第33話  ロシアの刺客

 

大会二日目。
太郎とロベルトは、会場の端で、開会式を待つ。
千葉房総の山頂にそびえたつ、この神覇館総本山武道場は、一万人近くの人数を収容することができるらしい。
昨日、太郎は、千葉の山の上に、こんなにも多くの人間が集まるんだなあ、と感激していた。
しかし、今日は、前日よりよ一段と多くの人で会場は埋め尽くされていた。

「ロベ。今、ここには一体何人の人がいるんだろうな」

「ウーン、スゴイ人ダネ」

そんな話をしていると、会場内に太鼓が鳴り響いた。
これから開会式が始まるようだ。

試合会場の入口から、選手たちが入場する。

前日の開会式時点では、全国選りすぐりの128人の猛者たちが、檀上にひしめき合っていた。
しかし、今は、初日を勝ち抜いた32人のみが立ち並ぶ。
まさに、選ばれし者たちだ。

選手の紹介が終わり、プログラム最後。
神覇館館長挨拶へと移る。

会場が水を打ったように静まり返り、檀上に薄い水色のスーツを身にまとった老人が現れた。

「うっ、ロベ、あの人が!」

「ウン。神館長ダネ」

神は、マイクの前で軽くお辞儀をして、ゆっくりとしゃべり始めた。

『えー、会場にお集まりの皆さま。神です。今年も無事に全日本大会をここ総本山にて開催することができました。それも神覇館を応援してくださっている皆様のおかげです。この場をお借りして、改めて御礼申し上げます』

とてもやわらかな風貌に、太郎は拍子抜けした。

「あの人が神館長かー。道場に飾ってある写真のとおりだな。なんだかふわっとしていて、なんか空手の先生って感じじゃないなあ」

「あーゆー人柄ダカラこんなに組織がビッグになったんダヨ」

「なるへそ」

神は、ぺこっとお辞儀をすると、すーっと檀上を降りて行った。

第37回全日本大会二日目。
ベスト32ともなると、毎回のように有名選手が登場するため、会場内の盛り上がりも初日とは段違いだ。

元全日本王者の大岩、五十嵐、下村、前回全日本王者の志賀などの強豪や、元世界王者の不動は順当にベスト16に勝ち進む。
しかし、軽量級の猛者である宮路は大三回戦で敗退。
夏の体重別軽量級準優勝の津川は初日で敗れているので、軽量級でベスト16に勝ち進んだのは、軽量級王者の辻のみとなった。
やはり、体重無差別の大会で軽量級選手が勝ち進むのは困難であるようだ。
太郎は、それを目の当たりにした。

そして、第四回戦が進んでいき、準々決勝に勝ち進んだベスト8の選手が決まり始める。

相馬は特に手こずることなく、ベスト8に勝ち進んだ。

「押ー忍、相馬先輩!お疲れ様です!ベスト8ですね!」

「アホ!俺を誰だと思ってんだ!ベスト8ぐれぇ当たりめーだろ」

「押ー忍!失礼しました」

ホメてたところで、厳しく返される。
しかし、ホメなかった場合は恐ろしい目に合う。
段々と相馬への対応方法を身に付けていく太郎だった。

相馬の次にベスト8を決めたのは、総本山の山岸だった。
体重別全日本大会の時、相馬と山岸の一触即発は忘れない。
犬猿の仲だ。

試合を終えた山岸は、反対コーナーにいる相馬をチラと見たようだった。

「押忍、相馬先輩。準々決勝は総本山の山岸さんですね」

「あ?ああ、そうだな。まあ、あんな糞ったれはどうでもいいよ。奴自身、全日本大会初のベスト8だ。頑張った方じゃねえか?」

相馬は、準々決勝で戦う山岸のことなど全く眼中に無いようだ。
それよりも、相馬が気になっているのは、次の試合。

「出たな」

会場は大きく沸き立つ。

第四回戦のメインカード。
軽量級無敗の王者辻vsロシアの刺客イワン・アレンスキー。

「オー、凄い体格差ダヨ」

イワンは、身長195cm、体重90kg。
体格はロベルトを上回る。
対する辻は、身長169cm、体重68kg。
大人と子供のような体格差だ。

イワンは初日、強烈な蹴り技で一本勝ちのみで勝ち進んできた。

「ロシア大会第4位のイワン・アレンスキー選手だ」

「辻さん。気合いの入れどころだな」

試合が始まった。
ロシアの応援団が、大きく声を上げる。

試合開始と同時に、イワンの強烈な前蹴りが辻の腹に炸裂する。

辻は、瞬時に両腕でガードしたが、凄まじいパワーに耐え切れなかった。
大きく後ろにすっ飛び、檀上から転げ落ちた。

会場からは大きな歓声が上がる。

「うわあ、なんて力だあ。あんな巨人の前蹴り受けたら俺なんて……」

「うーん、確かに」

相馬が珍しく真剣な表情だ。

「無差別でもガンガン戦ってる辻さんの足腰の強さはハンパじゃない。その辻さんをあそこまで吹っ飛ばすとは」

「オー、前蹴りってスゴイネ!」

ロベルトはしきりにうなずいている。

しかし、当の辻は、何事もなかったかのように、すっと檀上に飛び上がった。

試合が再開すると、辻は、素早くイワンの懐に潜り込むと、鋭く突きを胸元に打ち込む。
イワンは構わず、膝蹴り、下段蹴りを浴びせる。
辻も一向にひるまず、突きを胸元に打ち続ける。

「わああ、辻選手、あんなに近い距離で打ち合ってる」

「いや、あれでいいんだ」

相馬は試合場に視線を残したまま、静かに口を開いた。

「押忍、と、と言うと……」

「さっきの前蹴り見ただろ。前蹴りの距離で戦ってたら、またすっ飛ばされる。しかし、あれだけ近づいていれば、ロシア野郎は大技を出すことは難しい。小さい選手にとって、相手の懐は絶好の距離な訳だ」

「な、なるへそー!」

確かに言われてみればその通りかもしれなかった。
イワンはどことなくぎこちないように見える。

とはいえ、辻は、強烈な下段蹴りを喰らい続けている。
得意の蹴りをまだ出ていない。

本戦終盤。
辻の突きはいよいよ勢いを増してきたように見える。
イワンの胸元は真っ赤に染まっていた。
それが、辻の拳から出た血なのか、イワンの胸が腫れてしまっているのかはわからない。
しかし、イワンは下段蹴りを打ち続けながらも厳しい表情に変わっていく。

 

イワンが辻の突きを嫌がり、ガードを胸元に落としたその瞬間。
会場内に、乾いた音が響き渡った。
辻の右上段回し蹴りが炸裂したのだ。
ガードの下がったほんの一瞬に、イワンはアゴに蹴りを受け、そして倒れた。

辻の一本勝ちである。
観客席からは大歓声が巻き起こる。

「うわあああ!す、凄い!」

「はん!やるなあ、辻先輩」

しかし、辻は審判から勝利を言い渡された後、自力で檀上を降りることが出来ず、横浜道場の門下生たちにおぶられていった。

辻も相当なダメージを負っているようだった。

前回王者の志賀は危なげなく第四回戦を勝利し、ベスト8が決まった。

ベスト8に勝ち残った選手たちは、檀上に呼ばれ、紹介されていく。
128人いた選手たちはついに8人になってしまった。
太郎には、檀上にいる8人がとてもまぶしく見えた。
カッコいい。
震えるほどにカッコがいいのだ。
この会場に詰め掛けている人々の視線を一身に浴びている。

「ロベー!なんかスゴイよなあ。我らが相馬先輩は、あの8人の中にいるんだぜ」

「そうだネ。なんたって僕のヒーローだからね」

 

第37回全日本大会準々決勝進出者

1   大岩 和雄(31) (188cm・120kg)
32  不動 暁(37)  (183cm・100kg)
33  五十嵐 徹平(36)(173cm・ 85kg)
64  下村 秀樹(29) (177cm・ 98kg)
65  相馬 清彦(25) (172cm・ 75kg)
96  山岸 勝信(25) (180cm・ 93kg)
97  辻 巧(29)   (169cm・ 68kg)
128 志賀 創二(22) (178cm・ 85kg)

 

【第37回全日本大会途中経過】

 


NEXT → 第34話 負けられない戦い へ


BACK ← 第32話 選手としてもう一度 へ


 

サブコンテンツ

このページの先頭へ