第192話  すれ違い

 

ロベルトとの死闘をくぐりぬけ、太郎は森と隠岐の元へ走った。

隠岐は、師範席にはおらず、一階観客席の端に大きな身体を窮屈そうに押し込めて座っていた。

「隠岐師範!」

「おお、太郎。やったな。俺もまさかここまでこれるとは思わなかったぞ」

「押忍、ありがとうございます」

「お礼なら、隣にいる森にしてやれよ。お前の為に、島まで押し掛けてきたんだからな」

「森、ありがとうな」

「押忍。太郎先輩、いいんです。それよりも、太郎先輩は会わなければならない人がいるのでは」

「おお、そうだぞ!  お前は一体何のために命張ってきたんだよ。早く迎えに行けや!」

「押忍、分かりました!」

太郎は、一人駆け出していった。

「いやー、しかし、あのロベルトを倒すとはなあ」

「押忍!  凄過ぎです!  太郎先輩は!」

 

 

太郎は、板橋道場の道場生達のもとに急いだ。

と、廊下の向こう側からその板橋道場の面々が歩いてくるではないか。

「あー、太郎君!」

岩村が太郎に手を振っている。

「おー!  太郎!  やりやがったな!」

「太郎君、おめでとう!」

相馬や美雪も太郎に声を掛ける。

「押忍、みなさん、ありがとうございます」

「ふっ、俺様の教え込んだ必殺技で勝負を決めるとはな。なかなかやるじゃねえか」

「押忍!」

太郎は、ちらと皆をみると、あずさがいないことに気付いた。

相馬は、そんな太郎に気付いた。

「おい、太郎!」

「お、押忍!」

「俺らは先に試合場に行ってるからよ」

相馬は、太郎の肩を軽く叩き、道場生を引き連れて行った。

 

太郎は、少し考え、すぐに走り出した。

「わかった。あそこだ!」

 

太郎は、二階、三階に駆け上がり、そして端にある階段を昇った。

そこは、太郎とあずさが約束を交わした場所。総本山の用具置き場。
しかし、そこにはあずさの姿は無かった。

「い、いない……ま、まさか、そもそも会場に来てないんじゃ……」

太郎はうつむいた。

「そうだよ。もう新しく好きな人が出来ててもおかしくない。俺は、俺は……」

太郎の目に涙が浮かぶ。

「あずさ先輩が幸せになるのなら……構わない」

太郎は、帯をきつく締め、試合場に向かった。

 

 

試合場では、準決勝第二試合。

マイケルとレオナルドが戦っている。

会場の誰もが自分の目を疑っている。
限界組手にて100人抜きを達成し、各国際大会で優勝を重ねているマイケルが、全くなすすべなく打ちのめされているのだ。

マイケルは試合中盤、既に、追い詰められ、例の豹変を遂げ、レオナルドに人間離れしたパワー、スピードで襲いかかっている。

が、レオナルドは表情を変えず、重い、突き蹴りを打ちつけて行く。
会場にはマイケルの奇声だけがこだましている。

本戦3分間が終わり、レオナルドの完勝だった。

マイケルはうなだれ、レオナルドと軽く握手を交わし、壇上を降りた。

「マイケル……」

壇上の下にいたロベルトはマイケルに声を掛ける。

「ロベルト……凄いな、お前の兄ちゃんは。あれは人間じゃねえ。なんなんだよ、あの強さは。俺が全く相手にならなかった。完敗だよ」

そう言って、マイケルは笑顔を見せた。

「この後は、三位決定戦か。まさかお前と戦うことになるとはなあ。てっきり、決勝でぶつかるもんだと思ってたけどな」

「ふふ。いいじゃないか、三位決定戦でも。大舞台で、長年の因縁をぶつけようか」

「おいおい、俺はお前に恨みなんて買ってたか?」

アメリカ支部に笑い声がこだまする。

 

 

演武控室を恐る恐るノックする野口。

「押忍、野口ですー」

「オウ、入らんかい!」

野口は生きた心地がしなかった。

入ると、部屋の中央にパイプ椅子にのけぞって座る二人の男がいた。
20年前に行われた、第5回世界大会優勝者の出雲将敬と、準優勝の篠啓次郎だ。

出雲は丸坊主に濃い髭をたくわえており、篠は、白髪混じりのオールバックにこけたほほ。
委縮して入ってきた野口ににらみを利かせている。

「おう、野口。貴様、いつから俺らを待たせるような立場になったんじゃい!」

出雲が怒号を上げる。

「ひえっ!  そ、そんにゃことは……」

野口が後ろを見ると、いると思っていた亀石はいない。
部屋に入って来なかったらしい。

「か、亀め!」

「何が亀じゃい!  野口、聞くところによると、演武用の氷が割れちまったようだなあ!」

「げげげのげ!  何故それを!」

「野口、”悪事千里を走る”って知ってるか? 悪い噂は直ぐに流れるものだ」

「へ?」

クールにトンチンカンなことをいう篠に笑いを堪える野口。

笑ったら殺される。
地獄とはここのことだ。

「野口……とにかく今回は、俺らは演武出来んな」

「えっ!  そ、そんなあ。氷柱はありませんが、バットなんかは、いろいろ……」

「野口よ。ワシら程になると”石橋を叩いて渡る”んだ」

「へ? と、いうと?」

野口は篠の言葉に言い返してしまった。

「篠!  貴様、さっきからくだらんことばかり言いおって!」

「出雲……お前はいつまでも下品な奴よ。ことわざでも覚えるんだな」

「貴様ー!  だいたい使い方あっとるのか!」

「何!  ここで、世界大会のケリをつけるか?」

「あほか!  世界大会は俺が優勝で、おめーが二位だろが!」

「何ー!  このハゲ!」

「貴様ー!」

二人が今にも取っ組み合いを始めようとするのを、野口は割って入った。

「お、お二人とも、ケンカはお止め下さい。演武は、大会実行委員会で何とかしますんで、ここはお怒りをお納め下さい!」

野口は逃げるように部屋を出て行った。

「……篠。うまくいったようじゃのお」

「ああ。まさか氷が割れてるとはな。ちょうど良かった。今、腕を痛めてたからな」

「ワシも、二日酔いでふらふらだったんじゃ。板一枚割れんて。がはははは」

 

部屋を出ると、亀石が近くにいた総本山の道場生と話をしている。

「こらー!  亀!  お前、俺一人、あの地獄に!」

「押ー忍!  野口師範、それどころではありません!」

「なにー!  俺は、今、赤鬼と青鬼にだなー」

「決勝に進出したのは、ロベルト選手では無く、水河選手みたいですよ!」

「へ? 本当か?」

「押忍!  自分達は、水河が上段膝で倒された後、すぐに席を立ったじゃないですか」

「ああ、あの人らを待たせてたからな」

「その後、なんと水河がすぐに起き上がり、逆転の上段回し蹴りを!」

「あちゃあ!  ほんとかよ!  どうせ罵声を浴びるのなら、最後まで見てりゃあ良かったぜ!  あと相馬君の妹さんにも悪いこと言っちゃったなあ」

「ちなみに、演武の方は……」

「うーん」

 

第10回世界大会途中経過

 


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