第25話  上段回し蹴り

 

相馬の準備が整い、準決勝の舞台へ。

会場に入ると、会場には緊張感が漂っていた。
檀上で行われている試合は、軽量級準決勝。
津川vsマルチェロ。

「押忍。相馬先輩。なんだか、ピリピリした雰囲気ですね」

「おう。あのイタリア野郎の所為だろうな」

「日本人の王座死守ですね」

試合は、津川が一方的に攻め立てる展開だった。
マルチェロは前半、攻めては離れの『ヒットアンドアウェイ』戦法を採っていたが、途中からは津川の猛攻に真後ろに下がる展開が増えてきた。

会場から歓声が上がる。
津川の強烈な突きの連打に、マルチェロが試合場から外に出された。
マルチェロは悔しそうなそぶりを見せ、唇をかみしめている。

「なんだか、津川選手大丈夫そうですね」

しかし、相馬の表情は硬い。

「あのおマル野郎。わざと後ろに下がってやがるな」

「え?」

試合再開と同時に、津川は突きのラッシュを放つ。
マルチェロは、耐え切れず、上半身を後ろにそらす。
と、その刹那。
マルチェロは、上半身を回転させ、右足のかかとを津川のこめかみめがけて放った。

「ななな!」

太郎が声を発したのと同時に、強烈な蹴りを受け、津川はマットに沈んだ。
そして、ピクリとも動かない。

事態を重く見た主審は、すぐに医師団を呼び、津川を担架で運んだ。

「な、なんですか、今の技は?」

「あれは、『胴回し回転蹴り』だ。上半身をひねりながら倒れこみ、踵を相手の顔面にぶち当てる。おマルは、この技に誘い込むために、わざと後ろに下がり続けたんだ。カウンターで決めるためにな」

「イタソウ」

ロベルトも、痛々しそうな表情を見せる。

「はああ、凄い技があるもんですねえ」

「おマルは、これで決勝進出か。体重別で外国人が決勝に進むのは、初めてかもしんねーな」

「うわ、大丈夫ですかね」

「まあ、決勝は、辻さんだろうから、問題ねーだろ」

檀上には、準決勝第二試合。
宮路vs辻。
宮路は、夜のラーメン屋で太郎に絡んできた因縁の男。

「でも、辻選手の相手は、あの凶悪そうな宮路選手ですよ」

「はん。あんな下村のヒゲデブの手下が、辻さんに敵うかよ」

「ああ、そういえば、下村の兄貴がどうとか言ってたな……」

「あ?あの野郎を知ってんのか?」

太郎は、相馬に内緒でホテルを抜け出したことを思い出した。

「いえ、し、知らんとです」

「シラントデス」

「なんだ、変な奴らだな」

そうこう行っているうちに、宮路は辻の上段回し蹴りに倒れた。

「うわ、見てなかった。早すぎる」

「ふ。まさに辻斬りだな」

相馬は、踵落としで技ありを奪い問題なく決勝進出。
まさに、敵なしといったところだ。

三位決定戦が行われている中、相馬は会場の端のベンチに横になる。

「なあ、ロベルト。もし、俺たちが来年、体重別全日本に出れたら」

「ウン」

「俺は、当然軽量級として、ロベは、重量級か?」

「マダタイジュウガカルイカラ、ケイジュウリョウキュウダロウネ。デモサイシュウテキニハ、90キロオーバーニシテ、ジュウリョウキュウニイクヨ」

「ロベルト……日本語上達早いな」

「ボク、ベンキョウ、トクイ」

「なんだか、ロベルトに全部負けてる気がする」

ふと、気づくと会場の入口から横浜道場の面々が入ってきた。
先頭を歩くのは、軽量級覇者の辻巧。
横には、辻の後輩で、前年の全日本王者の志賀。

「辻先輩。なんだか、表情が硬いですね」

「そりゃあ、そうだろ。海外選手相手の決勝だ」

「私には、全く問題ないように思えますけどね」

「ふ。全日本チャンピオンは余裕だな。まあ、マルチェロは強いよ。正直ガチンコの殴りあいでも勝てるかどうか」

「なんだか、カッコツケマンの辻先輩らしくないですね」

「はは。カッコツケマンは酷いな」

笑い声を響かせながら、太郎らの前を通り過ぎる。

「うおお。全日本王者と体重別王者が、試合前に冗談を言い合ってるぞ。なんて、かっこいいんだ。なあ、ロベ!」

「カクコケツマンて何?」

「……なんかちょっと違うな」

と、会場内にファンファーレが鳴り響く。
ついに、決勝戦が始まるのだ。
この音に、相馬もむくりと起き上がる。

「ふあああ。ったく、糞長げーぜ。身体が冷えちまう」

「相馬先輩、いよいよですね!」

向かい側のコーナーでは、マルチェロを先頭としたイタリア団。
マルチェロは、セコンドのヴィンセントに耳打ちする。

『なあ、ヴィンセントよ。俺が優勝しちまったら、秋の全日本大会には呼ばれないだろうな』

『そうですね。あまり強すぎる海外選手は呼ばないでしょうね』

『ちっ、失敗したぜ。こんなちっぽけな大会じゃなく、全日本に出れるように調整すれば良かったぜ』

『二年後に世界大会がありますよ』

『あん?お前、何か勘違いしてんな。俺は、王座を奪われて、悔しむ日本人を見たいんだ』

『……』

『それにな、そのうち全日本にはお前を送り込むからな』

『え?僕は、まだ、そんな』

『いや、数年経てば、お前も間違いなくトップランカーになれるさ。なんとかうまく、中途半端な大会結果を出して、全日本に推薦してもらうんだ。そして、優勝するんだ。がははは』

ヴィンセントは、マルチェロのひねくれた野望に乗せられるのかと思うと、嫌気が差した。

『それでは、これより、第22回体重別全日本大会決勝戦を始めます!軽量級決勝戦!ゼッケン24番、マルチェロ・ジアーロ、イタリア!ゼッケン64番、辻巧、神奈川!』

選手紹介を受け、二人の雄は、檀上で対峙する。

試合太鼓な鳴り響き、軽量級決勝戦が始まった。
開始と同時にマルチェロは、突きの連打を放つ。

『お前のお得意の上段蹴りは打たせないぜ。このまま勢いで押し続けてやる』

マルチェロは、檀上の端まで、辻を追いつめると、前蹴りで檀上の外に吹き飛ばした。
会場からは、大きなため息がこだまする。

檀上の下にいた志賀は、辻に声を掛ける。

「辻先輩、大丈夫です。気楽に行きましょう!」

それを受けて辻は、薄く笑みを見せた。

「気楽には、いけないな。だが、負ける気もしない」

辻は、ゆっくりと檀上に上がる。

試合再開と同時に、マルチェロは、突きの猛攻。
辻の口から息が漏れる。

『なんだ、もうふらふらじゃねーか』

マルチェロが、右ストレートを辻の胸元めがけて打ち込んだ刹那、辻は上半身を後ろに傾け、そして、右の上段回し蹴りをマルチェロの顔面に打ち込んだ。

ノーガード状態でまともに蹴りを受けたマルチェロは、そのまま檀上に倒れこんだ。

「お前のマネさせてもらったよ」

会場から大きな歓声が沸き起こった。
海外刺客のマルチェロを制し、辻は軽量級6連覇を決めた。

太郎の目にはっきりと、焼き付いた。
蹴り足は、まるで直線のように、右足と左足が180度開いた状態であった。

「な、なんて美しいんだ。これが上段回し蹴り」

続けて相馬は、圧倒的な強さで優勢勝ち。
なんなく中量級を2連覇してしまった。
あまりの強さに、どのくらいの凄さなのかわからない。

この相馬が優勝できない、秋の全日本大会というのは、一体どんな大会なのか。
太郎には、無差別の戦いが想像つかない。

 

【第22回体重別全日本大会結果】

 


NEXT → 第26話 太郎vsロベルト へ


BACK ← 第24話 王座の死守 へ


 

サブコンテンツ

このページの先頭へ