第35話  伝説の対決と因縁の対決

 

五十嵐は、自身が師範を務める熊本支部の道場生達から離れ、一人バルコニーで外の風に当たっていた。

全日本大会、そして世界大会でも決勝の舞台で戦った、不動と五十嵐。
周りからは、当然、「宿命のライバル」だとか「因縁の対決」だとか言われ続けてきた。
しかし、当の五十嵐自身は、不動の事を、ライバルとは思っていなかった。
五十嵐にとって、不動は決して越えられない壁。
毎回、胸を借りるつもりで挑んでいた。

試合をするまでもない。
実力差は当時から歴然としていた。

五十嵐は、ふっと、不動と過ごした総本山時代を回想した。

・・・

五十嵐が神覇館総本山に入門したのは、中学を卒業してすぐだった。
今でこそ、全国津々浦々にまで道場が設置されている神覇館であるが、五十嵐の入門した20年ほど前は、まだ全国に支部が少なく、総本山に全国から集結した屈強な若者があふれかえっていた。
内弟子となったばかりの五十嵐ら新人を指導するのは、黒帯を取得したばかりの先輩内弟子の、出雲や篠であった。
現在ほど確立された空手の指導体系がない時代。
新人内弟子達は、出雲や篠にとことんしごきあげられた。
内弟子はしょっちゅう逃げ出していたため、入門生が後を絶たなくてもかろうじて稽古する場所は確保できていた。
そんなこともあり、師範からの指令でわざと新人をしごいて間引きをしていたのではないか、との噂も流れていた。
五十嵐も何度となく、総本山を逃げ出そうと考えたが、その思いを抑え込んだのは、この総本山道場が山間部の中央に位置しているため、脱走が非常に困難であること。
そして、もう一つが不動の存在であった。

五十嵐から見て不動は不思議な男であった。
不動は、五十嵐よりも1歳年上で、1年早く入門していたにも関わらず、白帯のままだった。

「俺は、まだ白帯がお似合いだよ」

そう言って、しばらく白帯のままだった。
しかし、不動の稽古内容は、群を抜いていた。
他の者よりも大きな気合い。
稽古の最後まで、全力を出し続ける。
出雲や篠にどんなにしごかれても、弱音一つ、愚痴一つ言わない。
総本山の先輩道場生や師範達からも一目置かれる存在であった。
特に、館長の神の不動への寵愛は周りから見てもはっきりとわかるものであった。
圧倒的に優秀な空手家である不動。
そんな不動に一度、総本山の裏山を散歩している時に、聞いてみたことがあった。

「押忍、不動先輩。先輩って、館長にやたら気に入られていますよね」

「ああ、そうだな」

普段から謙遜を地でいっている不動からこのような発言が出て、五十嵐は驚いた。

「お、押忍。やっぱり、そうなんですね。不動先輩は、前途有望ですからね。昇段する前に、体重別くらいなら優勝しちゃうんじゃないですかね」

「俺には、まだ無理さ」

不動は、軽く笑みを浮かべた。

「だが、館長が俺に一目置いているのは、訳があるんだ」

「え?そうなんですか?」

不動の発言に、またも驚く五十嵐。

「徹平もやらされたと思うが、ほら、入門の時にさ」

「え、お、押忍。あの、突きのことですか」

「ああ。ほら、偶然かな。見えてきたじゃないか」

二人の目の前には、周りの木々とは一線を画した、巨木がそびえ立っている。
巨木には、無数の突きの後が残っている。

「入門する者にやらせるんですよね。何か儀式みたいですね」

「館長は、俺の突きが気に入ったらしいんだ」

「へええ。木に穴でも空けたんですか?」

「いや、逆だよ。俺の拳が砕けたんだ。おかげで、入門してしばらくは、蹴りばかりさ」

「えー、不動先輩。これから空手道場に入門しようって時に、骨折れるくらいに突くなんて、無茶しますね」

「まったくだよなあ」

その15年後、五十嵐は全日本の王座を死守するために、拳を砕くことになる。

・・・

会場の大歓声の中、準決勝が始まる。

『ゼッケン32番、不動暁、総本山!ゼッケン33番、五十嵐徹平、熊本!』

日本を背負ってきた二人の男が、時を超え、再び会いまみえる。

大きな気合いとともに、二人は激突する。
これまで、怪我をしている右拳をかばいながら戦ってきた五十嵐であったが、この戦いではお構いなしに、右の突きを打ち込む。

普段は、捌きながら、要所要所で強烈な打撃を打ち込んでいくスタイルの不動も、この時ばかりは、戦術もなく、突き、蹴る。

まるで、二人で本気のスパーリングをしているようであった。

あっという間に、3分間が立った。
不動の優勢勝ちであった。

お互いに、笑顔で檀上で抱き合うと、会場からは割れんばかりの大歓声。

「結局、不動先輩は、ノーダメージで決勝に行きやがったな」

相馬は軽く跳ねながら、檀上を見つめる。

「相馬先輩、頑張って下さい!」

「相馬先輩、ファイトネ!」

「しゃあ、行くぜ!」

『ゼッケン64番、相馬清彦、東京!ゼッケン128番、志賀創二、神奈川!』

二人の弟子に見送られながら、相馬は檀上に駆け上がった。

志賀は睨み付けるような目で、相馬を見つめる。

試合が始まると、志賀は、物凄い気迫で相馬に突きを打ち込む。
怒涛の勢いにガードをする暇なく、相馬の顔が引きつる。

さらに、志賀は強烈な下段けりを相馬に放つ。
相馬は、志賀の横に周りこみ、下段けりのクリーンヒットを回避する。
しかし、志賀は強引に更なる下段蹴りを連打し、相馬の動きを止める。

会場内からは、大きな歓声が上がった。

「そうだ!志賀!足だ、相馬の足を狙って、動きを封じろ!」

横浜道場の先輩、辻が声を上げる。
その声に応えるように、執拗に相馬の足を狙う志賀。

「ちっ!しつけー野郎だ!」

相馬は、大振りな志賀の下段けりに合わせて、軸足を刈る。
志賀は尻もちをついて、倒れこんだ。

「出たっ!相馬先輩の十八番!」

「軸足蹴りダネ!」

志賀は、すぐに起き上がり、大きな深呼吸を繰りかえす。

「ふっ、山岸の馬鹿と違って、冷静になれるんだな」

軽口をたたく相馬を、キッと睨み付ける志賀。
試合が再開すると、すぐに相馬に突進する志賀。
今度は、回り込む相馬に、コンパクトな膝蹴りを打ち込み距離を取る。
そして、中段蹴りで相馬を突き放す。

「ロベ!なんだか、相馬先輩押されてないか?」

「オー!やっぱり、チャンピオンは強いネ。相馬先輩が追い込まれるなんて初めてダネ」

相馬は徐々に後ろに下がり始める。
本戦は残り20秒。
依然、志賀が有利な展開。
しかし、相馬の顔からは焦りの表情は見られない。

「このまま終わらせてやる!」

志賀は、勝負を決めにきた。
渾身の下段蹴りを相馬に放つ。
と、相馬はその蹴りに合わせて後ろに大きく飛んだ。
そして、着地したかと思いきや、すかさず大きく一歩を踏み込み、志賀めがけて飛び上がった。

「な!」

がら空きだった志賀のアゴに、相馬の膝が食い込む。
志賀は後ろに大きく倒れこんだ。

会場が大きくどよめく。
審判団が駆け寄るが志賀は起き上がれない。
主審が担架を指示し、志賀は医務室へ運ばれていった。

相馬の上段膝蹴りによる一本勝ち。

志賀の2連覇は、相馬によって阻止された。

「志賀、下ばっかし見てるからだぜ」

相馬はゆっくりと檀上から下りる。
太郎とロベルトが駆け寄る。

「先輩ー!全日本王者を倒してしまいましたねー!」

太郎もロベルトも興奮状態だ。
一番近くにいる先輩が、前大会王者をノックアウトしてしまったのだから。

「ふうー、ついに全日本決勝戦か。俺も初めてだぜ」

観客席にいる板橋道場生達も大騒ぎだ。

「凄ーい!お兄ちゃん、決勝に進んじゃったよ!」

「キヨ、やるじゃん」

あずさも美雪も手を取り合ってはしゃいでいる。

「いやー、やっぱり相馬先輩は凄いや」

岩村も大きくうなづいている。

決勝戦。
総本山師範不動との戦いが待っている。

 

第37回全日本大会決勝進出者

32  不動 暁(37)  (183cm・100kg)
65  相馬 清彦(25) (172cm・ 75kg)

 

【第37回全日本大会途中経過】

 


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