第21話  第22回体重別全日本大会開幕

 

「さーて、そろそろかあ」

毛布にくるまっていた相馬は、むくりと起き上がり、身体を伸ばす。
相馬が立ち上がった瞬間、サブアリーナ内にアナウンス音が鳴り響いた。

『こちらは、大会実行委員会です。会場内の選手の皆さまにご連絡します。開会式開始15分前になりましたので、選手の皆さまは、サブアリーナ横の連絡通路にお集まり下さい』

開会式前の集合アナウンスが鳴り響く。
あまりのタイミングの良さに太郎は驚いた。

『アリーナ側を先頭に、選手の皆さまは、ゼッケンの順番に、各階級ごとに二列づつお並びください』

相馬は素早く空手着に着替えた。

「ああ、そうだ。太郎、これ背中に貼ってくれ」

そう言うと、相馬はバッグからなにやら取り出して太郎に渡した。
つるつるした布地に、大きく『128』と書かれている。

「あ、ゼッケンですね」

「おう」

太郎は相馬の背中にゼッケンを張り付けた。
128は、中量級の最後の番号、優勝候補の番号である。

相馬は、太郎とロベルトを引き連れ、集合場所に向かう。

周りを見ると、選手たちはみな緊張の面持ち。
拳を強く握りしめる者。
深いため息をつく者。
中には、えずいているいる者も。

「あちーなあ」

突然、相馬が口を開いたので太郎は「ふえっ」と声にもならない声を出した。

「何で、夏は暑いんだよ」

周りの選手たちが緊張の中、相馬はこんな幼子のような質問を口にする。
しかも選手宣誓という大役もまっているというのに。
やはり相馬はさすがである。
しかし、太郎は相馬の質問に明確な答えを言うことはできなかった。
確か昔、理科の時間に習ったような気もするが。
本当に受験勉強の知識なんて、すぐに消え去ってしまうものだな、と思った。

選手たちは、サブアリーナとメイン会場を繋ぐ大きな連絡通路にずらっと列を作る。
256人の強者たちが一堂に集まっているのだ。
実に壮観である。
太郎とロベルトは列から少し離れてところで、何やらよくわからない大型オブジェの横に立って、何やら始まるのを待っていた。

しばらくすると、さきほど相馬に話しかけてきた、野口師範がマイクを持って現れた。

『えー、出場選手のみなさん。こんにちは。大会実行委員長の野口です』

すぐさま「押忍」の嵐。
やはり返事は押忍なのだ。

しばらく野口から開会式の説明が続いた。
どうやら、各階級の選手たちは、アリーナに設置されている四つの試合場の上に、各階級64人づつが並ぶらしい。

相馬を見ると、なにやら横に立っている男と話している。
丸坊主頭なので、総本山の選手だろうか。
その男の背中には、『96』のゼッケンが付いている。

 

「ロベ、あの人知り合いかなあ」

ロベルトは、ポケットにくしゃくしゃに入れていたトーナメント表を取り出した。

「カンジ、ムズカシイ」

ロベルトは、太郎の前にパンフレットを広げ、96番を指さした。

96番には、『久我誠・総本山』と書かれていた。

「久我誠、やっぱり総本山だな」

年齢は相馬の一つ上の26歳らしい。
もしかしたら、総本山時代の相馬の先輩かもしれない。

しばらくすると、大会実行委員の合図で選手たちはメイン会場に入っていった。
太郎は、セコンドたちでごったがえす中、ロベルトの背中にくっついて、前の方に進み、選手入場口から会場内を覗き見る。
とても広い試合会場だ。
三階席まであり、ほとんど人が入っている。

選手たちは入場曲に合わせ、会場に入って行き、それぞれの階級の試合場に並んでいく。

そして、開会宣言。
それが終わると、館長挨拶。
神覇館館長・神(ジン)。
太郎は、道場に飾ってある館長の写真は見たことがあったが、生で見るのは初めてだ。
しかし、館長登場が近づくと、我も我もと入口はごった返し、太郎らは端に飛ばされてしまった。
結局、館長の姿を見ることなく、声もまともに聞けないまま、次のプログラムに移ってしまった。

「ロベ、このままじゃ、相馬先輩の選手宣誓もまともに見れないぞ」

「タロウ、ベツノバショイコウ」

太郎らは、急いで、別の入口を探す。
少し離れたところに非常階段らしきものがあったので、そこから二階に駆け上がり、アリーナに入ることができた。

『次は、選手宣誓です。選手代表は、板橋道場所属、第21回体重別全日本大会中量級優勝、相馬清彦選手です』

と、アナウンスが流れた。
太郎らは、二階観客席の後ろから、試合場を見下ろした。

「ロベー、間に合ったな」

「ヨカッタヨカッタ」

相馬は、中量級の檀上から下り、中央席の前、館長の神と思われる老人の前に立ち、拳上げる。

『宣誓!我々選手一同は、空手道精神に則り、正々堂々戦い抜くことを誓います!』

相馬は、普段はあまり聞くことのできない、はっきりとした口調で、宣誓をやりきった。
会場内からは大きな拍手が鳴り響く。
相馬は、大きく十字を切り、元の場所に戻って行った。

「かっこいい。めちゃめちゃかっこいいー」

太郎は、改めて相馬に惚れた。
なんという格好の良さだろうか。
こんな大人数の全国の強豪たちの代表なのだ。

「オー、ホントウニカッコイイネー」

ロベルトも目を輝かせている。

太郎らは、相馬と合流し、サブアリーナに戻って行った。
板橋道場の陣地に戻ると、相馬は何やらドラムバッグを漁っている。

「押忍、相馬先輩、どうしましたか?」

「ちっ、冷却スプレー、あずさに預けたままだぜ」

「自分が取りに行きましょうか?」

「あずさに持ってくるようにメールしとくから、いいわ」

太郎は相馬がメールをしているところを見たことがない。
少し笑いそうになってしまった。
だが、口角を動かしただけでも相馬に打ち倒されるだろう。

「押ー忍。ちなみにあずさ先輩や美雪先輩は、セコンドには入らないんですか?」

太郎は笑いそうなのを堪えるために、相馬に話かけた。

「ああ。あいつらが選手エリアに入ると、いろいろ声を掛ける馬鹿がいるからな。来るなって言ってあるんだ」

「な、なるほど」

確かに、あずさも美雪も美人だ。
野獣のうろつく選手エリアに入れるのは相馬も心配なのだろう。

「昨年度なんて、気づいたら山岸の糞ハゲがあずさに馬鹿面さらして話しかけてやがったからよー」

さっきのゲジゲジ眉毛のあの男が、あずさに話かけていたと。
太郎の眉間がひくひく動いた。

「すぐにぼこぼこにしたけどよ。まったく油断も隙もないぜ」

「スプレーを持ってきてもらうのは大丈夫ですか?」

「ああ、総本山の久我に釘指といたから大丈夫だろ」

さきほどの96番の男のことだろう。

「それより、俺は寝るからよ。試合20分くらい前には起こしてくれよな」

「押忍」「オース」

「それまでは、好きに試合見てていいからよ。もう行っていいぜ」

よっぽどメールを打ってるところを見られたくないんだな。
そう思った太郎は、ロベルトを連れて、会場内に行くことにした。

太郎らは、セコンド用のIDを持っているので、試合場のすぐ近くまで行くことができた。
4つある試合場の前には、すでに何人かづつの選手が控えている。
軽量級の試合場の前には、先ほどサブアリーナで迫力ある突きを打っていた選手が椅子に座っている。
ゼッケンは1番だ。

『それでは、これより試合を開始いたします。各階級の選手はアナウンスに従って、檀上にお上がりください』

アリーナ内にアナウンスが流れる。
いよいよ体重別全日本大会が始まるのだ。

『ゼッケン1番、津川陽太、青森。ゼッケン2番、山下道重、石川』

名前を呼ばれると、両選手ともに返事とともに、檀上に上がる。

「あの選手は青森か。相手は石川県なんだな。なんか全国大会って感じだな」

檀上には、中央に主審が立ち、四隅に副審が旗を持って座っている。
山下選手の腰には、赤色のヒモが付いている。
初心者大会と同様、ゼッケン番号の小さい選手が白、ゼッケン番号の大きい方が赤になるようだ。

「正面に礼!審判に礼!お互いに礼!」

そして、主審の号令で試合が始まった。
軽量級以外の試合も始まったようだ。
会場内からは、声援が上がる。

津川はじわりじわりと、相手選手に近づく。
ゼッケン1番を巻いているということは、昨年度の準優勝者なのだろうか。
山下という相手選手は、すでにこの津川の迫力に飲まれているような感じもする。

津川は、気合いとともに、強烈な突きを山下に浴びせる。
山下は早々に防戦一方になる。
その後津川は中段回し蹴りを放ち、まともに喰らった山下は腹を抱え膝をついた。
と、すぐに副審たちは白旗を真横に上げる。
『技あり』である。
そして、しばらく立ち上がれないため、副審は全員白旗を上に上げる。
開始一分もせず、津川の『一本勝ち』となった。

太郎は初めて見る全日本レベルにため息が出た。

「初心者大会とは、迫力が全然違う。なんという強さだ」

「オー、スゴイツヨイネ」

さすがのロベルトも驚いているようだ。

「あれで、軽量級かあ。一体どれくらい稽古すれば、あんな人に勝てるんだろうか?」

太郎は不安でいっぱいになってしまった。
しかし、津川のような強豪はそうたくさんいるわけではないようで、しばらくは一本勝ちでの勝敗はなくなった。

しかし、しばらくすると、会場内に緊張感が走った。
ゼッケン24番。
イタリア支部、マルチェロ・ジアーロ。
相馬の言っていた海外からの刺客であろうか。

「ロベ、きっとあの選手が刺客だぜ」

「ゼンゼン、キンチョウシテナイミタイ」

確かにロベルトの言うとおり。
他の選手のような緊張感が伝わってこない。
それどころか、どことなく不敵な笑みを浮かべて檀上に上がっていく。

試合が始まるとマルチェロは、軽いステップで、相手選手の周囲を移動する。
そして相手が詰め寄って行った瞬間、高速の後ろ回し回転蹴りがこめかみに炸裂した。
相手選手は顔面からマットに沈み、ピクリとも動かない。
会場からの声援が一瞬静まり返る。

 

審判団が選手に近づき、すぐに担架で運ばれていった。
マルチェロはその間もやはり、にやにやとした表情を浮かべていた。

「ロベ、あいつ何だか嫌な感じだな」

「ソウダネ」

敗者を、弱者をあざ笑うかのような態度。
当然、空手道の精神には反しているだろう。
だがしかし、強くなくてはならないのも事実。
太郎はまた、強くなりたいという気持ちが強まった。

その後、隣の中量級の試合場では、先ほど相馬と話していた総本山の久我が、前蹴りで一本勝ちを収めていた。

そして、しばらくすると太郎らの目の前に、昨日ラーメン屋で絡んできた男が現れた。
当然、視界に太郎が入っていたが、気づいていない。
昨日のことなど覚えていないようだ。

「さって、いてもうたるかあ」

男は、軽く跳ね、自分の試合を待つ。

『ゼッケン47番、長友響哉、香川。ゼッケン48番、宮路哲也、大阪』

宮路哲也。
太郎の胸倉を掴んできたのは、大阪支部の宮路哲也という男。
宮路は大きな気合いを入れ、檀上に駆け上がった。
地元選手ということだろうか、一段と声援も大きい。

「宮路哲也か。その実力をとくと見せてもらおうぞ」

「モラオウゾ」

試合開始すぐに、宮路は長身を活かし、高い位置からの突きの連打を相手選手に浴びせる。
突きの連打というよりも、どつきまわしていると言った方が良いかもしれない。

突きと膝の連打で、相手選手を檀上の外に突き落とす。
会場からは大声援が上がる。

宮路はそのまま、本戦3分間で、5-0の優勢勝ちを収めた。

「宮路先輩、おめでとさんです」

「なんや、全然あかんやん。こんなんじゃ、また下村の兄貴にどつかれんで」

大阪支部のセコンドに囲まれながら、宮路は会場を去って行った。

「チンピラサン、ツヨカッタネ」

「いやー、正直戦いたくないね」

目の前で圧倒的な強さを見て、少し弱気になる太郎だった。

 

【第22回体重別全日本大会途中経過】

 


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