第24話  王座の死守

 

「ひさしぶりに体重別の二日目に残れたよ」

自身のあごひげをさすりながら、その男は相馬に近づいてきた。

「拳の調子はどうですか?」

「ああ」

あごひげの男は、右の拳を閉じたり、開いたり。

「手はもう大丈夫なんだ。単純に俺の実力が落ちてんだな」

「そんなこと」

相馬の気を使うような仕草に太郎は驚いた。
この男は何者なのだろうか。
しばらく、相馬とこの男は、たまに笑い声のまじるような親しげな会話をしていた。

『ゼッケン177番、五十嵐徹平、熊本』

「おお。なんだ、もう俺の番か。ちょっと行ってくるかな」

そう言って、男は檀上に上がって行った。

「押忍、相馬先輩。あのお方は?」

相馬は、檀上の五十嵐に顔を向けた。

「あの人は、五十嵐さんっていってな。全日本大会で優勝もしてる人だよ」

「えー、全日本王者ですかあ」

相馬は、近くのベンチに腰かけた。

「昨日、総本山連中の中に、不動って人がいただろ?」

「押忍。元世界王者ですね」

「今から、10年近く前。不動先輩とあの五十嵐さんが一世を風靡していた時代があった。第28回、29回、30回。三大会連続で、優勝が不動先輩。準優勝が五十嵐さん」

「えー、す、すごい。128人も出場する大会で、そんなことが起こるんですね」

「ああ。二人とも総本山で尋常じゃない稽古を、お互いに刺激されながら、やっていたな。俺はそん時に総本山にいたからな。まあ、凄かったよ」

尋常じゃない稽古。
太郎には想像がつかなかった。

「翌年の第7回世界大会でも二人の強さが際立ち、そのまま不動先輩が優勝。五十嵐さんが準優勝をした」

「ふえー、世界大会までも」

「不動先輩は世界王者となり引退。現役継続の五十嵐さんはまだ30歳だった。若いって訳じゃあないが、誰もがその後、五十嵐さんの時代がくると思っていた。この俺もな」

太郎は頭を縦に振る。

「次の年に開かれた、俺の全日本デビューの大会でもあった第32回全日本大会。準々決勝で俺は五十嵐さんとぶつかり、ぼこぼこにされたよ」

「相馬先輩がぼこぼこにされているところが想像つきません」

「まあ、凄げー強さだったよ。そんな五十嵐さんではあったが、その大会には超絶やばい奴が出場していやがったんだ」

「超絶やばい奴……」

「第6回世界大会に16歳で出場し、ベスト8。四年後の第7回世界大会で負けはしたが、不動先輩を準決勝で相当苦しめ第3位」

「じゅ、16歳で世界大会!世界王者の不動師範を相当苦しめた」

「ブラジル支部。そいつの名は……『レオナルド・フェルナンデス』」

「レオナルド・フェルナンデス」

「優勝候補筆頭と目されていた五十嵐さんは、特につまづくこともなくあっという間に決勝戦まで進んだ」

ロベルトも真剣な表情で聞いている。

「そして、レオナルドも同じく全く問題なく決勝に。前年の第7回世界大会の第2位と第3位がぶつかる形になった」

「全日本の決勝戦に外国人選手が残ったんですね」

「おっ、糞太郎の分際でいいところに気が付いたな。そこがポイントよ。いままで、体重別全日本、全日本大会、世界大会、そのどの大会も全て日本人選手が王座に君臨してきたんだ。レオナルドの決勝進出は、まさに異常事態ってわけよ」

「なるほど」

「当時の会場の雰囲気を俺は覚えているが、異様な感じだった。なんというか悲壮感につつまれていて、決勝戦の熱気ではなかったな」

「そ、それで、試合は……」

「うむ。前にも言ったが、体重別全日本大会と全日本大会の王座はいまだに日本人が死守している。むろん、そん時も、五十嵐さんがレオナルドに勝利し、全日本の王座を死守した」

昔の話とはいえ、太郎はほっとした気持ちになった。

「だが、まさに死守だった。レオナルドの強さはハンパじゃなかった。本戦、延長戦、再延長戦、合計7分間。五十嵐さんは命がけで戦った。だが、判定の旗も数本レオナルドに上がったときもあった」

「再延長でも決着が付かなかったということは……」

「ああ。板割判定だ」

「めったにないという」

「そうだ。その時の大会でも、この決勝の一回だけだった。申告した板の枚数を割る。より多く割った奴の勝ちだ。体重無差別の大会だからな。この板割だけは、体重の軽い奴の有利なポイントとして、体重の重い奴から申告しないといけない」

「どちらの方が重かったんですか?」

「五十嵐さんは、今も軽重量級の試合をやってるが、80kg代。一方、レオナルドは100kg超。当然、レオナルドからの申告だ」

「で、何枚を……」

「レオナルドは6枚を申告。厚さ3センチの板だ。合わせて18センチ。板の塊みたいだったぜ」

「18センチ!」

「当然に五十嵐さんは、7枚を申告。過去7枚を割った奴はいない」

「な、7枚。20センチ以上の板の塊」

「レオナルドは、6枚を割ってのけた。そして、五十嵐さんも、7枚を割り、勝利した。全日本の王座を死守した。己の拳と引き換えにな」

「拳と引き換え……」

「五十嵐さんの拳の骨が粉々になったんだ。表彰式にも出れず、病院に直行だ」

「ふえー、凄い話ですね」

「翌年の全日本にも五十嵐さんは、出場したが、どっかの新人に一回戦で負けたよ。その後も引退はせず、大会の大小にかかわらず精力的に出場してるんだ。全く頭が下がるぜ」

会場内から、歓声が起こった。
五十嵐の一本勝ちらしい。
五十嵐は笑みを受けべながら檀上を降り、熊本道場一同と会場を後にした。

相馬らも準決勝を前に、サブアリーナへ移動することに。

「で、相馬先輩。そのレオナルド選手はその後、どうなったんですか」

「てめーは何にも知らねーんだな。レオナルドは、今の世界王者だよ。つまり、神覇館空手最強は、レオナルド・フェルナンデスって訳よ」

「せ、世界王者ですか!つ、つまり、世界大会の王座は日本から離れたって、ことですね」

相馬は、目線を少し下げた。

「日本から世界王座を明け渡してしまった、張本人が、この俺さ」

似合わぬ苦笑いのような表情。

「え、そ、相馬先輩が……」

相馬はサブアリーナへの連絡通路の巨大柱に背もたれた。

「二年前の、第8回世界大会。俺は、日本代表として出場した」

「相馬先輩は世界大会にも出場されているんですね!」

「不動・五十嵐の去った後、日本の看板を背負えるような選手は出てこなかったんだ。下村、大岩、梶……前年の全日本で、表彰台に上がったような奴らが、準々決勝にも進めないような有様だった」

「日本勢が総崩れの状態ですね」

「唯一、準々決勝に進んだ日本人選手が、前年の全日本大会で第4位だった俺様だ」

「唯一の日本人選手が、相馬先輩」

「情けない話だが、震えたよ。だって、俺が負けたら、数十年続いてきた神覇館の歴史に泥を塗ることになるんだからな。大嫌いな奴らだったが、下村や他の日本人選手もその時ばかりは、ベスト8に進んでほしかったぜ」

当時を思い出しているのであろう。
いつもと違う相馬の表情に、ことの重大さを感じた。

「不動先輩や五十嵐さんが、命がけで守ってきた王座。過去の死闘を目の当たりにし、ことの重大さは肌で感じていた。この俺が最後の砦……勘弁してほしかったぜ」

相馬は、ふっとため息をついた。

「そんな俺が準々決勝でぶつかったのが、レオナルドだ。結果は……ものの見事に負けた。俺は伝統に泥を塗ってしまったって訳さ」

「ノー!」

先ほどから静かに相馬の話を聞いていたロベルトが大きな声を出した。

「ソウマセンパイハカッコヨカッタヨ!ボクハアノシアイヲミテデシイリシマシタ」

「え?ロベルトはその試合を見てたのか」

「スゴカッタ。カッコヨカッタデス」

ロベルトは涙を流している。

「そ、それで相馬先輩を知ってたのかあ。その弟子入りしにきた日に俺と出会ったんだな」

そんなロベルトの話を聞いても、相馬はさして驚いている様子はない。
むしろ、いつもの表情に戻ってきたようだ。

「なるほどな。俺様のカッコ良さに惚れたか。じゃあ、準決勝の前にマッサージでもしてくれよな」

相馬は、ロベルトの尻を蹴り上げた。
太郎は、相馬の別の表情を知り、ますます尊敬の想いが強くなった。

 

【第22回体重別全日本大会途中経過】

 


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