんな目に」

「いいよ、太郎。僕たち同期の桜でしょ」

「ロベー、お前はなんていい奴なんだ」

「……ところで太郎、昨夜はどうだった?」

「おお、それが……」

しゃべり声が聞こえ、相馬の竹刀が飛ぶ!

「てめーらー! 服役中は私語をすんな!!」

「ひー」

「押ー忍」

 

そんな地獄の道場に、あずさが現れた。
太郎は昨夜を思い出し動揺し、態勢を崩してしまった。

「あれ、お兄ちゃん。どうしたの」

「おう、あずさ! 聞いてくれよ。この太郎の野郎がよー、俺様の優しい気持ちを踏みにじって、女んとこに行ったのよ!」

「ふーん、そうなんだあ。あ、お兄ちゃん、お父さんが呼んでたよ。家にいるよ」

「あ、親父か。ちっ、昨日の電話の続きか。うるせーなー」

相馬はだるそうに道場を出て行った。

あずさは、そろそろと太郎に近づいた。

「頑張ってね、タロちゃん」

そう言うと、相馬の後についていった。

「……ほえ」

「た、太郎! オー、太郎! なんだよ! やるじゃないかー」

「タロちゃん……夢じゃなかったんだ」

 


NEXT → 第48話 特報神覇館 へ


BACK ← 第46話 夜を駆け抜ける へ


 

サブコンテンツ

このページの先頭へ