第20話  軽量級無敗の男

 

総本山の面々から離れると、太郎の視界に見覚えのある顔が飛び込んできた。

「押忍。あそこの一団の中にいる、背の高い人。あれ、志賀選手じゃありませんか?」

「ん?ああ、まさしく志賀の野郎だな」

一団の中でパステルグリーンのポロシャツを着た男が立っている。
昨年度の第36回全日本大会王者、志賀創二。
あずさの知り合いということだけで、太郎が一方的にライバル視する男。

「なんだか練習する服装じゃないですね」

「ああ。あいつは全日本王者だからな。格下の体重別全日本大会なんか出場しないよ。高見の見物って訳よ」

「なるほど。相馬先輩って、昨年度全日本何位でしたっけ?」

「てめー、昨日の晩御飯聞いてるんじゃねーんだぞ!もうちっとうやうやしく聞けねーのか!」

相馬の蹴りが太郎の尻に炸裂する。

「押ー忍、失礼しましたー!」

しかし、一団の中心にいるのは全日本王者の志賀ではなく、太郎と同じくらいの背丈で細身の男であった。
不動のような重厚なものではないが、その男からも鋭いオーラがにじみ出ている。

「相馬先輩、真ん中の方、有名な方ですか?」

「おう太郎。てめー見る目があるな。あいつは、横浜道場の、辻巧だよ」

「ツジタクミ」

笑顔なのだが、キレのある眼光。
周りの道場生達からも緊張感が伝わってくる。

「辻は俺の4つくらい上で、今は29……かな。軽量級の化け物で、無差別の全日本大会でも何度も入賞してる」

「え?軽量級って、70kg以下ですよね。そんな体重で全日本大会で入賞してるんですか?」

「ああ。しかも、何年か前の全日本では、準々決勝だったと思うが、俺も負けてるんだ。しかも一本負けだ」

「そ、相馬先輩が一本負け!」

「凄げー蹴りを持ってるんだ。上段回し蹴り。芸術作品っつってもいいくらいのな」

「ゲージュツハバクハツダー!」

突然大声を出すロベルト。
その声に、辻や志賀が気づいたようだ。

「この糞馬鹿。でけー声だすんじゃねーよ」

ロベルトにげんこつを喰らわす相馬。

「相馬。久しぶりだな」

輪の中心にいた辻が声を上げた。

「ちっ、めんどくせーなー」

相馬はいやいやながら、横浜道場の一団に近づいていく。

「押忍。辻先輩。調子どうっすか?」

相馬はポケットに手を突っ込む。

「ふふ。絶好調だよ」

「今回も、俺らでテッペン取っときますか」

「ああ、そうだな」

テッペン。
この辻という男も体重別全日本大会のチャンピオンなのだろうか。
それにしても、なんという会話だろうか。
数百人いる選手達の中、目の前で軽量級と中量級の王者が立ち話をしている。

「そんでもって、秋の全日本あたりで何年か前の借りを返させてもらいますよ」

「ああ、覚えとくよ」

相馬は無理やり笑顔を作ったような顔をして、その場を去った。

相馬が辻と話している時、太郎は、あることに気が付いていた。
志賀が相馬を凝視していたのだ。
それも何か恨めしいような表情で。
おそらく勘違いではない。

少し離れると、相馬はまるで大きなため息のように、息を吐き出した。

「ちっ、すかした野郎だ。苦手なんだよな、あの人」

「押忍。相馬先輩にも苦手があるんですね」

太郎は、そう言いながらも、美雪の顔が思い浮かんだのだが。

「まあ、あの人は凄げー人だよ。体重別全日本大会デビュー以来負けなしの5連覇だからな」

「え?ええ!5連覇?負けなし?そんなことがありうるんですか?」

「あり得るんだな、これが。まあ、今の俺なら負けはしないがな」

そう言うと相馬は腕を組んで、首を軽く回した。

サブアリーナには何本かの大きな柱が立っており、岩村が一番奥にある柱の前を板橋道場用に確保しておいたらしい。
その場所に向かうと、そこには板橋道場師範の相馬源五郎が立っていた。

「押忍」「押忍」「オース」

太郎、岩村、ロベルトは拳で十字を切って挨拶する。

「あれ、親父殿。どうしたんすか」

「いや、ちょっと岩村さんに聞きたいことがあってね」

「押忍。自分ですか」

岩村は自身を指さした。

「そうなんですよ。ちょっと師範連中の詰め所まで来てもらえませんか」

マスコミ対応の件だろうか。師範である源五郎自ら岩村を呼びに来たらしい。

「押忍。わかりました」

岩村は源五郎の後に付いてその場を後にしようとしたが、立ち止り小走りで太郎らに近づいてきた。

「お、押忍。どうしましたか」

岩村は太郎の耳元に近づく。

「太郎君。お願いがあるんだが」

「押忍」

「相馬先輩は開会式が終わったらすぐ寝てしまうハズだ。相馬先輩の試合は一番最後だからね」

「なるほど」

「だから、寝坊しないように、ちゃんと起こしてくれないか」

「押ー忍。そんなことなら任しといてください。ロベルトもいるし」

「じゃあ、頼むよ」

岩村は源五郎の後を追いかけた。

「はーああ、何か疲れたなあ。ちっと一眠りするか」

そう言うと相馬は、ブルーシートに横になり、用意してあった毛布を当り前のようにかぶってしまった。

「あらら、開会式前に寝てしまったぞ」

「オー、タロウ。アレミテヨ」

ロベルトが驚いたような仕草をしている。
視線の先を見ると、太郎も驚いた。

「あっ、あいつは!」

その男は、昨日ラーメン屋で、太郎に絡んできた男であった。
空手着を着ている。
それも黒帯を締めて。

「センシュナンダネ」

「えー、体重別全日本に出るくらいの奴だったのか。しかも黒帯締めてるし」

あの時、間違っても逆らわなくて良かったと思う太郎だった。

「じゃあ、何とかの兄貴ってのも、空手の先輩だったのかな」

「タロウヨカッタネ」

「何が?」

「シアイデカリガカエセルジャナイ」

「そ、そうだな。何年先になるかわからないが」

太郎はそう言いつつも、少しづつ闘志が湧き上がってくるのを感じていた。

と、今度は別の方向からリズミカルにミットを叩く音が聞こえる。
音の方を見ると、キックミットを両手に持った道場生に突きを連打している男がいる。

太郎もキックミットに向かって突きを打ったりするが、こんな破裂音はしない。
音と同時に叫び声も聞こえる。

「したはんで、まいねんず!」

「あっつぁ、たんだでねえな」

東北かどこかだろうか。
太郎にはわからなかったが、会話の中に”辻”という言葉が確かに聞こえた。
体格からいって軽量級の選手なのだろう。

太郎は両手を握りしめた。

「いる、ここには全国の猛者達が。俺らが超えなくてはならない男達が。なあ、ロベ!なんだか興奮してくるな!」

「ウン、コウフンスルネ!ボクラモ、ライネンハ、シュツジョウネ」

「そうだな、燃えるぜえ!そして、あずさ先輩にカッコいいとこ見せるぜー!太郎さん、ステキ……なんちって」

「タロウ、シタゴコロ」

「わっ、ロベルトの前で変なこと言ってしまった」

将来のライバル達を間近で感じ、邪(よこしま)な感情がありつつも、ますます闘志を燃やす太郎であった。

 

【第22回体重別全日本大会トーナメント表】

 


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