第31話  恋のライバル?

 

下村は、その体格と性格の通りパワフルな組手で相手選手を圧倒した。
檀上から下りる際、反対コーナーで次の試合を待つ相馬を一瞥したようにも見えた。

「全く、何て性格のねじ曲がった野郎だ」

相馬は終始不機嫌なまま試合を迎えることとなった。

『ゼッケン65番、相馬清彦、東京!』

相馬の名が呼ばれると、会場内から割れんばかりの大歓声が上がる。
確かに、人気は不動に劣らないようだ。

相手選手は、相馬よりも一回り以上大きな重量級選手だ。
相馬は太郎よりも10㎝近く大きいが、この無差別の全日本大会においては、小兵である。
太郎は、未だ相馬が重量級選手と戦う場面を見たことがない。
相馬は、太郎にどんな戦いを見せてくれるのだろうか。

試合開始の太鼓が鳴らされると、相馬は軽いステップで一定距離を保ちながら、相手選手の周りを移動し始める。
相手選手はガードを固め、相馬を追う。
そして、相馬との距離が詰まった瞬間に中段回し蹴りを放った。
と、その刹那、相馬は相手の地面の残っている軸足を下段蹴りで刈った。
相手選手は、大きな音を立て、尻餅をついた。
その瞬時の出来事に会場内は大興奮。

「スゲー、ロベ!見たか今の?」

「うん!ワンダフルだネ」

カウンター。
相馬も持つ最大武器といってもいいかもしれない。
その効果は、無差別の試合であっても有効であるらしい。

その後、相馬は相手の攻撃に対して全てカウンターで合わせてゆく。
突きを打てば、その攻撃よりも早く下突きを打ち込み、蹴りを打てば、軸足を刈る。

そして、相手が攻めあぐねているところに、相馬は後ろ回し蹴りを放つ。
こめかみを撃ち抜かれ、そのまま真後ろへ倒れこんだ。
相馬の一本勝ち。
華麗の一語である。

会場からは、割れんばかりの拍手喝采。

しかし、相馬はどこか不満そう。
渋い顔をして、腕を組みながら檀上から下りてきた。

「やっぱ、一回戦は身体が固いぜ」

後ろ回し蹴りでの一本勝ちという結果であったにもかかわらず、試合内容を反省している相馬。
他の選手とは、目指しているものが違うのだ。
太郎は、全日本上位選手はやはり違うな、と思った。

次の試合、二回戦まで数時間あるため、相馬は別館の陣地で毛布をかぶって横になってしまあった。

「俺の試合まで、自由にしてていいぜ。ただし、ちゃあんと起こしてくれよな」

毛布の影から鋭い眼光が光る。
今回は、体重別全日本大会のような失態は許されない。

太郎とロベルトは、一階観客席の後ろに回り、試合を観戦することに。

全日本大会ということで、出場選手は全国津々浦々から集まってきている。
大きな道場なのだろうか、サポーターがわんさか檀上下に集結しているところもあれば、サポーターが一人というところもある。
とはいえ、会場内の熱気は冷めやらない。

試合を見続けていくうち、太郎にある思いがわき起こってきた。

「なあロベ」

「ん?」

「全国からたった128人しか出れない全日本大会だけどさ。選手の実力に結構差があるよな」

「うん、そうだネ」

「出るだけでも大変そうだけど……出て結果を出すのも大変そうだなあ」

「僕らは、相馬先輩に習ってるんだヨ。きっと大丈夫サ」

太郎は思った。
この隣に立っているロベルトは、来年に早くもこの全日本大会に出場してしまうのではないか。
そして、早々に結果を出してしまうのではないだろうか。
それは、一緒に稽古をしている太郎にとっても嬉しいことではあるのだけれども……。
太郎は複雑な気持ちになった。

体重別全日本重量級王者で、こちらも相馬と仲が悪い総本山の山岸は、体重別の時同様にパワフルな組手で二回戦進出。

そして、次に登場したのは、軽量級無敗の最強戦士。
横浜道場の辻である。

相手は、90㎏はあるだろう巨漢選手。
体重差は20㎏以上はある。
まさに大人と子供のような体格差。
無差別の大会ならではの組み合わせである。

試合が始まると、相手選手の強烈な突きが辻に襲いかかる。
辻は攻撃を正面で受けぬよう、相手の横に回り込む。

それでも強引な突きの連打に辻は下がり始める。

太郎の握りしめいている拳は、徐々に汗ばんできた。

「これだけの体重差だ。この展開は当然。ここから、ここから辻選手は一体どう戦う?」

辻は、回り込みながらも、相手選手に下段回し蹴りを打ち始めた。
その蹴りはまるで刀のように鋭い。
蹴り後に残像が見えるようだ。
相手選手の腿に当たるたびに、拳銃で撃ったような音が鳴る。

相手が脛で下段蹴りをガードしてもお構い無し。
辻は執拗に下段を打ち続ける。

そして、辻の下段をガードしようとして相手選手が脛を上げた瞬間。

パーンと乾いた音が鳴り響いた。
辻の右上段回し蹴りが炸裂したのだ。
相手選手は、その場に崩れ落ちて動かない。

「す、凄い。あんなに大きな選手を一発で」

「下段をガードする時に、顔のガードが下がりぎみになることを見切ったんだネ」

「上段だ!俺のように身長のビハインドがある奴には上段回し蹴りだよ!」

太郎は、辻の組手を見て、自分も上段回し蹴りを極めてやると、固く誓った。

そして試合が進み、ついにゼッケン128番。
昨年度の全日本大会王者、志賀創二の登場だ。

太郎の目付きが変わる。

「ど、どうしたんだヨ、太郎。そんなに前に乗り出して」

「ついに来たんだ、この時が。とくと見てやろうぞ」

「太郎。志賀選手がどうかしたノ?」

「ライバルだ!」

「ラ、ライバル!?」

「ああ!しかも恋のライバルだ!」

「こ、恋のライバル!?」

太郎の真剣な様子にさすがのロベルトも突っ込むことが出来なかった

「待ってましたー!」

会場から大声が上がる。
不動、相馬に匹敵する大歓声。
さすが、前回王者。
人気も凄い。

志賀創二。
身長は、180cm近くあり、今どきの若者らしいさわやかな風貌。
いかにももてそうなたたずまい。
かたや太郎は、ついこの間まで引きこもり同然のさえない大学生。
初心者大会一回戦敗退。
その差は、その距離は歴然としていた。

「志賀選手。凄い声援ダネ」

「ああ、確かに」

太郎にとって、志賀はただの全日本王者というだけの存在ではなかった。

あずさの知り合い。

一体どんな仲なのか。

仲睦ましいのか。

……絶対倒してやる!

太郎は、志賀を勝手に敵視するのであった。

第一回戦、最後の試合が始まった。
相手選手も志賀と同じくらいの体格。
おそらく軽重量級であろう。

 

志賀は構えたまま動かない。
相手の目をまっすぐに見据える。

全日本王者相手に、失うものは何もない。
相手選手は、志賀に真っ向から突っ込む。

怒涛の勢いで、突きや蹴りを放つ。

迎え撃つ志賀の動きに、太郎は、息が詰まった。

突きが来れば、受け流し、空いたわきに突きを返す。
下段蹴りには、脛受け。
中段蹴りは、腕でガードして、軸足に蹴りを返す。

全ての攻撃を受けて返す。

そして相手がバランスを崩すと、すかさず攻めの一手。
その、完璧な受け返しの流れに、徐々に会場から歓声が上がり始める。

「志賀選手うまいネ。全く隙が見当たらないヨ」

普段陽気なロベルトも、目の前で繰り広げられている達人芸に茫然としている。

試合は、本戦5-0で、志賀の圧勝。

不動のような圧倒的な強さ。
相馬のような天才的な組手センス。
それら特筆すべき点はないが、欠点がまるでない。

これが全日本王者、志賀創二。

「太郎、恋のライバルの戦い方はどうダッタ?」

「うーん。悪く言えば面白みのない戦い方だが、隙がない。勝利の隙が!」

「しょ、勝利の隙!?」

「正直、どうやって戦ったらいいかわからないんだ」

「おめー、初心者のくせに。どの立ち位置なんだよ」

「へ?」

太郎らが振り向くと、相馬が立っていた。

「お、押忍!相馬先輩、起きられたんですね!」

「俺は寝に来たんじゃねえ」

「押忍、失礼しました」

なんだか、「失礼しました」が口癖のようになってきた。

「太郎よ。あれが全日本王者の志賀よ。おめーの分析通り、突き、蹴り、受け、返し、全てが教科書のごとし、秀才タイプ」

「押忍、そうですね」

「志賀の野郎が、何で、あんな戦い方をするか、わかるか?」

突然、相馬に質問され、戸惑う太郎。

「え?お、押忍、そうですね……わからないです」

「ちっ、ちったー考えろよな!奴が教科書的、秀才君的戦い方をする理由はな、俺へのあてつけだよ!」

「そ、相馬先輩へのあてつけ、ですか?」

「憎っくき俺様と真逆の組手を極めんとしてんのよ」

「オー、それはどうしテ?」

ロベルトも不思議そうな顔をする。

「まあ、そのうち教えちゃる」

そういうと相馬は、踵を返して別館に戻ってしまった。

「なんだろ。相馬先輩は志賀選手の様子を見にきたのカナ?」

「うーん。あの二人の関係性はいまいちわからん」

全日本大会初日の最後の試合が終わった時には、午後7時を過ぎていた。
128人出場の全日本大会であるが、二日目の三回戦以降に駒を進めることができるのは、32人のみ。
不動、五十嵐、大岩、下村、辻などベテラン勢は難なくベスト32入り。
相馬や志賀も危なげなく三回戦に進んだ。

相馬らは、総本山道場に隣接している宿泊施設で、あずさや美雪、岩村と合流した。

「お兄ちゃん、三回戦進出おめでとう!後ろ回し蹴りで一本勝ちなんて凄いじゃん」

あずさは興奮気味で相馬の腕をつつく。
兄妹だ。
兄妹。
しかし、太郎の胸はぎゅーっと締め付けられるよう。
これが恋なのか。
恋とは独占欲なのか。

「へっ!一回戦二回戦の雑魚相手に大技で勝っても、ちっとも嬉しくないぜ」

相馬は腕を頭の後ろに回して得意げ。

「キヨ!お弟子さんの前でしょ!礼節を忘れるんじゃないの」

「うっ、美雪。う、うるせー」

やはり、相馬は美雪に頭が上がらないらしい。

そんな相馬らのやりとりを楽しそうに見ていた太郎とロベルトに岩村が近づいてきた。

「太郎君、ロベルト君。初めての全日本大会見学はどうだった?」

「押忍。皆さん大きくて強くて。見学だけでしたが、圧倒されちゃいました」

岩村は、そうだよね、と言わんばかりに目をつむって数回うなづく。

「でも、相馬先輩について行けば、太郎君も全日本大会に出場できるし、きっと活躍できるさ」

「押ー忍!岩村先輩。ありがとうございます」

「岩村先輩。来年は、ボクも太郎も全日本大会に出るヨー!」

ロベルトはそういうと、大きく腕を振り上げた。

「ロベルト君、気合い入ってるねー!相馬先輩と、太郎君とロベルト君……さしずめ相馬軍団ってとこかな」

それを聞いて、前を歩いていた相馬が振り返った。

「むむ。『相馬軍団』かあ。岩村さん、いいっすねー!」

相馬は、太郎とロベルトの肩を抱く。

「太郎!ロベ!来年度は、相馬軍団で全日本に殴りこみだー!よし!今夜は明日に向かって飲むぞー!てめーら、酒買ってこい!」

「キヨ!」

「う、美雪。う、うるせー!」

 

【第37回全日本大会途中経過】

 


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