ロベルトとの死闘をくぐりぬけ、太郎は森と隠岐の元へ走った。

隠岐は、師範席にはおらず、一階観客席の端に大きな身体を窮屈そうに押し込めて座っていた。

「隠岐師範!」

「おお、太郎。やったな。俺もまさかここまでこれるとは思わなかったぞ」

「押忍、ありがとうございます」

「お礼なら、隣にいる森にしてやれよ。お前の為に、島まで押し掛けてきたんだからな」

「森、ありがとうな」

「押忍。太郎先輩、いいんです。それよりも、太郎先輩は会わなければならない人がいるのでは」

「おお、そうだぞ!  お前は一体何のために命張ってきたんだよ。早く迎えに行けや!」

「押忍、分かりました!」

太郎は、一人駆け出していった。

「いやー、しかし、あのロベルトを倒すとはなあ」

「押忍!  凄過ぎです!  太郎先輩は!」

 

 

太郎は、板橋道場の道場生達のもとに急いだ。

と、廊下の向こう側からその板橋道場の面々が歩いてくるではないか。

「あー、太郎君!」

岩村が太郎に手を振っている。

「おー!  太郎!  やりやがったな!」

「太郎君、おめでとう!」

相馬や美雪も太郎に声を掛ける。

「押忍、みなさん、ありがとうございます」

「ふっ、俺様の教え込んだ必殺技で勝負を決めるとはな。なかなかやるじゃねえか」

「押忍!」

太郎は、ちらと皆をみると、あずさがいないことに気付いた。

相馬は、そんな太郎に気付いた。

「おい、太郎!」

「お、押忍!」

「俺らは先に試合場に行ってるからよ」

相馬は、太郎の肩を軽く叩き、道場生を引き連れて行った。

 

太郎は、少し考え、すぐに走り出した。

「わかった。あそこだ!」

 

太郎は、二階、三階に駆け上がり、そして端にある階段を昇った。

そこは、太郎とあずさが約束を交わした場所。総本山の用具置き場。
しかし、そこにはあずさの姿は無かった。

「い、いない……ま、まさか、そもそも会場に来てないんじゃ……」

太郎はうつむいた。

「そうだよ。もう新しく好きな人が出来ててもおかしくない。俺は、俺は……」

太郎の目に涙が浮かぶ。

「あずさ先輩が幸せになるのなら……構わない」

太郎は、帯をきつく締め、試合場に向かった。

 

 

試合場では、準決勝第二試合。

マイケルとレオナルドが戦っている。

会場の誰もが自分の目を疑っている。
限界組手にて100人抜きを達成し、各国際大会で優勝を重ねているマイケルが、全くなすすべなく打ちのめされているのだ。

マイケルは試合中盤、既に、追い詰められ、例の豹変を遂げ、レオナルドに人間離れしたパワー、スピードで襲いかかっている。

が、レオナルドは表情を変えず、重い、突き蹴りを打ちつけて行く。
会場にはマイケルの奇声だけがこだましている。

本戦3分間が終わり、レオナルドの完勝だった。

マイケルはうなだれ、レオナルドと軽く握手を交わし、壇上を降りた。

「マイケル……」

壇上の下にいたロベルトはマイケルに声を掛ける。

「ロベルト……凄いな、お前の兄ちゃんは。あれは人間じゃねえ。なんなんだよ、あの強さは。俺が全く相手にならなかった。完敗だよ」

そう言って、マイケルは笑顔を見せた。

「この後は、三位決定戦か。まさかお前と戦うことになるとはなあ。てっきり、決勝でぶつかるもんだと思ってたけどな」

「ふふ。いいじゃないか、三位決定戦でも。大舞台で、長年の因縁をぶつけようか」

「おいおい、俺はお前に恨みなんて買ってたか?」

アメリカ支部に笑い声がこだまする。

 

 

演武控室を恐る恐るノックする野口。

「押忍、野口ですー」

「オウ、入らんかい!」

野口は生きた心地がしなかった。

入ると、部屋の中央にパイプ椅子にのけぞって座る二人の男がいた。
20年前に行われた、第5回世界大会優勝者の出雲将敬と、準優勝の篠啓次郎だ。

出雲は丸坊主に濃い髭をたくわえており、篠は、白髪混じりのオールバックにこけたほほ。
委縮して入ってきた野口ににらみを利かせている。

「おう、野口。貴様、いつから俺らを待たせるような立場になったんじゃい!」

出雲が怒号を上げる。

「ひえっ!  そ、そんにゃことは……」

野口が後ろを見ると、いると思っていた亀石はいない。
部屋に入って来なかったらしい。

「か、亀め!」

「何が亀じゃい!  野口、聞くところによると、演武用の氷が割れちまったようだなあ!」

「げげげのげ!  何故それを!」

「野口、”悪事千里を走る”って知ってるか? 悪い噂は直ぐに流れるものだ」

「へ?」

クールにトンチンカンなことをいう篠に笑いを堪える野口。

笑ったら殺される。
地獄とはここのことだ。

「野口……とにかく今回は、俺らは演武出来んな」

「えっ!  そ、そんなあ。氷柱はありませんが、バットなんかは、いろいろ……」

「野口よ。ワシら程になると”石橋を叩いて渡る”んだ」

「へ? と、いうと?」

野口は篠の言葉に言い返してしまった。

「篠!  貴様、さっきからくだらんことばかり言いおって!」

「出雲……お前はいつまでも下品な奴よ。ことわざでも覚えるんだな」

「貴様ー!  だいたい使い方あっとるのか!」

「何!  ここで、世界大会のケリをつけるか?」

「あほか!  世界大会は俺が優勝で、おめーが二位だろが!」

「何ー!  このハゲ!」

「貴様ー!」

二人が今にも取っ組み合いを始めようとするのを、野口は割って入った。

「お、お二人とも、ケンカはお止め下さい。演武は、大会実行委員会で何とかしますんで、ここはお怒りをお納め下さい!」

野口は逃げるように部屋を出て行った。

「……篠。うまくいったようじゃのお」

「ああ。まさか氷が割れてるとはな。ちょうど良かった。今、腕を痛めてたからな」

「ワシも、二日酔いでふらふらだったんじゃ。板一枚割れんて。がはははは」

 

部屋を出ると、亀石が近くにいた総本山の道場生と話をしている。

「こらー!  亀!  お前、俺一人、あの地獄に!」

「押ー忍!  野口師範、それどころではありません!」

「なにー!  俺は、今、赤鬼と青鬼にだなー」

「決勝に進出したのは、ロベルト選手では無く、水河選手みたいですよ!」

「へ? 本当か?」

「押忍!  自分達は、水河が上段膝で倒された後、すぐに席を立ったじゃないですか」

「ああ、あの人らを待たせてたからな」

「その後、なんと水河がすぐに起き上がり、逆転の上段回し蹴りを!」

「あちゃあ!  ほんとかよ!  どうせ罵声を浴びるのなら、最後まで見てりゃあ良かったぜ!  あと相馬君の妹さんにも悪いこと言っちゃったなあ」

「ちなみに、演武の方は……」

「うーん」

 

第10回世界大会途中経過

 


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