第26話  太郎vsロベルト

 

7月、快晴。
湿気を含んだ空気は、今後の猛暑を予感させる。

第22回体重別全日本大会から1ヶ月。
相馬の真新しい優勝トロフィーが置かれた板橋道場には、大勢の道場生、関係者が詰め掛けていた。
神覇館空手板橋道場に入門して、まる3ヶ月。
太郎とロベルトにとって、特別な日。
それは、3ヶ月に一回用意されている、昇級審査の日。

審査を受ける側である太郎とロベルトであったが、道場の内弟子として、朝早くから準備に追われていた。
道場内の人の数が増えていくたびに、緊張感が増してくる。

「ロベー、凄い人だなあ。ざっと50人はいらっしゃるぞ」

「ソウダネー。気合ハイルネ」

そんな会話をしながら、事務室から机を道場内に運ぶ。

と、大きな足音を立てながら、相馬が二階から下りてきた。
道場に詰め掛けていた道場生達に緊張が走り、相馬を見るなり、一斉に「押忍」の嵐。

「おいーっす」

相馬はいつもの調子。

「押忍。相馬先輩。おはようございます」

「オス」

「おう、おめーら、ついに白帯を脱する時がきたな。今日は、基本から移動、型、組手まであるけどよ、覚悟はできてるかよ」

「押ー忍。覚悟なんてできてないですよー。緊張でほとんど寝れなかったです」

「ソウダソウダ」

「てめー、ロベ!何でタメ口なんだよ!」

即座に打ち倒されるロベルト。

「ひえー!そ、相馬先輩。ロベはまだ日本語の練習中なんですから。この3ヶ月でここまでしゃべれるのは凄いことですよ」

「うるせー」

ついでに打ち倒される太郎。
道場生達から笑いが起こる。

そんな中、道場のドアが開き、師範の源五郎と、あずさが入ってきた。

「押忍」「押ー忍」

相馬の時よりも一段と大きな「押忍」の嵐。

「みなさん、おはようございます。審査を受ける方はそろそろ着替えを始めてください」

本日の審査を受けるのは、20人ほど。
級なしの白帯は、太郎とロベルトのみだった。

道場生達の正面に用意された机に、師範や道場の相談役達が座る。
その横に、相馬やあずさ、美雪ら黒帯を締めた者が立ち並ぶ。
準備が整った。

「では、これから夏の昇級審査会を始めます。審査だからといって、あまり力まずに、リラックスして、普段の力を発揮してください」

源五郎師範の言葉に、道場生達は押忍で答える。
師範や相談役、黒帯達、それに大勢のギャラリーに注目されているのだ。
緊張しない者はいないだろう。

受審する者は、帯の上の者から順番に並ぶ。
前から、茶帯、緑帯、黄帯、青帯、橙帯。
そして、最後列に白帯を結んでいる太郎とロベルト。

審査会が始まった。
まずは、準備運動。
緊張のせいもあり、太郎は準備体操ですでに息が切れるような思い。

そして、柔軟体操。
この柔軟体操も、審査の対象になっている。

一通り柔軟を終えると、腰を下ろし、足を広げるよう指示される。
あずさと美雪が後ろに立ち、順番に受審者たちの背中を押していく。
ここで、どこまで床につくかがポイントとなる。
柔軟度が高い部位から、へそ、胸、あご、おでこ、ひじ。
さすが、帯の上の者達は、少なくとも胸はつけている。

そして太郎の番になった。
背中を押すのは、美雪だ。
太郎の頭の中は、柔軟よりも、美雪に背中を押される方が重要であった。
ああ、汗ばんだ、自分の背中を押してくださるのか。

「いくよ、太郎君」

あずさよりも少し低い声。
上品で優雅、そして少し強気な女性。
美雪の手が太郎の背を押す。
背中でも分かる。
なんと細い指だろうか。

「もうちょっといけるよね」

美雪は細い指からは想像がつかないほど、強烈な力を入れた。

「いてててて」

「あら、まだまだ、いきそうね」

美雪のSな手助けにより、太郎は、あごが床についた。
太郎の股は、筋が伸びきったようで、しばらく閉じることができなそうだ。

最後にロベルトの番。
背中を押すのは、あずさ。
当然、太郎の中に嫉妬の炎が燃えたぎる。

「ノー」

あずさが一生懸命押すのだが、ロベルトは、ひじすらつかない。

「ロベルトさん、て、手のひらです」

ひじがつかず、ロベルトの記録は”手のひら”となった。

「てめー、ロベ!ふざけてんのか、おのれは!」

相馬の罵声が飛ぶ。
入門以来、太郎がロベルトに勝るのは、唯一柔軟性だった。

その後、審査は、空手の基本動作である、突き、蹴り。
そして、移動稽古、型へと続く。
太郎とロベルトは、まだ入門して三ヶ月だが、内弟子として、毎日空手三昧。
源五郎師範が指導する総合稽古に毎回出席。
夜は、相馬から選手稽古を叩き込まれる。
ゆえに、すでに他の先輩道場生も目を見張る成長ぶりであった。
二人の行う動作は、すでに初心者離れしたものがあった。
源五郎も、二人を見て、時折り、「うん、いいね」と、うなずいていた。

そして、昇級審査会のクライマックス。
組手審査の時間となった。

相馬は、皆に、道場の中心に円をつくるように伝える。
試合場ほどはないにせよ、即席の試合場の出来上がり。
源五郎は立ち上がり、軽く咳払い。

「では、これから組手審査を行います。組手の時間は2分です。これは、試合ではありません。お互いの持っている技術を存分に生かし、相手の攻撃を受け、そして自分の技を返してください」

とは言うものの、まさに試合そのもの。
茶帯から審査がスタートしたが、お互いに、気合い十分。
強烈などつきあいだ。

道場内は一気にヒートアップした。
審判役は相馬。
もつれる道場生を引き離したりする。

さりとて、やはり選手を目指している道場生達ではないため、技ありや一本は出ない。

そして、最後の組手。
内弟子、同日同期の太郎とロベルトの出番となった。
二人が試合形式で戦うのは初めてだ。

板橋道場初の内弟子の二人は、やはり皆からの注目度も高かった。
二人が中央に並び立つと、周りからは一層大きな歓声が上がった。

「よーし、てめーら。俺様の教えを存分に発揮すんだぞ!」

「押忍!」「オス!」

二人は大きな声を上げ、組手が始まった。
開始の合図と同時にお互いに飛び出し、突きをがむしゃらに相手に打ち付ける。
それもそのはず、二人にはまだ、戦略なんてものはないのだ。
毎日のように、打ち込んでたビックミットが人間に変わっただけ。

ロベルトが下付きを打つ。
太郎は顔を歪めながらも突きの連打を返す。
体格で勝るロベルトはパワーで押すが、強烈な攻撃を真正面で受けないように回り込む。

源五郎は少し前のめりになりながら、二人の仕上がりに満足そうな表情。
あずさは、胸の前で両手を握りしめ、軽くうなずきながら二人の戦いを見守っている。

「おー!」

太郎は大きな気合いを入れ、真正面から突きの連打をロベルトに仕掛ける。
ロベルトは後ろに下がりこそしないが、表情が固まり、動きが止まった。
道場内に大きなどよめきが起こる。
まさか、太郎がロベルトを追いつめているのか。

 

しかし、次の瞬間、ロベルトの左ひざが太郎のアゴを打ち付けた。
太郎の頭は一瞬上に跳ね上がり、そしてそのまま後ろに倒れこんだ。
静まり返る道場。

「キヨ、頭を動かさないように」

「押忍、わかってます親父殿。ロベは正座して待っとれ!」

そう言うと、相馬はすばやく太郎の右手首を掴み、耳を口元に近づけた。

「脈あり、呼吸あり」

相馬は太郎の顔を覗き込むと、うっすらと目が開いてきた。
意識はあるようだ。

「おう、大丈夫そうだな。親父殿、太郎は軽い脳震盪を起こしているだけ見たいっすね」

道場内に安堵の空気が流れる。

「おお、そうか。良かった。何人かで、そっと太郎君を道場の端に横にして下さい。頭は動かさないようにね」

「押忍」「押ー忍」

ロベルトと、何人かの男性道場生が太郎を横にしたまま持ち上げ、隅のほうに寝かせられた。
ロベルトやあずさらが心配そうな表情で覗き込む。

「では、これで審査は終わりです。受審された方は並んで下さい」

太郎を残したまま、道場生達は、元の位置に並び直す。
そして、源五郎から今回の審査会の総括が述べられた。
太郎はその話をぼおっとした頭で聞いていた。
しかし、ほとんど頭に入ってこない。
すぐに、悔しさが頭を支配したからだ。

また、あずさに恥ずかしいところを見られてしまった。
負けてばっかりだ。
総本山の高畑。
イタリアのマルチェロ。
そして、ロベルト。
借りを返さないといけない奴がたくさんいる。

強くなってやる。
太郎は強く唇をかみしめた。

 


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