第23話  二人の天才

 

第22回体重別全日本大会、二日目。4階級各64人、総勢256人のビッグトーナメントも、各階級8人づつ、計32人にまで絞られた。
相馬ら板橋道場の面々も、宿泊先のホテルから会場へ向かう。
二日目となり、いかに相馬といえども緊張しているだろうと、様子を伺う太郎だったが、本人はいつもどおり。
全く、緊張の色が見えない。
やはり、自分とは違う人種なのだと、太郎は思った。

太郎は、ロベルトの腕を軽く叩き、目で合図し、皆と少し離れて歩き始めた。

「なあ、ロベは昨日、相馬先輩の試合を見たんだろ?どうだった?」

「ウン。3シアイミタケド・・・・・・ヒトコトデイエバ、テンサイ」

「天才」

「ソウゾウイジョウダヨ。ボクノアコガレ」

「なるほどー。やっぱり、凄いんだな」

一番身近にいる相馬の試合を太郎は見たことがなかった。
昨日はといえば、マルチェロとの事件のために、選手でもないのに医務室で横になっていたのだから。

「ソレニシテモ、タロウ」

「ん?」

ロベルトはいたづらな表情を浮かべる。

「キノウハ、カッコヨカッタヨ」

「え!まじ?」

「マジ」

未だ、マルチェロに蹴られた左顎が痛む。
しかし全く苦ではない。
名誉の痛みだ。

「アズサセンパイトノキョリガチカヅイタンジャナイカナ」

「えー、マジで?そうかなあ」

そう言いながら、まんざらでもない太郎。

「てめーら!何をこそこそしゃべってやがんだ!ぶっ殺すぞ!」

「ひー、押忍」

相馬は緊張はしてないようだが、試合前で気が立っているらしい。
先輩に罵倒され、おののいているようでは、あずさとの距離はまだ遠そうだ。
太郎は、顔をうなだれた。

太郎は相馬に付き、ロベルトと選手エリアから会場に入って行く。
アリーナに入り、試合場を見ると、昨日とまるで違う作りになっていた。

「あっ、檀上が一つしかない」

昨日は、4つの檀上でそれぞれの階級の試合が行われていた。
ところが、今日は、アリーナ中央に檀上が一つしかなかった。

「ああ。今日は、決勝日だからな。一つの檀上でやるんだ」

「ふえー、かっこいい」

大会二日目の開会式。
アリーナ中央に設置された檀上に、各階級8名づつ計32名が立ち並ぶ。
軽量級では、津川、宮路、辻ら強豪に加え、海外刺客のマルチェロも勝ち残っていた。
中量級は、相馬はもちろん、総本山の久我もいる。
重量級の先頭には、相馬をライバル視している山岸が立っている。

地方の大会を勝ち抜いてきた強者たちが集う今大会。
今、檀上にいる32人がとてつもなく輝いて見えるが、秋に総本山で行われる全日本大会、そして四年に一度の世界大会。
まだまだ上の大会があるのだ。
太郎には、目眩がするほど雲の上の事のように感じられた。

試合が始まり、軽量級の津川、マルチェロ、宮路らは、初日同様に圧倒的な強さで勝利していく。
そして、太郎の注目、軽量級無敗の男、辻巧が登場する。
会場内からは、大歓声が巻き起こる。

檀上の横で、試合を控える相馬は、先ほどから軽いストレッチを行っていたが、辻の試合になり、腕を組んで檀上に目を向ける。

「ついに、辻選手の登場ですね」

「ああ。でも、あんまり参考になる内容じゃないかもな」

「え?」

試合開始の太鼓が鳴らされた。

辻は、ゆっくりと対戦相手の湊に近づいていく。
緊張感に溢れた表情の湊に対し、辻は全く表情が変わらない。
大きな気合いとともに、湊は突きの連打を辻に浴びせる。
だが、辻は全く受けようとしない。

「あれ。辻選手は全くガードしませんね」

「ああ。だが、よく見てみろ。辻さんの上半身の動きを」

「お、押忍」

湊に打たれ続ける辻の動きに注視すると、確かに他の選手たちとは違う気がする。

「なんとなく……ふにゃふにゃしてますね」

「そうだ。受けをしない代わりに、ああやって上半身をこんにゃくみてーにして、ダメージを軽減してやがるらしい」

「でも、そんなことしてたら、判定で不利になるのでは?」

「判定勝ちなんて眼中にないんだ。奴の視線をみてみろ」

「押ー忍。辻選手は目が細くて、どこ見てるかよくわかりません」

「アホ!顔の角度を見ればわかるだろ!」

「ひ!な、なんか、かなり下を見てますね」

確かに辻の顔は露骨に下を向いている。
それでいて、受けをまったくしない。
かなり異様な組手スタイルだ。

「普通は、突き・蹴り両方に対応できるようなるべく視界を広くするもんだ。まあ、胸の高さくらいだな。だが、あいつは常にああやって相手の足元を見てやがるんだ」

「でも、なぜ」

と、太郎が疑問に思った刹那、辻の放った右上段回し蹴りによって、湊はマットに沈んだ。
会場は大歓声。
辻は、たった一発で試合を終わらせてしまった。

「へ?今ので終わり?」

あまりにも一瞬の出来事で、太郎は、あっけにとられてしまった。

「これが『辻斬り』だ。相手の足の動きを読み、タイミングを計って上段蹴りのカウンターを打ち込むんだ」

太郎は、辻の蹴りを見て、昨日のマルチェロの上段回し蹴りを思い出した。
マルチェロの蹴りは、大きく膝を抱え込み、そこから鞭のようなしなりを見せ飛んできた。
しかし、辻の蹴りには、しなりのような動きはなかった。
一言で上段回し蹴りと言っても、いろいろな形があるようだ。

辻の試合が終わり、続いて中量級の試合が始まった。

試合が近づき、相馬はシャドーを始める。
相変わらず、華麗であり、無駄な動きがない。
檀上では試合が行われているというのに、観客の中には、試合そっちのけで、相馬のシャドーに見入っている者もいるようだ。
これが、いわゆる”華”というものだろうか。

そして、中量級最後の試合。
相馬の出番がやってきた。

『ゼッケン116番、中川翔太、東京!ゼッケン128番、相馬清彦、東京!』

「うっし、行ってくるかな」

「相馬先輩ー!頑張って下さい!」

相馬は、太郎の激励に軽く手を挙げ答えると、ゆっくりと檀上に上がって行った。
会場内の歓声は今までになかったくらいに大きい。

「す、凄いな」

「サスガソウマセンパイ!」

二人の弟子が興奮する中、試合が始まった。
太郎が初めて見る、相馬の試合。

相手選手の中川は、気合いと共に、蹴りを放つ。
と、その蹴りに合わせて、相馬は軸足に蹴りを放ち、相手は尻もちをついた。

「軸足刈り!」

構え直した中川は、突きを打つが、その突きでさえ、相馬はカウンターを合わせる。
相手の突きが身体に触れる前に、高速の拳を相手のレバー、みぞおちなどの急所に打ち込む。
突きのモーションが大きい時は、膝を合わせることも。

「凄い。あれじゃあ、相手選手は何にもできないぞ」

中川の動きが止まったと見るや、相馬は前蹴りで突き飛ばし、距離を取った。
そして、大きく踏み込み飛び上がり、前蹴りを中川のアゴに打ち込む。
中川は、後ろに倒れこんだ。

『赤、1、2、3、4、5、飛び前蹴り、一本!』

アリーナ中に大歓声が沸き起こる。
相馬の一本勝ちである。

「うわー、カッコ良過ぎる!」

「fantastic!」

檀上の端で、十字を切り、相馬が下りてきた。

「そ、相馬先輩!」

「おう、なんかいまいちだったな。もうちょっと早く終わらせなれないとな」

そう言って、片目を細める。
太郎は完全にしびれた。
自分の付いてきた男は、やはり只者ではなかった。

「相変わらず、華があるのお」

「ん?」

低くしゃがれた声に、相馬らが振り返ると、そこにはあごひげを蓄えた男が立っていた。

「五十嵐先輩……」

 

【第22回体重別全日本大会途中経過】

 


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