第15話  相馬の野望

 

初心者大会が終わり、太郎らが所属する板橋道場にはロベルトの優勝カップが飾られた。
金色に輝くそのカップの台には空手家が横蹴りを蹴り込む姿のオブジェがあしらわれていた。

板橋道場の近所にある駅前の居酒屋で、ロベルトの祝勝会が行われた。
大勢での飲み会に参加した経験がほとんどないし、楽しかった思い出のない太郎は、参加事態に少々不安があった。
しかし、太郎とロベルトの試合後の疲れを考慮し、その日は軽く食事して解散となった。

道場へ帰宅後、相馬は、いつものように太郎とロベルトを銭湯に連れて行った。

太郎は身体中が痛み、着替えもままならない。
脱いで鏡を見ると、所々が赤くなっていた。
熱戦の傷跡だ。
太郎は自分のことを、少し誇らしく思えた。

ロベルトは今夜も水風呂でご機嫌だ。
通い始めは、水風呂というものにショックを受け、なかなか入らなかったロベルトだったが、いまや入浴時間の半分以上を水風呂の中で過ごしている。

ジャグジー風呂に使っている太郎の横に、相馬が入ってきた。

「太郎、初試合はどうだったよ?」

「押忍。情けない結果でした」

「ふん。そう思うならさらに精進するんだな」

「押忍」

太郎は顔を下に落とした。唇の半分が湯船に浸かった。

「まあ、名誉挽回のチャンスはこれからたくさんあっからな。近いところだと、ちょっと先になるが、9ヶ月後の2月に『東京都大会』ってのがある」

「東京都大会ですか」

「東京近辺のやつらが出場する大会で、体重別全日本大会の出場権が得られる地方大会に位置付けられている」

「た、体重別全日本」

「そうだ。この大会でベスト8、準々決勝まで残れば、来年度の第23回体重別全日本大会に出場できるってわけだ」

「な、なるほどー」

太郎は、東京都大会に入賞している自分を思い描こうとしていた。

「ただし、東京都大会は体重無差別だし、100人くらいエントリーするからな、しかも普通に茶帯や黒帯が参加するし」

「無差別!100人!黒帯!」

体重別全日本への道は果てしなく遠いようだ。

「ちっ、あんましビビんなよ。100人っつっても、準々決勝までに4人くらいぶっ倒せばいいんだよ」

「4人ですか」

「そうだ。そう考えたら、無理って感じじゃないだろ」

確かに、100人と戦うわけではない。全く希望がないわけじゃない。

「6月に体重別全日本大会があって、11月には無差別で行われる全日本大会があるんですよね」

「うむ。体重別でベスト8に入れば、11月の全日本に出れるってわけよ」

「東京都大会、体重別全日本、全日本大会……上には上の大会がありますねえ」

「まあ、俺様のような有名選手になると、体重別だろうが全日本だろうが推薦で出れるんだがな」

「凄いです、相馬先輩」

「ふふ、まあな」

相馬はまんざらでもない顔をして、髪を後ろにかき上げる。

「だが、この俺様でも簡単には出れない大会がある」

「せ、世界大会ですね!」

「そうだ。4年に1度開催される世界大会。開催の前年の全日本大会のベスト8。そして開催の年の体重別全日本大会の各階級の優勝者。選ばれし12人しか出場が許されない神聖なる大会だ」

「次の世界大会は確か、2年後ですよね。凄いなあ。世界大会かあ」

「この糞ボケがあ!何をお客様気分でいやがるんだ!てめーも出るんだからな!」

「ひ!」

そういえば以前に、『世界大会までの道』と書かれた紙をもらった気がする。ドラムバッグの中に眠っていると思う。

「いいか、糞太郎。もっかい説明してやるから、頭にたた見込みやがれ!」

「ひー!」

「9か月後、来年の2月の東京都大会でベスト8に入る。そして6月の第23回体重別全日本大会に出場。ここでもベスト8に入る。そんでもって11月の第38回全日本大会。ここで、ベスト8に入れば第9回世界大会の切符が手に入る。ここで無理ならば、次の年の第24回体重別全日本で優勝して第9回世界大会の切符を手に入れる!わかったかー!」

そう言って太郎の頭に噛みつく相馬。

「ぎゃー」

「がははは」

騒がしい二人の湯船にロベルトが入ってきた。

「アッタカーイ」

ロベルトはそう言って、頭を大きく揺らしている。

「おめーらの話ばかりになっちまったが、俺様のスケジュールもあっからな。よく聞けい」

「押忍」「オス」

二人は、風呂の中で正座した。

「来月には、第22回体重別全日本大会がある」

「相馬先輩は、昨年の第21回体重別全日本大会で優勝でしたよね。ディフェンディングチャンピオンってわけですね」

口にして、太郎ははっとした。難しい言葉、難しそうな言葉は、相馬には厳禁だった。

「なんだかよくわからねーが、そうだ」

太郎はほっとした。どうやら褒められているというニュアンスは理解してくれるようだ。

「この第22回体重別全日本を優勝し、そして11月の第37回全日本大会にて、全日本初優勝だぜ!」

「押ー忍」

「そんでもって、来年からは俺ら三人ででかい大会で暴れまくるってわけよ」

「お、押忍」

「オース!」

ロベルトは相馬の話している内容がわかっているのか、わかっていないのか。
とにかく一緒に拳を振り上げた。

相馬は立ち上がり、湯船の縁に腰を下ろした。

「太郎よ。俺様には野望があるんだ」

太郎は湯に浸かっているのが限界だったが、出れる雰囲気ではない。

「や、野望ですか?」

相馬は、斜め上を見上げた。
その方向には女風呂がある。
まさか、「一度女湯に入ってみたい」とか言うのでは。

「俺はな。神覇館空手の異端児だと思われているんだ」

どうやら空手の話らしい。
それにしても、異端児。
これほど相馬を端的に表現できる言葉もないような。

「お、押忍。そうなんですか」

「だからな、認めさせてーんだよ。俺という空手家を」

「押忍」

「強いだけじゃない……弟子を育てることもできる奴だということをなあ!」

段々と相馬のテンションが上がってきた。

「俺様をなめていやがる奴らを見返してやるのよ!どうだ、太郎!おもしれーだろ」

「お、押忍。頑張ります」

「うむ。よく言った。まあ、俺の稽古が厳しくて死ぬかもしれんが、恨むなよな」

「げー!それは勘弁してください」

「ゲー、カンベンシテクダサーイ」

ロベルトはオーバーリアクションをとる。
ロベルトはアルコールにそんなに強いわけではないらしく、居酒屋を出てからテンションがおかしかった。

「てめー、ロベ!俺様を馬鹿にしてやがるなあ!」

そう言って相馬は、ロベルトの頭のうえに座り、ロベルトを沈める。

「ブクブクブク……」

「ガハハハハ!どうだロベルト、参ったかあ」

「ちょっと、相馬先輩!他のお客さんもいるので……」

「何ー!貴様も俺様にたてつくのかー!」

相馬は、太郎の足を持ってひっくり返した。

随分と騒がしくしているが、周りのお客さん達は笑っている。
相馬は以前からこの銭湯に通っているらしく、皆わかっていることなのだろう。

「てめーら、先輩に逆らっちゃーいかんよ」

「押忍」「オス」

全日本大会、世界大会。
果てしなく遠く思えたが、この相馬について行こうと決めた。
間違いなく充実した日々を過ごしている。
太郎にはそう思えた。

 


NEXT → 第16話 近づく体重別 へ


BACK ← 第14話 なんだこの差は へ


 

サブコンテンツ

このページの先頭へ