第190話  約束の場所

 

あずさは武道場の端の廊下をとぼとぼとうつむいて歩いている。

「何で……何で、私は……」

あずさの瞳からぽろぽろと涙がこぼれ落ちる。

「何で、逃げてしまったんだろう。何で最後までタロちゃんを見守っていてあげれなかったんだろう」

あずさは細い指で涙を振り払う。

「タロちゃんは……私の為に、凄い頑張って、命がけで頑張って。それでこんなに凄いところまで来たのに……私、逃げてしまった」

涙はとめどなく出てくる。

 

そんな、あずさの前方から、早歩きで何事か話しこんでいる二人組の男が近づいてくる。
大会実行委員長の野口と弟子の亀石だ。

「亀よおー、やばいよなあ。出雲師範も篠師範も怒ってるだろうなあ」

「押ー忍、そりゃあそうですよ。長時間待たされている上に、演武用の氷が割れてるんですから」

「まさか携帯にかけてくるとは……」

「いやー、でもあんな素晴らしい、最高の試合を見れたんです。後悔は無いです」

「……おいおい。怒られるのは俺なんだから。お前は当然満足だろうよ」

「あ、師範。あの人は」

「ん?」

野口と亀石はあずさに気がついた。

「あずささんじゃないですか? 相馬師範のところの」

「あ、野口師範。お久しぶりです」

「いやー、また一段と綺麗になりましたねー」

「……そんなこと」

野口はあずさの目が腫れていることに気がついた。

「あ、ああ。それにしても太郎君、惜しかったねー。いやいや、あんなに見事に膝蹴りを喰らってはねえ。しかし、あの身体で世界大会の準決勝まで昇りつめたのは、本当、奇跡、いや、超人……って、あれ?」

野口の前には、すでにあずさはいなかった。

後ろを振り向くと、顔を手で抑えて小走りで去って行った。

「押ー忍、野口師範。それはあんまりですよ」

「え? いや、そう?」

「相馬の妹さんと、水河選手のラブラブっぷりは有名ですよ。その水河選手が打ち倒された瞬間をプレイバックさせるなんて」

「いや、あずささんの目が腫れてたからさあ、慰めようと思ってだな……」

「とにかく、僕らは出雲師範達のところに急ぎましょう」

「ああ、そうだった。目を腫らすのは俺の方かもしれんしな」

野口と亀石は、師範控え室に急いだ。

 

 

あずさは、歩き続ける。

どのくらい歩き続けたのだろうか。

歓声やら、人々の声だとか、そんなものは耳に入ってこない。

今、自分がどこにいるのかも分からない。

「タロちゃん……やっぱり負けちゃったんだ。何で、私は、私は……うう最低だ」

 

あずさは気がつくと、ある場所に辿り着いていた。

大きなロッカーや棚。
応援用の旗。
正面からは、試合場や会場が見渡せる。

今は、準決勝後の演武が終わったところのようだ。
会場からは拍手が起こっている。

「あ……ここは」

そこは武道場三階、大会用の用具置き場だった。

「ここは……タロちゃんと……」

四年前の第9回世界大会……ちょうど、アレキサンドルとレオナルドの決勝戦が行われている時だった。
太郎とあずさが約束を交わした場所。

 

『……世界一に……世界一になったら……私は、タロちゃんのモノになったげる! 』

『世界大会で、僕は、世界一になってみせます! 』

 

あずさの頬を涙が伝う。

「タロちゃん……凄いね。本当に約束を果たしてくれる……一歩手前まで来てくれたんだね」

その時、会場から大歓声が起こった。

どうやら第三位決定戦が始まるようだ。

「……うん。戻ろう。タロちゃんはこれから三位決定戦だもんね。いっぱいいっぱい、大声で応援してあげなくちゃ。もうお兄ちゃんも気にしない。会って、自分の気持ちを伝えるんだ。一番近くで応援してあげよう!」

 

「あずさ先輩っ! !」

 

「えっ?」

あずさは声のする方を向いた。

そこには、空手着姿で、汗だくで、傷だらけの太郎が立っていた。

「タ、タロちゃん?」

「あずさ先輩!  迎えに来ました!」

 


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