第29話  第37回全日本大会開催

 

「みなさーん。朝ですよ」

岩村の優しい言葉により、太郎は目を覚ます。

「んんーん」

普段の汗臭い毛布とは違い、石鹸の匂いがほのかに香る掛布団にくるまり、なかなか出られない太郎。

「起きろ!ゴミ共!」

キレのある音とともに、顔面に激痛が走る。
相馬による黒帯の鞭。
目覚めの一撃。
何という起こし方であろうか。

「デカブツがまだ起きていねーな」

そう言うと、相馬はいまだ大いびきをかいているロベルトの顔面に飛び乗り、片足立ち。

「ヴヴヴヴ……ノ”ー!」

何という残酷極まりない起こし方であろうか。
相馬より遅く起きる=きついお仕置きを受けるというルールは、ここ総本山においても有効らしい。

「あー、腹減った」

相馬は、顔を洗いながら、ぼやく。

「そうですね。朝ごはんはどうしましょうか。近くにコンビニでもあるんですか?」

朝食のことは何も考えていなかった太郎。

「まあ、近くにあることはあるが」

相馬はしばらく考え込み、右手人差し指をピンと立てた。

「よし、これから総本山の内弟子どもの朝食に同席させてもらおーぜー!」

「え?う、内弟子さんとですか!だ、大丈夫なんですか?」

突然の提案に驚く一同。

「あ?俺様は、総本山内弟子のOBにして、前回大会第3位の相馬清彦様だぜ!誰も断れねーよ」

相馬は、トランクスに黒いTシャツ姿で、部屋を出て行った。

「うわあ、大丈夫かなあ」

「まあ、とにかく行ってみましょう。我々は、服装を整えてね」

「腹ヘッタ」

太郎、岩村、ロベルトの三人は、相馬の後に続き、4階から内弟子たちの生活する1階の奥へ進む。

 

長く薄暗い廊下を抜けると、広い食堂があり、今まさに内弟子の面々がこれから朝食をとらんとしていた。
みな、薄い青ジャージ姿で、丸坊主。
20人近い内弟子たちは、皆、突然やってきた相馬に視線を集める。
そして、立ち上がり、自然体になり、「押忍」の連呼。

「おおー、うまそうだなあ。焼き魚に納豆、生卵。理想的な、あ・さ・ご・は・ん」

「相馬。相変わらず何でもアリだな」

内弟子筆頭の久我が呆れた風に相馬を見る。

「久我さん、久しぶり。体重別以来だね」

久我は夏の体重別全日本大会、中量級の決勝を相馬と争っている。

「タイミングがいいことに、今は山岸はいないよ。不動師範と一緒に先に武道場に入っている。来ることを言っておいてくれたら、魚を焼いておいたのに」

「いやいや、お構いなく。俺は、納豆、たまご、味噌汁があれば十分なんだ」

「相馬先輩。今、用意しますんで」

落ち着いた表情で、相馬らに礼をする百瀬。

「おう、百瀬ちゃん。四人分お願いしまーす」

「お、押忍。よろしくお願いします」

恐縮そうにする太郎と岩村を置いて、相馬とロベルトはさっさと空いている席に座ってしまった。

総本山内弟子との朝食を終え、部屋に戻る一同。
当然楽しい団らんというわけではなく、ほぼ無音であった。
唯一食堂に響き渡ったのは、食後に放たれた相馬のゲップのみ。

「ふー、食った食った。やっぱ、久我さんは山岸のバカと違って大人だわ。いい師範になるね」

「クッタクッタ、うまかったヨ」

相馬とロベルトは腹を叩いて満足気。
しかし、太郎は深いため息。

「先輩。よくもあんな緊張感あふれる空間で、食を楽しめましたね。僕なんて、緊張のあまり砂をかじってるようでしたよ」

「ちっ、情けねー野郎だな。金玉二個付いてんのかよ」

「お、押ー忍」

太郎にとって、相馬は別次元の性格である。
しかし、そんな相馬の粗野な部分がうらやましくもあった。

部屋で、準備を整え、いよいよ会場入り。
太郎とロベルトは相馬の大きなバックを抱える。
岩村は一足先に、武道場横に設置されている選手控え用の別館に行き場所取り。

宿泊用施設を出て、総本山武道場の裏手にある関係者用の入口から入る相馬ら一行。

「うわー、ここが総本山武道場かあ」

入口から短い階段を上がると、巨大な会場が広がっていた。
客席も数千人単位で収容できるスペース。
雰囲気は、体重別全日本大会の会場とは違い、厳かな感じである。
お寺のお堂のような外観である武道場は、会場内も『和』の味が出ている。

中では既に、出場選手であろう、空手着姿の男が闊歩している。

「うわあ、あの人も。あの人も、全日本大会の選手かあ」

「おい、糞太郎よ。てめーの隣にいる俺様も全日本選手様なんだぜ。みっともねーから、あんまし、きょろきょろすんなよな」

凄いなあ。
凄いなあ、と思いつつ、太郎はある疑問が頭をよぎった。

何となくだが。
体重別全日本の上位に君臨するこの全日本大会だが、出場選手が何となく。

「押忍、相馬先輩。少し伺いたいのですが」

「なんだ」

「今回全日本大会に出場される選手の方なんですが。なんとなく、体重別の出場選手の方々の方が、その、強そうに見えたのです」

「ほほお、太郎の分際でなかなかの洞察力だな」

「あっ、僕の認識は間違っていないのですね」

相馬に批判されるのかと思いきや、意外な反応。

「体重別ごときに出場する程度の輩はな、まだ自分に十分な自信がないのよ。だから、周りを威嚇するような態度、目つきをする奴がいる。まあ、強がってるんだな」

体重別全日本に出場するだけでも凄いことだとは思うのだが。
相馬からすれば、体重別は大した大会でもないのかもしれない。

「体重別でも、上位にくるような奴らは、そんなギラギラした感じではなかったろ?」

軽量級の宮路が頭をよぎった
相当ギラギラしていたが、まあ、確かに軽量級を優勝・準優勝した辻や津川は、パッと見はおとなしそうな印象だ。

「なんだか、全日本の選手の方々は、体格も確かに凄い方が多いですが、普通っぽい人も多いですね」

「この大会に出場する奴らは、全国屈指も猛者たちだ。去勢を張る必要なんてないのさ。だって、マジで強いからな」

「なるへそ。見た目では、強いかどうかなんてわからないわけですね」

相馬は立ち止り、太郎に振り向く。

「あ?強いかどうかなんて簡単に見分けられるよ」

「え、そうなんですか」

「お前は、目の前にいる奴が強いかどうか、どこ見るよ?」

「うーん、そうですねえ。一般的には、目を見て判断するんでしょうか。良くいいますよね。例えば、目が据わってる人は強い、とか、やばい、とか」

「はあ、お前は占い師かよ。目なんか見てもわかんねーよ。わかっても、そいつのその日の体調くらいなもんだよ」

相馬は、太郎の発言に呆れた様子。

「押ー忍。では、一体どこを見ればよいのでしょうか?」

「それはな、”拳”か”耳”だよ」

「拳と耳ですか!」

「ケンカ上等の奴や格闘技やってる奴は、必ず拳が変形するんだ。こんな感じで、拳頭がでっぱる」

相馬は自身の左拳を太郎に突き出した。
出会った頃と同じ。
確かに、拳頭が大きく盛り上がっている。

「中には、人差し指と中指の拳頭がつながってる奴もいるしな」

相馬は、拳頭を右手人差し指で撫でまわす。

「あと、耳はな。柔道とか総合格闘技なんかをやっていると、やっぱ変形するからな。餃子みたいにな」

「なるほどー」

確かに、柔道経験者の耳は一般人のそれとは明らかに違う。

「拳や耳がきれーな奴は、どんなに強そうに見えても大したことねーよ。少なくとも、強さを手に入れるために、積み上げてきたもんなんてないな」

図らずも相馬から為になる話が聞けた。
ロベルトも話を理解したようで、しきりにうなずいている。

別館は、板の間の広いスペースになっていた。
相馬らが武道場別館に着くと、岩村が既に、奥の端に陣取っていた。

「岩村さーん、ありがとうございます」

そう言うと、体重別の時と同じく、相馬は、すぐに毛布にくるまってしまった。

「岩村先輩、ありがとうございます」

「いやいや。相馬先輩もいつものように横になってしまったから、動きがあるまで、その辺を見学していていいよ。僕は、ここにいるから」

「押忍。ありがとうございます」

「オス」

太郎とロベルトは、別館をうろつき始めた。
ぞくぞくと集まってくる全日本選手に興奮していた。

「ロベ、相馬先輩の言うとおり、何だか落ち着いた感じの選手が多いなあ」

「そうだネ。でも、やっぱり、無差別の大会だけアッテ、ビッグな人が多いネ」

体重別全日本大会の時に見かけた選手もちらほらいるようだ。

しばらくすると、『ピンポンパンポーン』とチャイムが鳴った。

『まもなく、開会式を始めますので、選手の皆さまは、空手着に着替え、武道場選手入場口付近にお集まりください。繰り返します……』

「お。ついに開会式が始まるようだぞ」

「相馬先輩のところへ戻ロウ」

太郎とロベルトは相馬の元へ。

「相馬先輩、始まるようですよー」

太郎が、相馬の肩を揺らす。

「ちっ、聞こえてるよ。ふあああ、糞でもしてから行くから、先に行っててくれ」

武道場別館と本館を繋ぐ廊下。
何十メートルあるのか、長い板の間が続いており、別館を背に、左手には房総のパノラマが広がっている。
幅の大きなその廊下に、全日本選手たちが四列となって並び始める。
太郎は、その様を後ろから眺めている。
なんて格好がいいのだろうか。
必ず。
必ず自分もあの場所に並びたい。
そんな思いが強く湧き上がってくる。

そんな中、その場に緊張の空気が流れ始める。
皆が後方に視線を移す。

総本山師範。
ゼッケン32番、不動暁。
伝説の王者が総本山軍団を引き連れ登場したのだ。

「おお、不動師範だ。やっぱ貫禄があるよなあ、ロベ」

「うん、凄いオーラだネ」

身長183cm。
100kg。
無差別の全日本大会とはいえ、その体格は群を抜いている。

「ちーす。不動先輩」

緊張の間を壊すかの如く、不動らの後方から、相馬が現れた。
薄いピンク地のフェイスタオルをくるくると回している。

「うわあ、相馬先輩。なんてこと」

太郎らは、相馬に駆け寄る。

「キヨか」

不動はゆっくりと相馬に振り返る。

「やっぱ、不動先輩は空手着姿がお似合いですね。でも、ゼッケン32番はらしくない。やっぱ、先輩は128番を背負ってなきゃ」

「ふ、久しぶりの現役復帰だ。32番でも十分だよ」

相馬は、頭を軽く書きながら、不動を下から見上げる。

「不動先輩。なんだって、突然復帰したんすか。冷やかしなら遠慮してもらえませんかね」

場は一気に凍りついた。
不動に対してなんという言動。

しかし、不動はそんな相馬の言葉には全く動じる様子はない。

「キヨ。私がなぜ全日本に復活したか教えてやろう」

不動は辺りを見渡した。
そして大きな声で話し始めた。

「今の全日本を憂いてのことだ。私がいなくなった途端、世界王者を奪われる失態。全日本のレベルも年々下がっている。日本は空手母国だというプライド。そして危機感が全く感じられない。誠に嘆かわしいことだ」

太郎は歩を止めた。
不動が何を言っているのか、すぐにはわからなかった。
つまり……この場にいる全員に喧嘩を売っているのか?

そして、不動は相馬を見据える。

「特にキヨ。お前はダメだ。話にならない。前回世界大会日本人唯一の入賞者であるお前が結果を残していないではないか。所詮、お前は口だけの男だったのだ」

太郎は戦慄した。
なんてこと。
あろうことが相馬に対して。

しかし、相馬は一瞬顔が強張ったが、すぐに冷静な表情に変わった。

「きつい言葉ですね。わかりました。俺が口だけかそうでないか。今大会でご覧にいれますよ」

そういうと、相馬は不動に軽く会釈をして、太郎らに近づいて行った。
不動ら総本山選手たちも、列に並び始める。

その場には、不穏な空気が流れ始めた。
不動に対する憤りの空気。

「そ、相馬先輩」

太郎は不安そうに相馬の様子を伺う。
が、間近で見る相馬は、一層平静であった。

「なるほど、なるほどね」

そうつぶやくと、相馬は持っていたタオルを太郎に手渡した。

「さて、売られた喧嘩は買わねばなるまい。不動先輩と当たるのは決勝。いい舞台だよな」

「お、押忍」

相馬は、颯爽と列の先頭に向かった。

「ふう。いやあ、凄い雰囲気だったね」

岩村は大きく頭をかき分けた。

「不動師範。どうしたんだろネ」

ロベルトも不思議そうにしている。

「あの相馬先輩の態度。怒りを通り越した感じでもなかった。相馬先輩には何かわかったんですよ。不動師範の思いが」

横暴の限りを尽くしている相馬が敬愛する数少ない一人である不動。
そんな相馬には、不動の本心が読み取れたのだろうか。

いよいよ、第37回全日本大会が開幕する。

 

【第37回全日本大会トーナメント表】

 


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