第17話  いざ、大阪へ

 

初心者大会後、相馬は自らが出場する第22回全日本大会に向け厳しい稽古を続けてきた。
当然それに付き合う形になった太郎とロベルトの稽古内容も濃いものとなっていった。

そして、太郎が板橋道場に入門して2ヶ月が経ち、第22回体重別全日本大会の前日を迎えた。
秋に行われる全日本大会と四年に一度の世界大会は、千葉房総内陸部にある総本山武道場での開催になるが、夏に行われる体重別全日本大会は、大阪で開かれる。

板橋道場からは、出場選手の相馬、内弟子の太郎とロベルト、世話役の岩村、そしてあずさと美雪の6人が大阪に向かうことになった。
板橋道場師範の相馬源五郎は、大会の審判などを務める関係で先に大阪に入っている。

一行は、大会前日の夕方に出立。

金曜日の夕方である。
帰宅時間帯の山手線は特に混雑する。

「ちっ、なんだよ。サラリーマンさん達の帰り時間じゃねーか!もちっと早く出た方が良かったんじゃねーの?」

「何よ、お兄ちゃん!移動の手配を全部岩村さんにまかせといて、そんな言い方はないでしょう!」

相馬の愚痴を、あずさが制す。
だが、相馬は全く意に介していない様子。

「まあまあ、あずさ先輩。確かに僕が動くの遅かったからなんです。ちょっと仕事がバタバタしてしまっておりまして」

「岩村さん、そんな低姿勢だから、お兄ちゃんが調子に乗るんですよ」

「別に調子に乗ってねーよ。岩村さんには感謝してるぜ」

つり革につかまりながら、兄妹の口論が続く。
そんなやりとりに終止符を打ったのは、相馬が最も恐れる、栗原美雪だった。

「キヨ……あんた、いつになったら一人で電車に乗れるの?それに、お弟子さんが二人も出来たんだから、もうちょっと礼節をわきまえなさい」

「う、うるせー」

普段は敵なし、無敵の相馬が、美雪には頭が上がらない。
太郎とロベルトには不思議な光景だった。

品川駅から新大阪駅まで新幹線で移動する。
新幹線に乗り込むと、通常の電車内とは異なる香りが漂ってきた。
太郎はそれを高貴な匂いだと思った。

座席は、右列最後部窓側に相馬、その隣に岩村が座った。
一つ前の席には、美雪から窓際を譲ってもらったあずさが、わくわくした様子で腰を下ろす。
太郎とロベルトは、左列で相馬らよりも数席前の座席であった。

太郎は高校生の時の修学旅行以来に大阪に足を踏み入れることになる。
自分が出場するわけでもなく、さらにはハイレベルな試合が見れるということもあり、非常に楽しみであった。
しかし、当然意識するのは、憧れのあずさだ。

「到着するまで寝てるからよ。起こすんじゃねーぜ」

そう言って相馬は、リクライニングを最大限に倒し、腕を組んで目をつむった。

「はーい。ごゆっくり」

あずさが返事をした後、新幹線はゆっくりと動き出した。

新幹線などのシートはどうしてこんなに垂直なのだろうか。
長い間座っていなければならないので、相馬のようにリクライニングをたおしたいが、後ろの人に話しかけるのも面倒だ。
太郎はきつい姿勢を我慢することにした。

腰の位置が定まらず、所在無げに落ち着かない太郎だったが、そんな様子に気づいたのか、ロベルトは後ろの乗客になにやらジェスチャーをし、その後二人のシートを後ろに倒した。

「おお、ロベ。ありがとう」

「ナガタビダカラネ」

それにしても、ロベルトの勉強熱心には感心する。
午前中の稽古の後、部屋で机に向かい、黙々と日本語の学習。
たいていの言葉は、問題なく通じる。
それにくらべて、だらだらと大学に通い、授業中はほぼ完全に寝ている太郎。
何だかとても恥ずかしい気持ちになる。

「凄い奴だなあ」

「ン?」

「なんでもない」

今や、太郎にとってロベルトは謎の外国人ではない。
さっぱりした性格で、何でも笑い飛ばしてしまうロベルト。
一方で、神経質で内向的性格の太郎。
そんな同期凸凹コンビは、もはや親友同士と言ってもよかった。

「タロウ。アズサ先輩ミテルヨ」

「へ?」

突然、ロベルトに囁かれ慌てる太郎。
とっさに、あずさの方を見たが、本人は美雪としゃべっている。

「ハハハー!タロウ、ハズカシイネ」

「ロベー!お前、何だよ!」

ロベルトは手を叩いて大笑いしている。
太郎は、相馬が起きてしまわないか不安になる。

「タロウ。アズサ先輩、ラブネ。アイラブユーイワナイノ?」

「あれ?お、俺が、あずさ先輩のこと気になってるの、分かる?」

「ソリャアワカルヨ。ダッテ、イツモミテル」

「そ、そんなに見てるかなあ。うーむ」

普段から、こっそりとあずさを見ていたつもりだったが。
ロベルトにはまるわかりだったらしい。

「ダカラ、アイラブユー」

「そんな簡単に言えたら苦労しないよ。俺なんて、空手は弱いし、内気だし……とても、あずさ先輩と釣り合わないよ。はああ」

そんな太郎の言葉も、ロベルトは全く意に介さない様子。

「オー、タロウ。カンケイナイヨ。ラブハ、ハートデショ」

「そっ、そうなんだろうけどさ。俺は自分に自信がないんだよ」

しゃべっているうちに、段々と暗くなっていく太郎。

「だからさ。せめて空手で強くなってから、少しづつ、お近づきになれたら、なんて」

「オー、タロウ。ホカノオトコニ、トラレチャウヨ」

「うっ、そ、そうなんだが……うう」

パッと太郎の脳裏に浮かんだのは、以前首都圏初心者大会で出会った、全日本王者志賀創二だった。

「デモ、ソウマセンパイノディフェンスダカラ、シバラクダイヨウブカナ」

「そ、そうだよな。はああ、情けない」

「セイシュンネ」

新幹線は、二時間半ほどで新大阪駅に到着。
新大阪駅から地下鉄に乗り、岩村が予約していたホテルに向かう一行。
ホテルに着くと、岩村から部屋の鍵を渡された。

「ふえー、カードキーですかあ」

太郎はカードキーを初めて見る。
ドラマなどでよくみた、オレンジ色のプラスチックの棒が付いているキーは、今や存在しないのだろうか。

「カードキーごときでいちいち大袈裟な野郎だぜ」

太郎の感動を踏みにじる相馬。

「キヨだって、最初は驚いてたでしょ。どうやって使うかわからなかったくせに」

「う、美雪、うるせー」

こんな相馬と美雪のやりとりも、太郎には羨ましく思える。

「四人部屋がなかったんで、相馬先輩と太郎君とロベルト君は三人部屋に泊まってもらうから。僕は一人部屋だけど……相馬先輩、良かったですよね」

「ええ、太郎らにマッサージやらせますんで。岩村さんは個室でごゆっくり」

「ありがとうございます。それで、栗原先輩とあずさ先輩はこのカードでお願いします」

「どうもー」

あずさはカードを受け取り、お札の透かしを見るような仕草をしている。
あずさには少し天然なところがあるようだ。

「じゃあ、道頓堀に繰り出しますかあ!腹減ったぜ」

相馬の号令で、一行は心斎橋方面へ向かった。

目的地に近づくと、太郎の目にテレビでよく見る巨大なグリコの看板が飛び込んできた。
初めて見る夜の大阪にどうも落ち着かない。
少々ホームシックな気持ちに駆られる太郎だった。

「ナンデヤネーン!」

そんな太郎とは反対に、ロベルトは先ほどからはしゃいでいる。

「てめーは、くだらねえことを良く知ってるなあ。ったく、応援は気楽なもんだぜ。ちゃんと俺様の試合を見て、勉強しろよな」

「とかなんとか言って、可愛いお弟子さんが付いてきてくれて嬉しいくせに」

「うっ、うるせー」

こんな調子で相馬は美雪と。
しばらくするとロベルトは岩村としゃべり始めた。
こうなると自然と太郎はあずさと並んで歩く形になった。

太郎はあずさに何か話掛けようと必死に考えを巡らす。
が、焦れば焦るほど何も言葉が出てこない。
段々と呼吸すらまともに出来ないようになってくる。

「水河さん、ロベルトさんと仲良いですよね」

そんな太郎を救ったのは、あずさ自身だった。

「へ、へい」

とっさに話しかけられたので、江戸っ子のような返事になってしまった。
あずさはくすくすと笑い、そして続けた。

「電車の中で、何の話をして盛り上がってたんですか?」

まさか、あずさの話をしていたとは言えない。

「あっ、その、そ、相馬先輩の話です。押忍」

「へー、お兄ちゃんの?」

「押忍。しょ、初心者大会の時なんか、ぼ、僕らの稽古で時間を割かれて、ご自分の稽古が出来なかったんじゃなかったのかなって」

なんとかうまく答えられたと、ほっとする太郎。

「大丈夫ですよ。だってお兄ちゃん、結構前から一人で稽古してましたもん」

「へ?道場の稽古ではなくてですか?」

「そうなんです。お兄ちゃんはみんなと一緒に稽古するのは嫌いで」

なんとなくわかるような気がする。

「初心者大会の時は、昼間もいなかったでしょ。確か階段や坂で走り込みしていたと思いますよ」

「そ、そうだったんですか?」

確かに相馬は昼間いないことが多かった。
ジャージ姿で、現れたかと思うと、すぐに用があると言って出掛けてしまっていた。
あの用事は、一人稽古だったのだ。
普段は不良ぶっているが、やることはキチンとやっていたのだ。
さすが体重別全日本王者だと、感心する太郎。

あずさは、ちらりと相馬を見てから、太郎に顔を近づけて耳元でささやいた。

「ほら、お兄ちゃん、自分のこと天才とか言ってるじゃないですか。だから、自分が練習しているところを他人に見られるのが好きじゃないんです」

「は、はひー」

太郎は、あずさが触れるすれすれまで近づいてきたことで、頭がパニック。

(うあああ、あずさ先輩がこんな近くにー!しかも、な、なんて甘い吐息なんだあー!頭がどうかなってしまいそうだ!しかも、この距離は確か……恋人の距離!あずさ先輩、恋人の距離ですぞー!勘違いしてしまうじゃないですかー!押ー忍)

心の中で大声を上げる太郎。

「だ、大丈夫ですか?顔が赤くなって……」

「(ぎゃー、嫌われるー)だ、だおい丈夫です」

あずさは、ニコッと太郎に笑いかける。

「おもしろいですね、水河さんって」

「は、はひほへへ」

「きゃは!ばいきんまんみたい」

あずさはいたずらな笑顔を見せる。
太郎は、今自分は間違いなく幸せな状態にある、と思った。

 

【第22回体重別全日本大会トーナメント表】

 


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