試合場の周りには、空手着を身にまとった男達が集まっている。
男達の視線の先には、大きなホワイトボードがあり、一枚の張り紙がついていた。
よく見ると、それは今大会のトーナメント表だった。
出場選手は、32名。
その表を見て、太郎は声を上げた。

 

【初心者大会トーナメント表】

 

「えええ!俺の番号は、2番。ってことは……第一試合?」

「オー、タロウ、ファースト、ファイト」

ロベルトは、22番で後半。
太郎とぶつかるとすれば決勝だ。

「えー、本当?あー最悪。せめて誰かの試合を見てからが良かったなあ」

トーナメントの名前の横には、所属の道場名が書かれていた。

「相手は、高畑健って人かあ。所属は……総本山?」

太郎の肩に、大きな衝撃が走り、高らかな笑い声が耳をつんざく。

「がははは!太郎、初戦から総本山の選手と当たるとは、運が悪い奴だなあ」

「相馬先輩!まさか、総本山って、先日説明していただいた」

「ああ、神覇館の中心の道場だよ。館長のお膝元。もちろん、稽古内容もハンパじゃねえ」

「げげげのげ!なんと」

「開会式は、番号順に並ぶからな。まあ、相手の面を拝んどくんだな」

太郎の顔から、血の気が引いていく。
半ばロベルトに支えられるように、檀上に上がっていった。

開会式が始まった。
檀上に、32人の空手家達が並ぶ。
ほとんどの選手が青帯を締めている。
オレンジ帯がちらほら。
やはり、白帯は太郎とロベルトだけであった。

そして、太郎の目の前に立つ男。
総本山の高畑。
青帯を締め、微動だにしない。
身長は180cmほど。
髪は短く刈り込まれ、分厚い背中。
太郎は目眩がしてきた。

「こ、こんな奴と殴り合うの、俺?」

『えー、皆さんは、神覇館空手を始められて、日の浅い方々です。本大会は、そんな皆様方のデビュー戦であります。恐らくは、一生の思い出になるかと……』

どこかの師範らしき人物が選手たちに向かって、口上を述べているが、太郎の頭には、ほとんど入ってこなかった。

開会式が終わり、檀上から降りると、板橋道場の面々が太郎を待ち受けていた。
太郎の青い顔を見た相馬は、太郎の肩に腕を回した。

「なんだあ、太郎!もうすぐ試合が始まるぞ。相手がデカブツ野郎だろうが、総本山だろうが関係ねーだろが!」

「お、押忍」

相馬は太郎の耳元に口を近づける。

「いいか、太郎。確かに相手はでかい。しかも総本山。間違いなく強敵だ。おそらくパワーで押しまくってくるハズだ。だが、てめーは今までの練習通りでいいんだ。敵をビックミットだと思って突きと蹴りを出し続けるんだ。3分で終わる。頑張れ!」

「……押忍」

『まもなく試合を開始いたします。ゼッケン1番から8番までの選手は、檀上横にお集まりください』

会場内にアナウンスが流れる。
時は来た。

「太郎君。眼鏡持っててあげるよ」

優しい笑顔をたたえた岩村が太郎に手を差し出す。

「お、押忍。恐縮です。ありがとうございます」

太郎は眼鏡を岩村に手渡す。
太郎はかなりの近視だ。
眼鏡を外すと、すさまじく視界がぼやける。
こんなことなら、もうちょっと前に外しておくべきだったと後悔する太郎。

自身なさげな太郎に、あずさが近づく。

「水河さん。お兄ちゃんの稽古を信じて!きっと勝てるよ!」

あずさの言葉を聞いて、太郎の目が少し輝いた。
そうだ、やるしかない。

「押忍。頑張ります」

檀上に審判団が上がっていく。
審判は、主審が1人。
副審が試合場の四隅に4人。
一本勝ちでなければ、この5人の判定になる。
3人以上に優勢と認められれば優勢勝ち。

番号の大きい選手には、赤いヒモが腰に巻かれる。
ゼッケン2番の太郎の腰には赤いヒモが巻かれた。
審判は白と赤の旗を持っており、赤が上がれば太郎が優勢と認められたことになる。

『では、これより試合を開始します。ゼッケン1番、高畑選手。ゼッケン2番、水河選手』

「押忍!」

檀上の反対側からは、高畑が大きな気合いを入れて上がる。

「よっしゃ太郎!ぶちのめせ!」

相馬は、太郎の背中を叩いた。

「押ー忍!」

太郎も、高畑の気合いに負けないような大声を上げて檀上に上がった。

「正面に礼!審判に礼!お互いに礼!」

号令に従い、まずは正面、主催者が座っている方に礼、腕で十字を切る。
そして、主審に礼をし、相手に礼をする。

「構えてー、始めい」

ついに、太郎の初試合が始まった。
太郎は高畑をビックミットを思い、突きの連打をしかけようとしたが、先に動いたのは高畑だった。
敵の突きが太郎の胸元目がけて飛んできた。
一発で体勢が崩れてしまった。

「う、しまった」

「おあー!」

高畑は気合い十分の突きの連打で太郎に襲い掛かる。
太郎は下がり続けて、試合場の白線の外に押し出された。

「待て!」

そう主審に言われ、太郎は試合場の開始線に戻るように促される。

「太郎!大丈夫だ!今のうちに息を整えろ!」

相馬の声に従い、太郎は深く息を吐き出す。
しかし、なかなか呼吸が元に戻らない。
高畑に攻められた胸元がじんじん痛む。

「よし、構えてー、続行!」

「ああー!」

高畑は変わらず、気合十分の突きを太郎に浴びせる。

「うおー、あー」

太郎も大声を出して応戦しようとする。

「太郎!そうだ、負けんなー!」

「水河さん、頑張って-!」

相馬や、あずさの応援を受けて反撃に出たい太郎だが、高畑の重い突きの連打で、態勢が整わない。
突きが打てない。

「しっ!」

高畑は、突きに続いて強烈な下段を打ち始める。
下段蹴りなどまともに喰らったことのない太郎は衝撃を受けた。
重い。

これが下段蹴りの威力。
道場のスパーリングで受けていたものとは、訳が違う。
相馬曰く、入門1年以内の雑魚共にはダメージを与えられる技は無いはずだったが、体格差のある高畑の下段蹴りは強烈だった。

試合の終了太鼓が鳴らされた。
どうやら、3分の本戦が終わったようだった。

二人は試合の開始線に戻された。
ここで、正面を向いて、自然体で判定を待つ。
息が上がっている状態で、背筋を伸ばしておくのは辛い。

「それでは、判定をお願いします。判定っ!」

主審の号令の後、笛の音と同時に四隅の副審が旗を揚げた。
全員が白旗を挙げている。

「白、1、2、3、4、5……白!」

主審を含めて、全員が白。
高畑の勝利、太郎の敗北が決まった。

「正面に礼!主審に礼!お互いに礼!」

礼の後、笑顔の高畑と握手を交わし、檀上を降りる。
太郎に笑顔はない。

太郎は、応援してくれた相馬達のところに向かう。

「すいませんでした。負けてしまいました」

相馬は、太郎の肩をポンポンと軽く叩く。

「まあ、最初だからあんなもんか」

「タロウ、ナイスファイト!」

ロベルトは大きく首を縦に振っている。

「水河さん、お疲れ様」

あずさの言葉を聞くと、太郎は皆の前ではばからずに泣き出した。

太郎のデビュー戦は、黒星となった。

 

 【初心者大会途中経過】

 


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