第27話  不動の憂い

 

千葉県の南内陸部、房総半島の中心部ともいえるこの場所に、多くの車が詰め掛けていた。
神覇館総本山。

8月の炎天下だというのに、スーツに身を固めている者もちらほら。
スーツでないにせよ、皆、フォーマルな服装をしている。
年齢は、40代以上が多く、そのほとんどが付き人らしき若者を数人連れている。

屈強な身体に似合わないスーツ姿で、総本山師範の不動は、来客を向かいいれている。

「よう、不動。お疲れさん」

「ああ、野口か。いやはや、8月の全国師範会議は勘弁願いたいね。今度、館長に進言してみようかな」

「できないくせに」

「ははは」

大会実行委員長で、総本山時代の同期である千葉支部木更津道場師範の野口と談笑する不動。
今日は、11月に総本山武道場で行われる全日本大会前に毎年定例で行われる8月の全国師範会議の日。
全国津々浦々にある神覇館道場の師範クラスが一同に集まる。

「野口も今年から大会実行委員長様になったんだ。内弟子の一人くらいつければいいじゃないか」

「大会実行委員長なんて肩書きだけさ。俺みたいに小回りが利くやつがやらせれるポストだ。おまけに、この師範会議の雑用もやらされるし、たまらんよ。まあ、内弟子については、とろうかと思ってるんだ」

「ほお、めぼしい若者でもいるのか」

「行きつけのラーメン屋の息子なんだが、なかなか体格に恵まれてるんだ。あんまり社交的なキャラじゃなかったけどな」

「空手家に社交性は必要あるまい」

総本山道場1階にある、大広間に大きなテーブルが置かれ、ベテラン師範はテーブルに付き、若手師範は、その後ろの椅子に座る。
37歳で最年少師範の不動と野口は末席に座る。

しばらくすると、細長顔で青白い顔をした男がゆっくりと部屋に入ってきた。
そして、テーブル席に着いた。

野口が不動に囁く。

『篠先輩だ。相変わらず顔色が悪いな』

不動は苦笑い。

しばらくすると、今度は大声で笑い声が聞こえ、丸坊主で髭を生やした男が、数人の取り巻きと一緒に入ってきた。
そして、広間の入口近くにいた野口に声を掛けた。

「おう、野口!ワシの席はどこじゃあ?」

席表については、事前に渡しているハズだったが、とても言い返せない。

「押忍、出雲先輩。先輩の席は、反対側テーブルの……」

野口が恐る恐る座席を説明しようとしたところ、大きな咳払いをし、先ほどの青白い顔の男が腕を組みながら声を上げた。

「相変わらず、下品な声よ。顔も下品。これまさに『二兎追う者は一兎を得ず』」

「なんじゃあ、篠!相変わらず死神にてーな面しやがって!」

「だまれ!全国から来ている諸先輩方の前で、よくもそのような暴言失言の嵐。この腐れ海坊主が!これまさに『坊主憎けりゃ袈裟まで憎い』」

「てめー、さっきからことわざの使い方間違ってねーか!?」

「まあまあ、両先輩。もうじき神館長も見えられますので」

誰も動かないのを見て、不動が割って入った。
二人は視線を絡ませながら、自分の席に着いた。
野口は、静かに、深くため息をついて、座った。

『おお、不動。ありがとな』

『いやなに。相変わらずお元気だな』

『元気というか、何というか』

丸坊主で髭を蓄えているのは、第5回世界大会王者の出雲将敬。
青白い細面の男は、第5回世界大会準優勝で、神覇館史上初めて全日本を連覇した篠啓次郎。
総本山の同期であり、永遠のライバル関係。

『俺は、総本山時代から苦手だよ、あの二人は』

『ん?そうか。俺は案外好きだけどな』

『不動。お前もだいぶしごかれてただろ』

『まあな。だが、あの二人の空手に対する情熱を知ってる。神覇館に対する熱い思いもな』

『情熱……ねえ』

しばらくすると、長い白髪を後ろに束ねた老人がすっと広間に入ってきた。
すると、その場にいた全員がすばやく立ち上がり、皆自然体で十字を切る。

「押忍!」「押ー忍!」「押忍!」

先ほど騒ぎを起こした、出雲も篠も緊張感ある面持ちに。
神覇館館長の神である。

「ほっほっほ。皆、おはよう。元気そうじゃな」

神はゆっくりと上座に着いた。
それを見て、皆も席に着く。

「では、始めるかの。野口君、頼むぞ」

神の言葉に、末席にいた野口は緊張の面持ちで立ち上がる。

「押忍。それではお配りしている資料をご覧ください」

野口を立ち上がり、説明を始める。

「現在、第37回全日本大会の出場選手を調整中でございます。既に決定しているのは、前回大会の入賞者、それに6月に行われた体重別の入賞者、及び地方大会の入賞者等です」

資料には、前回の全日本大会王者、志賀創二の名が一番上に書かれていた。
そして、前回第三位の相馬の名も。

「今大会のいわゆる海外刺客選手ですが、今のところ1名を予定しております。今年のロシア大会で入賞しました、イワン・アレンスキー選手です。私も実際に現地で確認いたしましたが、なかなかのパワーファイターで大会を盛り上げてくれると思われます。まだ21歳でもありますので、今後の世界大会での活躍も期待されている選手です」

イワン・アレンスキー。
今年の春に行われたロシア大会で第4位。
身長195cm。
体重90kg。
今、のりに乗っている若手ファイターである。

「師範の皆さまにおかれましては、所管している地域で全日本大会出場に遜色ない選手がいらっしゃいましたら、是非ご推薦をお願いいたします」

全日本大会の事務連絡を終え、その後全国各地域からの報告が始まった。
館長の神はどの話題にも興味深そうに聞き入り、時には笑い声をあげた。

そして、一通り議題が終わると、神の表情はいつになく神妙な面持ちになった。

広間にいた全員が、これから重要な話になることを察した。

「オホン。ふむ。皆さん。今日はな、ちと重たい話をしなければならん」

場は水を打ったように静まり返る。

「実は、最近……えらく体調がすぐれんのだ」

みな呼吸の音すらたてないように、緊迫した間が空く。

「そこで、今年中に後任を決めたいのだ。二代目神覇館館長をな」

場に旋律が走る。

「しばらくは、副館長としてワシを補佐してもらうことになると思う。まあ、何となくは誰をってのは決めてはいるのだがな。まあ、今年いっぱいは考える時間はいただくとして。ワシの心づもりはな。ワシも70歳を超えておるし、組織の若返りも図りたいので」

皆、神から視線を外さない。

「40代以下で、実績のある者。そんな者を後任にと考えておる。今、言えるのはこんくらいじゃ。いやはや、皆を驚かせて悪かったな。ほんじゃあ、今日は、こんなところで」

そう言うと、神はすうっと、広間を出て行った。

場は騒然となった。

テーブル席の上座の方に位置する場所に、志賀や辻の所属する横浜道場師範の山下。
その隣には、総本山で山下と同期であった、板橋道場の相馬源五郎が座っていた。
お互いに、視線を混じらせ、苦笑い。

「源五郎。大変なことになったなあ」

「ああ。びっくりだよ。しかも、場を騒然とさせて本人はさっといなくなってしまった」

「ううむ。館長のおっしゃっていた後任候補って、結構限られてくるよなあ」

「そうだなあ。40代以下で実績ありとなれば、第5回世界大会優勝の出雲」

「それに、第5回世界大会準優勝、全日本大会連覇の篠」

「うむ。篠は世界王者にこそなっていないが、全日本連覇に加え、荒行『限界組手』も行っている」

「第6回世界大会王者の隠岐はどうだ?」

「いや源五郎。隠岐はないよ。奴はこの師範会議にも来てないし。そーゆー権力的なもんは興味がないんだよ。今も、島でのんびり昼寝でもしているさ」

「そうだなあ。第5回世界大会以前の王者クラスはすでに組織を去ってしまっているし」

「まあ、なんだかんだいって、山下よ。館長がお考えの後任は決まっているのさ」

「ああ……間違いなく、不動だろうな。全日本大会を4度制し、世界王者にもなっている。冷静沈着で、人当りも問題ない。限界組手も行っているし。おまけに神館長のお膝元、総本山の師範だしなあ」

「だが、不動はまだ37歳。若すぎる。それに出雲や篠には取り巻きが大勢いるしな」

「自己主張の強い二人だ。こりゃあ揉めるぞ」

ざわつきは収まりを見せないまま、師範達は広間を出始めた。

話題の中心である、総本山師範の不動は、会議前と顔色、態度変わりなく、玄関を出ていく先輩師範を見送っている。

「おい!不動!ちっと面貸せや!」

突然の大声にも動じず、不動が振り向くと、出雲と篠が立っていた。

「不動よ。少しいいかな」

出雲のように大声は出さないまでも、篠の表情は硬い。

「押忍。今、参ります」

不動は伏目がちに、二人の後に続く。
これにいち早く気が付いたのは、野口だった。

「うわ、なんだあ。不動の奴。出雲師範と篠師範に連れて行かれるじゃないか。まさか、二代目を辞退しろってんじゃないだろうなあ。いや、そうに決まってるよお」

出雲と篠は、広間の隣にある小部屋に不動を押し込む。
固く閉ざされたドアに、耳を付ける野口。
しかし、まだ広間に残っている者達の話声で、いまいち会話が聞こえない。

「くそー、何を話しているんだあ」

しばらくすると、小部屋の中から、出雲の怒鳴り声が聞こえた。

『わりゃあ、不動!そりゃあ本気で言っとんのかあ!』

野口の予想は当たったようだった。
しかし、部屋の中になだれ込む勇気もない。

しばらくすると、激しくドアが開き、出雲と篠が出てきた。

「おう、野口。今日はご苦労だったな。ワシら帰るで」

「お、押忍。お疲れ様でした!」

野口は深々と礼をして、両巨頭を見送った。
そして、すぐに小部屋に入る。

部屋の中には、一人掛けソファーが二つと、向き合って不動の座っている二人掛けソファーが置いてあった。
不動が二人に口撃されている様が見えるようだ。

「ふう。いやあ野口。大変なことになったなあ」

「おいおいおい。不動。大丈夫かあ」

「うーむ、野口。実は頼まれて欲しいんだが」

野口と話終え、不動は、階段を上がり、自室へ向かう。
二階三階と上がるにつれ、静寂さが増していく。
不動が廊下を進むと、不動の自室近くで神が廊下の窓から裏山を眺めていた。

「押忍、館長」

「おお、不動か。びっくりさせてすまなんだなあ」

「いえ」

神と不動は、一緒に裏山を眺める。

「不動よ。お前、入門した時のことを覚えているか」

「押忍。中学を卒業してすぐでした。父親に連れられて。会ってすぐに、館長にあの裏山の森の中に連れていかれましたよね」

「ふぉふぉふぉ。そうじゃそうじゃ」

「それでいきなり『木を殴れ』ですもんね。私はここに来たことを相当後悔しましたよ」

「あれば、内弟子入門の恒例行事だったんだがな。今はちと意味合いが違ってきたが」

「意味合い、ですか?」

「まあ、よいわ。なんでもないんじゃ」

しばらく、神と不動は昔話に花を咲かせた。
いつも神の近くにいた不動であったが、神とこのようにじっくりと話をすることはなかった。
不動にとって、神はその名のとおり神様みたいな存在であったから、おいそれと話しかけるようなことはできなかった。

「不動よ。ワシも若い頃はしょっちゅう喧嘩してまわったもんじゃ」

「館長は随分とやんちゃでいらっしゃったようで」

「大会なんかじゃ、判定での勝敗が多いが、やはり一本で倒さにゃあかんよな」

「確かに、それが理想ですね」

「結局な、男と男の勝敗なんてのはな、途中経過なんてのは関係ないんだな。最後に立ってる奴が勝ちなんだよ」

「押忍」

「だからな。どっちかが倒れるまで戦わせるってなルールに変更しようか?」

「……それはちょっと難しいのでは。何日あっても終わりませんよ」

「わははは、冗談だよ。しかし不動はワシ相手でもちゃんと意見しよるな。大事なことじゃよ」

「押忍、ありがとうございます」

「不動よ、人の上に立つってのは大変なことよ。まあ、お前は大丈夫かもしれんが、常に感謝の気持ちは忘れんようにな」

「押忍」

「神覇館はワシ一代でここまで大きな組織にした。しかし神覇館を興す前のワシにも当然師がおり、諸先輩がおった。その方々が空手の礎を築いていたからこそ、今の神覇館がある。そのことも忘れてはならん。いいな」

「押忍。肝に銘じておきます」

「まあ、ワシも最近までは感謝なんてもん考えたこともなかったけどな。ふぁふぁふぁふぁふぁ」

不動は、神の笑い方に少し無理があるように思えた。
そして少しさびしい気持ちになった。

 


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