第30話  全日本の強豪

 

開会式の時刻が近づき、会場もより活気づいてきた。
選手入場のアナウンスが流れる頃には、客席はほぼ満員状態。

太郎らは、選手入場口から入場していく猛者たちを見送っている。

「なんて、かっこいいんだ」

無差別で行われる大会ゆえ、ほとんどは大型選手ばかりだが、中には辻、津川、宮路など70kg以下の軽量級選手も交じっている。
それがまた、太郎の心を強く揺らした。

神覇館武道場の中心に設置されている檀上に、全国選りすぐりの128人が並び立つ。

選手宣誓は、前回大会王者の志賀。

太郎は思う。
なんという。
なんという差。

自信にみなぎっている。
昨年度の全日本大会では、初出場で優勝。
しかも、若干21歳。

なんという距離。

「あずさ先輩……」

太郎の口から、思わず漏れてしまった。

「ん?太郎、あずさ先輩がどこかにいたノ?」

「お、い、いや。なんでもない」

太郎は、あずさの以前からの知り合いである志賀を勝手に恋のライバルに位置付けていた。

ーーーあずさ先輩、僕は志賀さんを倒します。見てて下さい!

初心者大会の時などは、あずさにこんな宣誓もしていた。
今、思い起こせば、顔から火が出るほど恥ずかしい。
だが、偽りの気持ちはない。

志賀、俺だって宣誓したんだぞ。
太郎は、心の中で、ぼそっと思った。

開会式が終わり、さっそく一回戦が始まろうとしていた。
岩村は、師範の源五郎の補佐のため、相馬らと離れた。

太郎とロベルトは相馬と試合場の前で出場選手たちを眺めていた。
選手たちは、一定距離をとって置いてあるパイプいすに座っている。

太郎らのいるのは白コーナー。
ゼッケン番号が小さい方の場所。

「押忍。相馬先輩。一番前に座っているあの山のように大きな方も、強豪なのでしょうか」

太郎は、ゼッケン1番を背中に付けている男を見て相馬に聞いてみた。

「ああ。あいつは、大岩和雄。何年か前の全日本王者だよ」

「えー、全日本チャンピオンですか」

「前回は4位だったかな。まあ、安定して強い奴だな」

太郎は、持っていた今大会のパンフレットを開いた。
有名選手は大型写真と経歴が載っており、大岩も当然に載っていた。

大岩和雄。
4年前の第33回全日本大会王者。
身長188cm。
体重120kg。

120kg!?
無差別の大会とはいえ、最大級のサイズ。

しかし、おそらく、いや、間違いなく年上であろう大岩を”奴”呼ばわりできるのは、相馬くらいだろう。

『それでは、第一回戦を開始します』

会場内にアナウンスが流れた。
太郎は、自分たちが立っている場所が、出場選手やその関係者のみが立ち入ることができる場所ではないかと、心配になってきた。
事実、会場スタッフらしき男達の視線が厳しい。
ただ、非常に試合が見やすい場所ではある。

「相馬先輩、ここ、いてもいいんですか?」

「あん?駄目ならスタッフが文句言ってくんだろ」

相馬に文句の言えるスタッフなんていないことは、相馬自身が一番よく知っているくせに。

『ゼッケン1番、大岩和雄、鹿児島!』

 

ついに、第37回全日本大会が始まった。

大岩は、寡黙な表情通り、積極的に前に出るスタンスではなさそうだ。
序盤は、相手選手の攻撃を受けたり、捌いたりしている。
しかし、徐々に下突きと下段回し蹴りで相手を追いつめていく。
そして、試合開始1分半ほどで、下段回し蹴りによる一本勝ちを収めた。
会場内からは大きな拍手が巻き起こった。

「す、すごい。あんな大きな人の突きや蹴り。僕みたいな小さな人間は、どうやって戦えばいいんだ」

そんな独り言のような太郎の言葉に、相馬は反応した。

「太郎よ。俺だとて、この全日本大会の中では小兵の部類に入る。俺様の試合を参考にするんだな」

「お、押忍」

強さもそうだが、この相馬の比類なき自信。
太郎が相馬から一番吸収したい部分である。

試合が続いていくが、強豪ぞろいの全日本大会。
めったには、一本は出ない。

そして、ついに太郎の注目する選手の出番となった。

『ゼッケン32番、不動暁、総本山!』

伝説の男。
不動暁。
全日本大会を4度制し、世界王者にもなっている。

名前が呼ばれると、会場からは割れんばかりの歓声が上がった。
中には、悲鳴にも似た声すら聞こえる。
皆、伝説の王者の復活に湧き上がっている。

「不動師範の人気は凄いですね」

「ああ。さすが不動先輩だな、他の奴らとは格が違うぜ。まあ、人気は俺の方が上だけどな」

「不動師範、カッコイイネ」

ロベルトも興奮気味だ。

試合が始まった。
相手選手も重量級のようで、体格的には不動に見劣りしない。
だが、不動よりも一回りも二回りも小さく見える。
何がそうさせているのだろうか。

不動は、すり足でゆっくり距離を詰める。
相手は、その場から動かない。

「蛇に睨まれた蛙だな」

相馬の言うとおり、相手選手は、表情が青ざめている。
地に足が付いていないように、上半身がふらついているようにも見える。

頃合いな距離となったのだろうか、不動は下段蹴りを放つ。
まるで、爆発音のよう音が会場内にこだまする。
先ほどまでの歓声は、一気に沈黙に変わった。
不動の一挙手一投足に注目しているのだ。

相手選手は、表情を歪めながらも、突きな蹴りで攻め入ろうとするが、全ての攻撃がガードされるか、捌かれる。
全く、身体に触れられないでいる。

「あれが、不動先輩の真骨頂よ。鉄壁のガード!あの攻撃力に、あの守備。まさにつけ入る隙がねえ!」

太郎は、相馬の表情が苦笑いのようになっていることに気が付いた。
相馬も驚いているのだ。

不動は、冷静に右太ももに下段蹴りの連打を浴びせると、相手は無言で膝をついた。
不動の一本勝ちである。
再び大歓声が起こる中、不動はゆっくりと檀上を降りる。

相馬は、ふうーっと大きなため息を吐き出した。

「不動先輩、引退後も稽古を続けてたみてーだな。恐れ入るぜ」

「強ーいネ、不動師範!」

ロベルトもしきりにうなずいている。

当然、不動はまだ本気を出していないだろう。
それにしてあの強さ。
太郎は、不動に勝利するというビジョンが全く浮かばない。

「凄すぎる。誰も勝てないよ、あの人には」

思わず、口に出してしまったのが運の尽き。

「てめー、糞太郎!俺様も勝てないってかー!」

「痛たた、押忍、失礼しましたー!」

太郎の頭に噛みつく相馬。

「相変わらず、騒がしいなあ」

呆れるような声が聞こえ、相馬らが振り返ると、そこには、五十嵐が立っていた。
不動とともに一時代を気づきあげた男。
全日本、世界大会合わせ、不動と決勝を争うこと4度。

「お、押忍。五十嵐先輩」

相馬が挨拶をすると同時に五十嵐は名前を呼ばれ、檀上に上がっていった。

5年前に全日本大会決勝で右拳を壊してからは、以前のような結果は残せていない。
だが、大会の大小にかかわらず、常に全力で戦う五十嵐にはファンが多い。
今年夏の体重別全日本大会では、軽重量級を制し、久しぶりのビックタイトルを得た。

五十嵐は一回戦を蹴り中心にまとめあげ、優勢勝ちを収めた。

「五十嵐先輩、やりますねえ」

檀上を降りてきた五十嵐に相馬が話しかける。

「ああ。今回は特に気合入ってるからな。なんたって不動先輩が出てるからなあ。うまくいけば準々決勝でぶつかるわ」

「みんな、不動vs五十嵐が見たいでしょうね」

「俺は、相馬vs下村が見たいけどな」

「うっ!」

そういうと、五十嵐は笑いながら去って行った。

しばらく、相馬の注目選手がいないということで、一行は別館に戻ることにした。

相馬は腕を組んで、不機嫌そう。
太郎は恐る恐る口を開く。

「お、押忍。相馬先輩。さきほど五十嵐師範がおっしゃっていた下村さんというのは、確か大阪の……」

たまに話題に上がる下村。
名前が出てくるだけで相馬は機嫌が悪くなる。

「ああ、俺の一番嫌いな奴だ。品性下劣で組手も下品。おまけに顔もきたねえ野郎だ」

「なんや、そないにワシのこと嫌いやったんかい」

と、酒やけしたような低い声が後ろから聞こえた。
相馬らが振り向くと、大きな柱の陰に数人の男達。
その中心には、濃いひげをまとった大男。

太郎にはすぐにわかった。
この男が下村。

「下村っ!」

やはり下村であった。
太郎は、静かにパンフレットを開いた。

下村秀樹。
第34回全日本王者。
身長177cm。
体重98kg。

貫禄の所為か、データ以上に大きく見える。

「相馬よお。ワレ、年上かつ空手の先輩であるこのワシに対して呼びつけとは、どないなっとんねん、お?」

なんという迫力。
これがいわゆる”ドスのきいた”というものであろう。
太郎はすくみ上ってしまった。

「ふん。先輩ってのはな、ただ年次が長いだけの奴には使えねーんだよ!」

「相馬ー!あんま調子のんなよおお!」

下村の後ろから、体重別全日本軽量級3位の宮路が出てきた。
深夜のラーメン屋で太郎に絡んできた男だ。

「おー、じゃり野郎。いつもいつも下村の後ろに居くさりやがって。金魚の糞が!」

「なんやとおっ!」

相馬に殴りかかりそうな宮路を下村が止めた。

「止めとけ、宮路。こんな口だけの奴殴ってもどもならんで」

「お、押忍」

「相馬よ。生意気言うんは、俺を倒してからにせんかい」

「あん?下村。俺らがぶつかるのは、決勝だぜ!てめーは、そこまで上がってこれんのかよ?」

一触即発。
相馬と下村の距離が一気に近づこうとしていた。

「マアマア」

瞬時に、ロベルトが間に入り、両者をなだめ始めると、大阪支部の道場生たちも仲裁に加わった。
太郎はというと、茫然と未然に防がれた乱闘模様を硬直して見ているのみだった。
相馬と下村。
お互いくすぶるものが残るまま、双方解散となった。

しかし、不動、大岩、下村。
全日本大会上位の人間離れした体格。
そして、戦闘民族のような性格。

太郎は、無差別で戦っていく自信が徐々に消え失せていく気がしてきた。

 

【第37回全日本大会途中経過】

 


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