第19話  伝説の王者

 

突如襲う激痛。
そして、息苦しさ。

ハッとし、気が付くと、顔の上に何かが乗っている。
いったい何が起きているのであろうか。

「てめー、糞太郎!選手である俺様より遅く起きるとは、どーゆーことだ!」

顔の上に乗っていたのは相馬の足であった。
なんという起こし方であろうか。
だが、目が覚めたその場所は、いつもの雑多で男臭い部屋ではなく、清潔感のあるホテルの一室だ。
朝起きて、いつもと違う場所だと気が付くと、少しセンチな気持ちになるのはなぜだろう。
そんなことをぼおっと考えていると、第二弾が顔の上に落ちてきた。

宿泊したホテルから徒歩で十数分の場所に、体重別全日本大会の会場がある。

板橋道場一向は、会場に向けてホテルを後にした。
そこそこの距離を歩くことになるが、タクシーなどは使わないようだ。

岩村だけは朝早くにホテルを出ていた。
どうも岩村はマスコミ関係の仕事をしているとのことだった。
今日の大会はスポーツチャンネルで放映するということらしく、神覇館関係者の手伝いをしているとのこと。

「散歩は試合前のちょうどいい運動になるぜ」

「お兄ちゃん、よく寝れた?」

「あ?徹夜でも余裕だぜ」

「あんた、まともに返答できないわけ?」

「う、うるせー」

相馬は、あずさと美雪といつもの会話。

太郎とロベルトは皆から少し距離を取って後ろを歩いている。

「キノウノラーメンオイシカットネ」

「そうだね。あの変な奴がいなければ最高だったのになあ」

太郎は昨晩の出来事を思い出した。

「ソウマセンパイニホテルヌケダシタノバレテナイカナ」

「ばれてたら速攻シバかれてるよ」

しばらく歩くと、会場が見えてきた。
周りにはたくましい体つきの男であふれている。
明らかに空手関係だとわかる面々。

「なんか異様な空間だなあ」

「ミンナツヨソウニミエルネ」

入口に近づくにつれ、視線を感じ始める。
皆、こちらを見て何やらささやいている。
口をぽかんとする者。
お辞儀のような仕草をする者もいる。
段々と人だかりのようなものができてきた。

「なんだろう。みんなこっちを見て」

「おいおい、俺様へのリスペクトに決まってんだろ!」

「あ、そうか!相馬先輩は前年度チャンピオンですもんね」

「見てろよ、太郎」

相馬は、突然大きな動作で後ろ回し蹴りを放った。
すると、周りから歓声が上がった。
まるでアイドルでも見るかのようか表情だ。

「凄い、相馬先輩」

「へ、当り前よ!」

あずさと美雪は呆れているようだった。

会場に着くと、あずさ、美雪とは別行動になった。
彼女らは一般観客席に向かうようだ。

会場の入口には、岩村が待ち構えていた。

岩村は首から下げるカードケースを取り出した。
そして、相馬には青色のカードを。
太郎とロベルトには、岩村も掛けているカードと同じオレンジ色のカードを手渡した。

「これがIDカードだよ。これがないと関係者入口から入れないんだ。なくしちゃ駄目だよ」

どうやら色で選手か同行者かわかるようになっているらしい。

「押忍。ありがとうございます」

「ちっ、毎度のことながら。俺は顔パスでいけるのになあ」

相馬は面倒くさそうにカードを首から掛けた。

会場内は、メインアリーナと選手控えのあるサブアリーナに分かれていた。
相馬ら四人は、サブアリーナに向かう。

 

 

吹き抜けのある大きな廊下を歩いていると、一人の男が近づいてきた。
何やら分厚いファイルを脇に抱えている。
笑顔で軽く手を挙げてきた。

「やあ、相馬君。調子はどお?」

男に気が付いた相馬は、軽く会釈をした。

「押忍。野口師範。ばっちりです」

野口と呼ばれたその男は、四十歳前くらいで、太郎より少し背が低いようだ。
人懐っこい表情を浮かべている。

「なんだ、ちゃんと挨拶できるようになったんじゃないか。王者の自覚が出てきたのかな?」

「野口師範、弟子の前であんまりいじめないで下さいよ」

「ああ何、お弟子さんがいるんだ」

相馬は、太郎とロベルトの頭を後ろから小突いた。

「てめーら、ちゃんと挨拶せんかい」

太郎とロベルトは十字を切り丁寧に頭を下げた。

「初々しいねえ。だが相馬君は入門時から初々しさのかけらもなかったが」

「そうでしたかねえ。俺も始めはウイウイシかったはずですよ」

「それじゃ、今日の選手宣誓頼むよ」

そう言って、野口は足早に去って行った。

「相馬先輩、選手宣誓やるんですかあ?」

「ああ。いつものことだ」

相馬は、出場選手256人のスーパートーナメントの選手宣誓の役らしい。
しかし全く動じていないようだ。

「押忍。先ほどの方はどなたですか?」

「あの人は、大会実行委員長をやってる千葉支部の野口師範だ。体重別とか全日本とかデカい大会を取り仕切るのさ」

「へー、そうなんですね」

「会場設営の準備や、トーナメントの組み合わせとかもあの人が中心となって作るんだ。後、海外選手のチョイスとかな。海外からの刺客選びだな」

「刺客ですか?」

「そうだ。日本の選手だけじゃ緊張感がないだろ。だから体重別や全日本には毎回何人かの海外選手を招待するんだ」

「へー、なるほど」

「体重別全日本大会の各階級の王者、そして全日本大会の王者は常に日本人が取ってきたんだ。王座には常に日本人が君臨する。これが神覇館空手の伝統であり、プライドなんだ」

気のせいか、説明している相馬の表情がいつもより真剣に見えた。
そしてそれを聞いているロベルトはうなづきもせず相馬を見つめる。

「出場選手たちは神覇館の歴史を背負って試合に臨むってわけよ」

「おー!なんだかかっこいいですね」

太郎は本当にかっこいいと思った。

「ってことは、このロベルトもそのうち神覇館の歴史を脅かすような存在になるかもしれませんね」

太郎はロベルトを見上げて言った。

「まあ、そこまで強くなれればいいがな。だが、俺様がいる限りは問題ないがな。がははは!」

「ガハハハハー」

会話を理解しているのか疑わしいロベルトも大きな声で笑う。

廊下を抜けると、サブアリーナに到着した。
小中学校の体育館よりも大きなスペースが広がっていた。
これがサブなのだ。
大会の会場はどれほど広いのだろうか。

サブアリーナの中では、空手着姿やジャージ姿の選手らしき男達が大勢。
各々、ミット打ちやシャドーを行っている。

気合いの声や、ミットに突きや蹴りを打ち付ける音がこだまする中、右端の一角だけ静かで緊張感を漂わせているエリアがあった。

10数人いる男達の多くは丸坊主。
皆口を真横に結び、両手を握り腰の前に据える自然体で立っている。

「押忍、相馬先輩。あの辺りだけなんだか異様な雰囲気ですね」

良く見ると、全員が一人の男を囲んでいるようだった。
その男は、師範級のみが着ることができる灰色のYシャツに黒系のネクタイ姿。
皆に何やら話しているらしく、ときどき『押忍』が連呼される。

「お!総本山の野郎どもがいるな。ちょっと挨拶に行くかな」

そう言うと相馬は、臆する様子もなく、その一団に近づいていった。

「うわ、相馬先輩!大丈夫ですかあ」

相馬は男達の後ろから大声をだした。

「おーす、不動せんぱーい、お久しぶりでーす!」

丸坊主の男達は驚いた様子で皆相馬に振り返る。
そして相馬の顔を見るや、みな横にずれ、道を作る。

「相馬か」

不動と呼ばれた男は笑みを浮かべ、相馬に近づいて行った。

「押忍。お元気でしたか?」

「ああ、お前も元気そうだな」

低いが、通りのいい声だった。
相馬の知り合いなのだろうか。
しかし半分素人のような太郎にもわかった。
その男から発せられる、何かオーラのようなものが。
身長は180cmを超えているだろう。
山のように大きい。
周りの男達とは違い、髪を後ろに上げている。

と、一人の坊主頭の男が二人に割って入った。

「相馬!貴様は何を考えているんだ。今は不動師範から大事なご指導をいただいているのだ。全く空気の読めない奴だ!」

ゲジゲジ眉毛の、こちらも180cmはあろう、大男だ。
田舎の大将とあだ名付けができるような風貌。

「はん、山岸か。相変わらず女にもてなそーな面してやがる。まだ空手やってたの?」

「貴様ー!」

山岸?
初心者大会で、太郎の戦ったあの高畑に向かって相馬が言っていた名前だ。
確か、相馬をライバル視している気持ちの悪いハゲ野郎、だったか。
そして今、そのハゲ野郎呼ばわりされた男と一触即発の雰囲気。

「ふふ。相変わらずだな、相馬」

不動はそういうと、山岸の肩を軽く叩き、なだめるようなしぐさをした。
苦々しい顔をしつつも山岸は元いた場所に戻っていった。

「じゃあ、また」

相馬は、振り返りその場を後にした。
太郎は去り間際に端の方に立っていた高畑に気が付いた。
坊主頭の中で、髪の伸びている高畑は目立っている。
相馬曰く、確か総本山の内弟子は丸坊主で、そうでなければ一般道場生だったような。

太郎らも相馬の後につづく。

一団からある程度離れたところで太郎が口を開く。

「押忍。あの一団が総本山の道場生のみなさんですか?」

「そーだよ。丸坊主率が高いからすぐわかるぜ」

「真ん中に立っていた不動って方はお知り合いですか」

相馬は、ちらと後ろを振り返り、また視線を前に戻した。

「不動暁……全日本を四度制し、世界大会でも優勝している凄げー人だよ」

「ええ!?全日本を四回も優勝してるんですかあ?しかも世界大会も制覇!」

「さすがの俺も、あの人には頭が上がらないんだ。俺の総本山時代の先輩だしな」

「そ、そういえば、そうでしたね」

「中学卒業した後すぐに、親父に放り込まれたんだ。おかげで俺は中卒ってわけよ。なんて親父だ、まったく。東大に入ってたかもしれないのになあ」

相馬も丸坊主だったのだろうか。
太郎にはちょっと想像がつかなかった。

 

【第22回体重別全日本大会トーナメント表】

 


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