第189話  あの日と同じ

 

ロベルトと太郎の前に、山のように盛られた8枚の板。
まるで木の塊のようだ。

 

『では、体重の重い、ロベルト選手からお願いします』

 

ロベルトは、ゆっくりと右腕を後ろに下げ、大きな気合と共に拳を板にぶつける。

しかし、途中までヒビが入ったものの、割り切ることは出来なかった。
会場からは落胆の声が漏れる。

 

『それでは、水河選手、お願いします』 

 

太郎は、じっと自分の板を見つめていたが、すばやく構えを取り、躊躇なく板に拳を放つ。
と、板は水面に石を投げ入れたように、空中に舞い散った。

会場はどよめいた。

 

「太郎君が失敗した?」

「タ、タロちゃん」

美雪とあずさが驚いている横で、相馬は腕を組み直して、笑みを浮かべた。

「はん! 糞太郎め! ポイントをはずしやがったな」

「え? じゃあ、太郎君は、わざと失敗したの?」

「ああ。観客の手前、適当に打つ訳にもいかねーから、ポイントをはずして打ちつけたんだ。板割ってのは、割れたときより、割れなかった時の方が、拳へのダメージがでかいからな。あいつの拳が使いもんにならねー状態になってるかもしれねーがな」

 

ロベルトは大きく瞳を開けて、太郎を見ていた。

太郎はいたずらっぽくロベルトを睨みつける。

「なんだよ、ロべ! ちゃんと割れよな! 手が痛てーぜ!」

「た、太郎……」

「泣いても、笑っても、次が最後の二分間だ! まだイケるだろ!」

「お、おお!」

 

準決勝、太郎とロベルトの戦いは、板割判定でも決着がつかず、ついに再々延長戦にまでもつれ込んだ。
審判は、この最後の二分間の試合を見て、必ずどちらかに旗を上げなければならない。

もう引き分けは無い。

 

あずさは、二階観客席から太郎とロベルトの試合に視線を集中させている。

両手を握りしめ、下唇を軽く噛んでいる。

「タロちゃん……タロちゃん……」

隣の席の美雪は心配そうにあずさを見つめる。

 

 

再々延長戦が始まった。

もはや小手先のテクニックなどは無い。
だが、再延長戦の時のようなど突き合いでもない。

太郎とロベルトは激しい突き、蹴りの応酬を繰り広げるが、決してやみくもな攻防ではない。
高度な受け、カウンター、間合いが見て取れる。

 

相馬も志賀も、身を乗り出して二人の戦いに見入る。

「そ、相馬先輩。どうですか、愛弟子の成長振りは?」

「……ふん。まあまあだな」

憎まれ口だが相馬は嬉しそうだ。

あずさは二人の戦いを見ている内に、ある日の事を思い出していた。
それは、太郎とロベルトが最初に試合をした時のことだ。

「(あの日も、二人はああして、打ち合ってたな)」

入門から3ヶ月。
初心者大会を終えてすぐの昇級審査の時だ。

この今日の戦い以前に、太郎とロベルトが試合をしたのは、あの一戦だけだった。
ロベルトは強烈な突きの連打を打ち、太郎は回り込んで、攻撃する。

レベルやテクニックは違えど、今の試合と重なるような内容だった。

残り1分、太郎は渾身の突きの連打を放つ。

まるであの昇級審査の時と同じように。
あずさの脳裏にある映像が浮かび上がった。

「(あの日と……あの時と同じだ。タロちゃんはあんなふうに、突きを打っていて……)」

あずさの身体がふるふると震えだした。
隣にいる美雪にも気付かれないほどの震えだったが。

と、太郎の突きの連打に、ロベルトの動きが止まった。

会場が湧きあがる。

ついに決着か。

「ダメッ! !」

あずさが叫んだのと、同時だった。

ロベルトの上段の膝が太郎のアゴに正確に打ち込まれた。

太郎は、すうっとその場に倒れ込んだ。

あの日と同じだ。

あずさは両手で顔をふさぎ、席を飛び出した。

「あずさっ! !」

美雪の声も会場の大歓声にかき消されてしまった。
美雪が後ろを振り向いた時には、既にあずさの姿は無かった。

 


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