第38話  三人目の男

 

熱戦を終え、相馬は太郎とロベルトの稽古を再開した。
その稽古内容も熾烈さを増してきた。
午前中は一般道場生たちとの合同稽古で空手の基本を学ぶ。
それが終わると、相馬による選手用の稽古が始まる。
大会後、相馬は道場内で道着を着ることが少なくなり、自分の稽古はしなくなった。
それは来年の第38回全日本までは試合に出る予定がないからだった。

今日は、上は黒のタンクトップ。下はカラフルなハーフパンツ姿だ。
太郎とロベルトは、相馬の命令で、拳立て伏せを行っている。

「てめーら! 東京都大会は3ヶ月後だぜ! ここでなんとしてもベスト8に入り、来年夏の体重別に出場するんだ! わかってっか?」

「押ー忍!」

「ふーふー」

「おらっ、太郎! 拳立て中でも、返事はせんかい! !」

「ひー、お、押忍」

「よーし、二人とも50回は連続で出来るようになったな! 基礎体力なくしては一流の空手家にはなれんからなー!」

今では、2回の昇級審査を経て、二人は7級となり、青帯を締めていた。

相馬はスタミナと基礎体力作りを非常に重視した稽古を課していた。
しっかりとした地盤なしに、技の上達は無いという持論を持っているからだ。
基礎体力は、完全燃焼型という独自のやり方をやらせる。
拳立てならば50回をクリアさせ、インターバルを取り、すぐさま30回、インターバル、20回というように、一つをとことん追い込む。
道場に住んでおり、空手だけに専念できる二人だからこそ出来る稽古と言える。
スクワット、腹筋、背筋などを終え、休憩になる。

 

本日の基礎体力稽古がようやく終わった。

「お前ら、かなり基礎体力がついてきたな。ビックミットでのスタミナ作りもしっかりやったし、半年前の初心者大会の時なんかとは比べ物にならない体力だと思うぜ」

「押忍」

「強くなってるみたいネ」

ロベルトはだいぶ日本語をマスターしてきた。
今では、聞き返すことがほとんどない。

「だが、恐らく今のてめーらは、試合をすれば、むちゃくちゃに突く蹴るを繰り返すだけの汚ねー組手しか出来ないだろう!」

「押ー忍」

「そこで、自分の必殺技を一つ作ってもらう!」

「必殺技ですか?」

「そーだ! 何でもいい。相手を一撃でマットに沈めちまうような、華麗なる必殺技だ」

「華麗なる必殺技……なんだかかっこいいな」

これまで、スタミナ稽古ばかりしてきた太郎は、ようやく空手らしい稽古に入れる予感がしてきた。

「ロベ! おめーは、何がいい?」

「うーん、僕は……上段の膝蹴りかな」

上段膝蹴りは、初めての昇級審査でロベルトが太郎を葬った技だった。
太郎にあの時の悪夢だ蘇る。

「ほお、なかなかてめーに合った技だな! じゃあ、ロベルトには上段膝蹴りを授けるぜ! 右と左どっちがいいんだ?」

「オー! ライト、レフトも頑張るヨ?」

「糞野郎! 俺様は一つ必殺技を作ると言ったんだ! 必殺技だぜ?そんなにすぐに左右使えるようになるか!」

「オー、でしたら……左」

「ふ、ロベ! ナイスなチョイスだぜ。オーソドックスなスタイルなら左の膝の方が当てやすいからな。じゃあ、太郎! お前は?」

「自分は……」

太郎には、憧れている技があった。辻の放つ、居あい抜きのような上段回し蹴りだ。

「上段回し蹴り、右の上段回し蹴りを教えて下さい!」

「右上段か。二人とも上段を選ぶとは、いいじゃねーか。空手は一撃で相手を倒すところに、真髄があるからな。よし、後3ヶ月で必殺技を身に付けてもらうぜー! !」

「押ー忍!」

「押忍」

 

さっそく、相馬による必殺技の稽古が始まる。
相馬は、簡単に、上段膝蹴りと上段回し蹴りをやってみせると、それぞれにすぐにやらせた。

「おらっ、太郎!  もっと膝を抱えこむんだよ。体の中心線よりも左まで持って来い!」

「押ー忍!」

太郎はロベルトの支えているサンドバックにひたすら上段蹴りを打ち込む。

「太郎、形はサマになってきたが、そんなんじゃ相手が倒れねーぞ!  一発で相手をノックダウンさせる気で打て!  イメージするんだ!  」

「押ー忍(イメージ……そうだ、辻選手だ。あの人のような、いあいぬきのような)」

太郎は、一呼吸して、辻をイメージした蹴りを放つ。

バチッ・・

今までよりも鋭い音が響いた。

「おっ」

相馬も少し驚いている。

 

「よーし、てめーら、休憩だ!  休んだら、次はロベの時間だ。太郎、ミット持ってやれよ」

「押ー忍」

太郎とロベルトは、タオルで体を拭き、座って水分を取る。相馬は、横に転がった。

「よお太郎。さっきの蹴り……辻の蹴りをイメージしたな?」

太郎は、びっくりした。

「お、押忍。さすが相馬先輩」

「ふん、俺は天才だからな」

「相馬先輩、スゴーイ!  」

「太郎よ。確かに辻の蹴りは半端じゃない。俺も喰らったことがあるからよくわかる。だが、奴の蹴りは、基本をしっかりマスターした果てに、長年かけて作り上げてきた芸術作品みたいなもんよ」

「押忍……」

「奴の組手を見たろ。相手の攻撃はほとんど避けない。じっと観察して攻撃のパターンを読んでやがるんだ。そして、一瞬の隙を見つけ、蹴り込む」

「押忍、凄いですね」

「確かに。だが、それは俺の目指す空手ではねえ」

「相馬先輩の目指す、空手」

「そうだ。俺はな、組手は会話だと思ってる」

「なるほど。相馬先輩の華麗なるカウンターなぞは、その会話から来てるんですね」

「会話中の返し、返答、これで決めるんだよ。あいつのは、話の腰を折る蹴りだ」

「な、なるほど」

 

相馬は、飛ぶように立ち上がり、構えた。

「太郎、まずは基本だ。基本の蹴りを極めろ。それからは、好きにすればいいさ。俺は、何でも基本を怠る奴は好きじゃねえ」

そう言うと、ゆっくりと右ひざを抱え込んだ。
そしてそのままゆっくりと膝を伸ばし、蹴りのフォームで止まった。
ミットやサンドバックに蹴り込むのとは訳が違う。
非常に難しい技術だ。
相馬の足は、180度に近い角度を保ち、空中で動かない。

「わあー!  」

「オー、ワンダフール!  」

「これよ。これが出来れば、2mの奴の顔面だって、至近距離から仕留められる」

相馬は、またもやゆっくりと足をもと来た軌道で下ろした。

「すぐに、ここまでやれとは言わねー。まずは自分と同じ身長の奴を想定して練習しろ。大事なのは最短距離だ」

「最短距離?」

太郎は構えさせられた。相馬は、太郎のアゴ目掛けてゆっくりと蹴りこむ。

 

「右足を地面から離してから、相手のアゴに到達するまで最短距離。無駄な動きはなしだ。膝を抱え込んで、バネを効かせて打つ。これだけ頭に入れてやればいいぜ」

 

「無駄な動きはなし……」

次に相馬はいろいろな軌道の蹴りを見せた。

「今は、ブラジリアンハイキックや変則蹴りなんかの軌道を曲げた蹴りが流行ってんだ。だが、蹴りの基礎が身についていないのにこんな蹴りは打つな。癖ついて、まともな蹴りが打てなくなる。まずは基本だ」

基本が重要などと言う言葉が、試合場で縦横無尽に暴れている相馬の口から出ることが不思議だが、その天才的な組手は堅固な基盤があるからこそなんだなと、太郎は感心した。

 

 

夜になり、太郎とロベルトは1階の稽古場にて本日2回目の一般道場生達との稽古。

相馬は一人、2階のジムでウェイトトレーニングをしていた。
すると、階段を上ってくる音が聞こえてきた。相馬は音に気づき、バーベルを下ろした。

あずさだった。

「ん?あずさか。どうしたんだよ?稽古に出ないのか」

「今日はね、お休みなの」

「ふーん」

相馬は起き上がり、髪をかき上げた。
あずさはジムを見渡しながら、相馬の近くにある器具に寄りかかった。

「ねえ、お兄ちゃん」

「あん?」

「どうして、太郎さんとロベルトさんを弟子にしたの? お兄ちゃん人に教えるの大嫌いだったでしょ?」

「別にぃ……」

「ジュニア大会で活躍してたお兄ちゃんに憧れて、志賀君が総本山まで弟子入りのお願いに来た時、断ったんでしょ?」

「……あいつのことを褒めたくはねーが、あん時すでに、あいつは自分の組手スタイルが出来てたんだよ。それに俺の組手とは全くタイプが違うしよ。どうせ教えるなら白紙じゃないとな」

相馬が、ちらと見ると、あずさは唇を軽くとがらせ、納得していない様子。

「何だよ、まだ何かあんのかよ」

「だって、道場にくる新人を教えたことなんてないじゃん。自分の稽古ばっかりで。彼らだって白紙でしょ?」

「ちっ、うるせーなー」

「しかも、ロベルトさんなんて、いきなり道場に現れた外国の方だよ? 普通、すんなり弟子にするかなー?」

「ロベルトの野郎は……」

「何?」

「ちっ、いいんだよ、ロベルトは。まあ、太郎を弟子にした理由教えてやるよ」

「えっ、何何?」

相馬は何かを思い出したかのように、軽く笑みを浮かべた。

「……ちょっと俺らしくないが……試してみたかったんだ」

「ん?何を」

「太郎はなあ、『三人目の男』だったんだよ」

「三人目?」

「前に、俺が神館長と出会った時の話をしたことがあんだろ。あれよ」

「あっ、三人目って、まさか!  」
 

あずさは、以前、相馬から聞いた話を思い出した。

 


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