第22話  勇気と愛と

 

「あっ!そろそろ、相馬先輩を起こしに行かないとだな」

軽量級第一回戦は残り8試合残っていたが、中量級は相馬の試合まで3試合しかないようだ。

「階級によって、だいぶ進捗率が違うんだなー。急がないと、相馬先輩に何されるかわからないからな」

「イソゴウ」

太郎とロベルトは、先ほどまで繰り広げられていた試合について、興奮気味に語り合いながら、相馬の寝ているであろうサブアリーナに向かった。

と、連絡通路に等間隔て立っている巨大柱の横に、さきほど後ろ回し蹴りによるKOで会場内を沸かせた、イタリアのマルチェロが見えた。
なにやら女性の肩に手を回している。
どうやらナンパをしているようだ。
女性はその場から離れようとしているが、マルチェロは手をどけない。

「タロウ!アレ、アズサセンパイダヨ」

「なにー!」

よく見ると、ナンパをされているのは、あずさだった。

「すいません。私、行かないと」

「ツレナイナア、ニホンジョセイダイスキ」

明らかに、あずさは嫌がっている。
太郎の胃に、ギュッと締め付けられるような感覚が襲った。

これは、怒りか。
悲しみか。
嫉妬か。

太郎は、ゆっくりとマルチェロに近づいていく。

「オー、タロウ」

あいつは、自分の触れることのできないものに触れている。
許すことはできない。
あずさ先輩は、嫌がっている。
助けないと。

太郎の目じりに涙が溜まってきた。

なんでだ。
なんで、涙が。

そうだ。
相手は、地方大会を立ち抜いてきた選手を一撃で倒した男だからだ。
さっきの高速の後ろ回し蹴り。
相手は、気絶し、担架で運ばれていった。

これは、恐怖だ。
他人と争ったことのない自分にとっての初めての闘争。
試合じゃない。

マルチェロは、近づいてくる太郎に気が付いた。

「Cheaffarie?(なんだ、お前は?)」

「水河さん……」

太郎は、涙が伝う顔で、マルチェロを睨み付ける。

一体、どうするんだ。
何をするんだ。
どう助ける。
自分に何ができる。

気が付くと、身体は震えている。
腕から先の感覚がない。

「Scompaia!(失せろ!)」

マルチェロの表情も変わってきた。
怒りの表情。

太郎は、感覚のない右腕を振り上げ、マルチェロの手を跳ね飛ばした。

「Quellofuoriilqualeeportato!(なにしやがるんだ!)」

太郎は、マルチェロとあずさの間に割って入り、両腕を真横に伸ばした。

「水河さん!」

太郎は、怒り叫んでいるマルチェロを睨み続ける。

顔は涙でぐしょぐしょ。
恐怖で、身体はガクガク震えている。

「Dado!(死ね!)」

マルチェロは、右足を大きく抱え込んだ。
太郎は歯を強くかみしめた。

来る。
上段回し蹴りだ。
だが、この腕は下ろさないぞ。
目だって反らすものか。

意地。
あずさを守るという一心。

高く抱え込まれたマルチェロの右足は、軌道を変え、鞭のように。

太郎は、高速で飛んできたマルチェロの上段回し蹴りを避けることなく、まともに喰らった。
視界の半分が、まるでモザイクのかかったように、ちかちかする。
同時に、激しい激痛が首や顔に襲ってきた。

だが、太郎は倒れなかった。
マルチェロの顔を睨み付けたまま。
口からは、血が滴り落ちる。

「Marcello!」

マルチェロが右足を床に下ろしたところで、後ろから若い外国人が近づいてきた。
おそらく、マルチェロと同じイタリア支部の道場生だろう。
まだ二十歳を迎えていないであろう、その青年は、真剣なまなざしでマルチェロに話始めた。

「Cosastafacendo?(なにしてるんですか?)」

「Vincenzo(ヴィンセントか)」

マルチェロは、ばつの悪そうな表情を浮かべる。

「Questiuominiinterferironoconl’amoreggiamentocasuale.(この馬鹿が、俺のナンパを邪魔しやがったからよ)」

「Diverralasciandodisposizioneseunproblemaecominciato.(問題を起こせば、大会を退場させられるかもしれませんよ)」

マルチェロは、納得のいかないような表情で、イタリア支部の道場生達がいる方へ去って行った。

太郎は安心したのか、ようやく両手を下ろし、その場に腰から倒れこんだ。

「オー、タロウ!」

ロベルトが駆け寄る。

「水河さん、大丈夫ですか!」

あずさは、肩掛けバックから、薄い水色のハンカチを取り出し、太郎の口に押し当てた。

「あずさ先輩、ハ、ハンカチが汚れてしまふ……」

「いいの。だまってて」

太郎はこれ以上血が出ないように、口を強く結んだ。

さきほどの若いイタリア人男性が、太郎らに近づいてきた。

「オス、ゴメンナサイ」

男性は、申し訳なさそうに、何度も頭を下げ、その場を後にした。

太郎は、ロベルトに肩を借りて、近くのベンチに横になった。
視界の8割は白と黒のモザイク状態。
まともに言語が出てこない。
頭はガンガン、くらくら。

「オー、ソウマセンパイオコサナイト!」

ロベルトが声を上げた。

「あっ、そうだった。ロベルトさん。お兄ちゃんに、このスプレー持って行ってもらえますか」

「OK」

ロベルトは、あずさから冷却スプレーを受け取ると、サブアリーナに走って行った。

あずさは、太郎の横になっているベンチの端に腰を下ろした。
太郎は、視界の全てがモザイク状態になり、そのまま意識を失った。

「ソウマセンパイシアイデス」

「ん?」

ロベルトの声に相馬はむっくりと起き上がった。

「ふあー、随分寝たなあ。後、何試合くらいで俺様の出番だよ?」

「サア」

「さあ?って、どうゆーことだ!」

その時、場内アナウンスが流れ始めた。

『ゼッケン128番の相馬清彦選手。相馬清彦選手。試合が始まりますので、至急会場にお越しください』

どうやら、相馬の出番になったようだ。

「何ー!これは一体どーゆーこった!選手宣誓、前回王者のこの俺様が、迷子のご案内状態じゃねーか!」

「オ、オス」

「あー、俺はなんという糞弟子を持ったんだー!」

相馬は、冷却スプレーを奪い取ると、ロベルトの口の中に噴射した。

「てめーは、頭を冷やすだけじゃ足りねーみてーだなー!」

「ノ”ー!」

相馬は、ロベルトの顔面を踏みつけ、飛び越え、試合場に走って向かった。

ゆさゆさと揺れる感覚。
太郎が目を覚ますと、誰かにおぶられていた。
周りは暗い。

「あっ、太郎さん。起きた」

あずさが嬉しそうな表情を浮かべて叫んだ。
どうやら、ロベルトにおぶられながら、会場からホテルに向かっている最中のようだ。

「あ、も、もう、相馬先輩の試合は……」

「ったく、何寝ぼけてやがるんだ。俺様の試合はとっくに終わったよ」

「お、押忍」

「階段から転げ落ちて気絶してやがったとは。危うく試合に間に合わなくて失格になるとこだったぜ」

「……」

太郎の記憶が段々戻ってきた。
あずさを守るためにマルチェロの蹴りを受けたのだった。
相馬には、階段から転げ落ちたことにしているのであろう。
マルチェロがあずさをナンパしていたなんて、相馬が聞いたら、どうなるか想像に難くない。

太郎の意識がまた薄れてきた。
だが、今度は単純な眠気からくるものらしい。
うとうととした感覚。
あずさに、『太郎さん』と呼ばれたことだけは強烈に脳裏に焼き付いた。
そして、太郎はまた眠りについた。

 

【第22回体重別全日本大会途中経過】

 


NEXT → 第23話 二人の天才 へ


BACK ← 第21話 第22回体重別全日本大会開幕 へ


 

サブコンテンツ

このページの先頭へ