第46話  夜を駆け抜ける

 

4月。
太郎とロベルトが入門して、ちょうど1年が経った。

先日、4回目の昇級審査を終え、緑帯を手に入れていた。
二人とも3級になったのだ。
通常の道場生ならば2年は掛かるところが、内弟子として、道場に住み込みで修行している二人は全て飛び級だった。

その日、道場では、いつものように相馬による稽古が終わったところであった。

「よーし、てめえら、入門1年祝いで俺様が焼肉をおごってやるぜ!」

「え、や、やったー!(23時を過ぎているのだが・・・・・・)」

「ヤキニクー! スキヤキー!」

「ロベッ! てめー、日本を馬鹿にしてやがるなー!」

いつものように相馬にヤキを入れられるロベルト。
まあ、しかし、今夜は楽しくなりそうな予感。
あずさがいればもっと楽しいんだろう、と太郎は思う。

 

一行は道場を出て駅前へ。
と、相馬の携帯電話が鳴った。

「ちっ、誰だよ、こんな時に……げ、親父! あー、めんどくせーなー。おい、てめーら、ちょっと待っとけ!」

文句を言いながらも、キチンと電話に出る相馬。

「相馬先輩でも、源五郎師範には逆らえないみたいネ」

「ああ、傍若無人だが、目上の人はちゃんと敬ってんだよ。たぶん」

「もしもーし、清彦ですー。押ー忍。……はいはい。今から太郎たちと……」

道場近くの川沿いには桜が並んで咲いている。
ちょうど花見の季節でもある。満月が綺麗な夜だ。

「オー、こんな夜は思い出すネ」

「ん? 何を?」

「兄さんのコト」

「え? ロベは兄弟がいるのか?」

「うん。兄さんは、満月が好きだったんだ」

「な、なるほど。かわいいお兄さんだな」

 

ロベルトと話していると、今度は太郎の携帯が鳴った。

「ん? 電話だ。あ、登録してない番号からだよー! あんまり出たくないなー」

「あずさ先輩からかもよ」

「ロベ、からかうなよ。でも、だったら嬉しいな」

緊張しながらも、電話に出る太郎。

「はい、み、水河ですが」

『……太郎君?』

女性の声だ。

「わ、お、はい、そうです。太郎です」

『美雪でーす。こんばんわ』

なんと、電話は相馬の彼女の美雪からだった。

「お、押忍。栗原先輩。ど、どうしたんですか?」

『ごめんねー、突然電話して。太郎君の番号、岩村さんに聞いたの。“栗原美雪”で登録しといてねー。でね、あのねー、今、あずさと“たぬきの滝”で飲んでるんだけど・・・・・・』

たぬきの滝は、ここから少し離れたところにある、こぎれいな居酒屋である。

『・・・・・・あずさがねー、太郎君と飲みたいって言うの』

一瞬、太郎の時間が止まった。
耳を疑った。

「あ、あずさ先輩が、ぼ、僕と?」

『そうなの。嬉しいでしょ?』

嬉しいどころの話ではなかった。
太郎は自分の心臓の揺れでくらくらしてきた。

「は、ひひへ、ほ」

『あずさー、太郎君が、「はひふへほ」だってー』

美雪は酔っているようだ。

『ばいきんまんみたーい』

あずさの声が聞こえた。
あずさも酔っているようだ。

『じゃあ、あずさに換わるね。はいっ』

「げ、ちょ、え・・・・・・」

どうやら電話の向こうにあずさが来るようだ。
太郎の脈拍はますます上がる。

『もしもーし。太郎さんですか? あずさです』

間違いなく、あずさだった。

「お、押忍。太郎です。あ、の、栗原先輩と飲んでるんですか?」

『そうなんです。そうなんです。美雪さんと飲んでるんです。太郎さんは今、何やってるんですか?』

「僕は、僕は……何もしてません!」

聞いていたロベルトはギョッとした。

『えー、お兄ちゃんやロベルトさんは?』

「相馬先輩達は……銭湯に行きました」

ロベルトは相馬の方をちらりと見た。
まだ電話中らしい。

『それじゃあ……良かったら、一緒に飲みませんか?』

「……もちろんです。今から行きます!」

場所を聞いた太郎は電話を切った。

普段陽気なロベルトが珍しくおろおろしている。

「太郎、なんとなく電話の内容はわかったけど……行くの? 相馬先輩を置いて?」

相馬は、まだ源五郎師範と電話している。

「ああ、こいつは一生で何度かしかないチャンスだ!」

出会ってから1年、遠目で憧れ続けてきた自分のアイドルが声を掛けてくれた。
飲みに誘ってくれた。
これがチャンスでなくてなんであろう。

「太郎……気持ちは分かるけど、相馬先輩が焼肉に連れてってくれると……」

「ああ、わかってる。俺は大変な罪を犯そうとしている」

「太郎、本気なんだね。相馬先輩の報復を覚悟で行くんだね」

「ああ、ロベルト。世話になったな」

今生の別れのような雰囲気になってきた。

「太郎、いってらっしゃい。相馬先輩は僕にまかせて」

「ロベルト……すまん」

そう言うと太郎は、わき目も振らずに、あずさらが飲んでいる居酒屋に走った。
突然走り去る太郎に相馬は気づいた。

「へ? あ? 何だ? ちょっと、親父殿、また今度!」

相馬は電話を無理やり切った。

「ロベー! 太郎の野郎はどこへ行ったー!」

シスコン相馬に対し、妹の元へ行ったなどと言えば、死は免れない。
だが、あまりの相馬の迫力にロベルトは上手いいいわけも思いつかない。

「オー、太郎は……トレーニング」

「ああ? ロベー、貴様、俺様をそんなくだらねー嘘で騙すつもりかー」

「ノーーー! !」

 

 

夜道を駆け抜ける太郎の携帯が鳴る。
死を覚悟し、携帯に出る太郎。

『太郎ー!! 貴様、どーゆーつもりだー! !』

「わわわわわ」

『女のところに行くらしいなー!! 虫の息のロベルトに聞いたぞ!』

「(ロベルト……すまん)いや、その」

『覚悟は出来てるだろうなー!!』

「ひーー!」

太郎は携帯を切った。
そして電源も切った。
だが、どうやら可愛い妹のところに行くとは知らないらしい。
半死のロベルトの友情に感謝する太郎。

 

しばらくして目的の居酒屋に着いた。
店の前には美雪が立っており、あずさは肩を借りてぐったりしている。

「太郎君、お疲れー。あずさねー、ちょっと飲みすぎちゃって、寝ちゃったの」

「むにゃむにゃ」

「はあはあ、そうなんですね」

「アタシん家すぐ近くだからこのまま帰るね……太郎君、あずさを送ってってね」

「えーー! 寝てますけど」

「もう、何のために普段から鍛えてんのよ。おんぶでしょーが!」

「うぉんぶ!!」

美雪はあずさを太郎の背中に乗せると去って行った。

「太郎君頑張ってねー、い・ろ・い・ろ!」

「……」

太郎の戦いが始まる。

 


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