第11話  初心者大会開催

 

入門してから約1ヶ月が経ち、初心者大会前日となった。
最終的に二人ともビックミットを、3分5セットこなせるようになっていた。
本番前日ということもあり、その日、相馬の特別メニューは無かった。

合同稽古が終わると、太郎とロベルトは、相馬の部屋で試合に備えて入念にストレッチを行う。
身体中筋肉痛だらけだ。
ひと通りストレッチが終わると作戦会議が始まった。
ソファーにふんぞり返る相馬の前に正座する二人。

「てめーら、よくぞ今日まで厳しい稽古に耐えてきた。明日はついに本番だ。ルールはわかってるな?」

親指、人差し指、中指をだらんと伸ばして、顔の前で揺らして見せる。

「試合時間は3分、引き分けなら2分の延長戦、さらに引き分けなら2分の再延長戦。まあ、初心者大会で再延長まで行くことはあんまねーけどな」

自分の頬をパチパチと軽く叩いて見せる。

「突きは素手だが、顔面はたたくなよ。反則負けになるからな。蹴りで顔面蹴るのはありだが、今回はそんな大技は狙わなくていい」

両拳を握りしめる。

「とにかくビックミットで培ったスタミナで勝負だ。初心者は体力がない。最初の3分で決めてけ!」

「押ー忍!」

「タノシミダネ」

ロベルトは、空手の稽古や雑用をこなしながら、時間があればなにやら日本語の勉強をしている。
そのかいあってか、すでに基本的な日本語を身につけていた。
英語がほとんどしゃべれない太郎と、英語を全く使おうとしない相馬と一緒に暮らしているのだから、上達も早かったのかもしれない。

「ロベ!なかなか肝がすわってるじゃねーか!それに比べ、太郎!暗れーんだよ、面が!」

「押ー忍、自分、緊張しいで……オエッ!」

「こらっ、俺の部屋でゲロったら承知しねーぞ!」

「タロー、ダイジョウブヨ。リラーックス」

そんなこんなで、雑な作戦会議は終わり、部屋の電気が消された。
太郎は、部屋が真っ暗になると寝れないたちだった。
しかし、相馬部屋の強制的・絶対的完全消灯にも慣れてきた。
     

相馬とロベルトからいびきが漏れ始めた後も、太郎は緊張で眠れなかった。
初戦の相手はどんな奴なのか。
身体はうまく動くだろうか。
あずさにかっこいいところを見せれるだろうか。

「だめだ、全然寝れない」

布団の中でごろごろと寝がえりを打ち続ける。

そして結局、太郎は一睡も出来ずに朝を迎えた。

「ふえあー、ああ、良く寝た」

相馬は身体を伸ばし、首を回す。

「押忍、おはようございます」

太郎は布団の上に正座していた。

「うわっ、びっくりした。てめー、ちゃんと寝たのかよ」

「押忍、寝れなかったです」

「なんだよ、だせーやつだな、本来の実力を出せないで負けると後悔すんぜ」

「……押忍」

「グオー、グオー」

ロベルトは丸まって掛け布団を抱え、大いびきをかいて寝ている。

「おいっ、ロベ!いつまで寝てやがんだー!」

相馬は、ロベルトに飛びかかり、横腹に肘打ちを喰らわせた。

「フゴ!ウウン。……ソウマセンパイ、オハヨウゴザイマス」

「俺様より後に起きるとは、なめとんか!」

太郎は口をポカンと開けてロベルトを見つめる。

「こいつ大物だな、はああ、うらやましい」

「よし、着替えて出発すんぞー」

道場を出ると、岩村が車を止めていた。
黒の大型ワンボックスカーだ。

「押忍、皆さん。おはようございます」

岩村はいつものように優しい笑顔を見せた。

「押ー忍!岩村さん、すまないね。会場までお願いしますよ」

「まかせて下さい、相馬先輩。太郎君にロベルト君。よく寝れたかな?」

「オス、ヨクネレタデス」

ロベルトは両手を腰に回し、得意そう。

「自分は寝れなかったです」

一方太郎は、首をうなだれていた。

「ありゃりゃ、太郎君。まあ、車の中で寝てくださいな」

「押忍、ありがとうございます」

運転席には岩村。
相馬とロベルトは後部座席に。
助手席に座って、太郎はすぐに寝てしまった。

「なんだこいつ。寝ちまいやがった」

「相馬先輩。寝かしといてあげましょうよ」

「そうっすね。ふああ、俺も寝よーっと」

「ボクモネル」

結局、運転手の岩村意外はみんな寝てしまった。

道場から近くの国道にのり、小一時間程で会場に到着した。
新宿区内の大きなスポーツセンターだ。

受付開始一時間前だが、各道場からすでにかなりの道場生達が集まっていた。
太郎は他の道場生を見るのは初めてだ。
普段着だが、肩は大きく盛り上がり、腕の太い男達がわんさか。
つい視線が下がる。

「親父とあずさはもう着いてんのかな?」

相馬はおでこに手をかざして周りを見渡す。

「師範はすでに到着してるよ」

相馬が後ろを向くと、一人の女性が立っていた。
ロベルトを踵落としで葬った美雪だ。

「う、美雪。お前も来てんのかよ」

「私がいちゃ悪いの?今日は、太郎君とロベルト君の応援に来たのよ。二人とも頑張ってね」

「お、押忍」

なんて美しい笑顔だろうか。太郎は美雪を前にするとより一層言葉を失う。

「ミユキセンパイ、キョウモ、キレイネ」

「あら、ロベルト君、お世辞が言えるようになったのね」

「ちっ、ロベ。余計なこと言わなくていいんだよ」

ほとんど日本語知らないロベルトでさえ、こんなにコミュニケーションとれている。
それに比べて自分ときたら。
社交辞令が言えるようになるまでに、いったい何年かかるのだろうか。
試合前だというのに、太郎のテンションは下がり続けていくようだ。

「あっ、水河さん、ロベルトさん、着いたんだ」

柔らかな声に太郎ははっとした。あずさが手を振りながら道場生達とやってきた。

「お、おはようございます」

黒のジーパンに、上はピンクのダウンジャケット。
可愛い。
眩しい。
太郎の胸が熱く震えだした。

「おう、あずさ。うちの道場はどこに陣取ってんの?」

「体育館の端がとれたから」

どうやら、あずさや道場生達は一足早く来て、場所を確保してくれていたらしい。
太郎は自分達の為にいろいろな人が協力してくれているのだと知った。

「押忍、皆さん、僕らのためにいろいろありがとうございます」

太郎は深々と頭を下げた。

「いいんですよ。この一ヶ月の稽古の成果を存分に発揮してくださいね」

あずさは両手を胸の前で握る仕草をした。
太郎は眠気が吹っ飛んだ。

「押忍!死ぬ気で頑張ります!」

「ちっ!大げさなやろーだ」

相馬は呆れた顔をした。

道場生達は会場内に入り、板橋道場が陣取ってある場所に向かった。
会場は学校の体育館の二倍ほどの広さ。
そして縦横10メートルくらいはあるだろうか、会場真ん中には試合場と思われる壇が組まれていた。
この壇上に上がって試合をするのだろう。

会場内ではミットを叩く音や、気合を入れる声が響いていた。
道着姿の男達がちらほら。
おそらく出場する選手達だろう。
太郎には全員もれなく強そうに見える。

選手達は、上段蹴りの練習。
後ろ蹴りの練習など、太郎やロベルトが練習したことのない技を繰り出している。
太郎は段々と不安になってきた。
そんな太郎に気づいたように相馬は口を開いた。

「太郎、びびんじゃねーぞ!お前らは奴らに勝てるだけの稽古をしてきたんだからな」

「お、押忍」

太郎たちも着替え、ストレッチを始める。
周りを見ると青帯を締めている選手が多く、橙帯がちらほらいる程度。
神覇館空手では入門したてが白帯。
10級、9級が橙帯。
8級、7級が青帯。
青帯を修得するには早くても一年程度かかるらしい。
周りを見ると白帯は太郎とロベルトだけだ。

「白帯は俺らだけだなあ。だ、大丈夫かな……」

板橋道場から出場する二人だけだ白帯を巻いている。
太郎はなにやら周りから注目されているような気がしてきた。
なんだか恥ずかしくなってきた。

「ちょ、ちょっとトイレに行ってきます」

太郎はとてもじっとしていられなかった。
席を立ち、板橋道場生達から離れた。

 


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