第8話  空手のオリンピック

 

相馬の登場に、皆が立ちあがり挨拶をする。
太郎とロベルトも立ちあがる。

相馬は、先ほどと同じく白のジャージ姿。
片手をポケットに突っ込み、「オイーッス」と言い、道場内に入ってきた。

「こら清彦! お前、挨拶くらいちゃんとしないか!」

師範の源五郎が声を上げる。

「押ー忍、わかってますよ、親父殿」

「お前なあ」

優しい顔つきだった源五郎は腕を組んで、口を横一文字に結んでいる。
困った息子だと言わんばかりに。

相馬は、太郎とロベルトのところにやってきた。

「よお、やってるか」

「お、押忍」

「オス」

「まあ初日だからな、疲れただろ、わははは」

そういいながら、太郎の肩を叩く。

そんな相馬のところに、あずさがやってきた。

「ちょっとお兄ちゃん! 弟子の水河さんとロベルトさんが初日だっていうのに、稽古に来ないなんて!」

「ちっ、うるせー妹だなあ」

「もう! うるさいって何よ」

あずさは頬を膨らませている。
怒って頬を膨らませる女性がどれだけいるだろうか。
太郎のあずさへのドキドキはさらに増して来た。

「そんなことよりよー、”初心者大会”っていつだっけ?」

「初心者大会は、えーっと、5月中旬だったかな」

「1ヶ月後か……十分だな。太郎らを出場させるぜ」

「えーっ! まだ入門したばかりなのに?」

「そうだよ、文句あっか?」

この二人の会話に源五郎も口をはさむ。

「清彦、太郎君とロベルト君は、まだ入ったばかりなんだから」

「親父殿、大丈夫です。こいつらは俺が見つけたダイヤの原石ですよ。腐る前に俺が磨いてやらないといけません」

ダイヤの原石は嬉しいが、自分の知らぬところで話が進んでいる。
太郎は嫌な予感がしてきた。

「あ、あの相馬先輩……大会って」

「あ? 空手の大会っちゃー殴り合いの蹴り合いに決まってんだろ」

「……」

太郎は言葉を失った。
つい最近まで引きこもり同然の生活を送っていた自分が、殴り合い、蹴り合う?

「よし、てめーら! 俺の部屋に行くぞー!」

相馬に階段を上がるように促された太郎とロベルトは、皆に挨拶をし階段を上がって行った。
相馬は、岩村にお礼を言うと、部屋に戻って行った。

源五郎とあずさは心配そうな顔をしている。

「清彦の奴、無茶しなきゃいいがなあ」

「そうだね。でも何で突然弟子をとるなんて言い出したのかなあ。今まで、他の人に空手を教えるなんてしなかったのに」

「うーん、わからんなあ」

 

太郎とロベルトは相馬の部屋に戻った。
もうヘトヘトだ。
後から上がってきた相馬は、部屋に上がるなり冷蔵庫からスポーツドリンクの入ったペットボトルを取り出し、二人に投げた。

「まあ飲めや」

「押忍、ありがとうございます」

「Thankyou、getsit」

稽古後のスポーツドリンクは最高だった。
いままでこんなに美味い飲み物を飲んだことがあっただろうか。

「太郎よお、ロべの野郎に日本語教えとけよ。何言ってるかわかんねーぜ」

「お、押忍」

ロベルトは腰に手を置き、ゴクゴクと一気に飲みほした。
腰に手を置くとは、銭湯上がりの客のようだ。

相馬は、太郎とロベルトが昼間必死に片づけた机回りをガサガサと漁り始めた。

「何だよ、俺がここに置いといたノートとペンがねーぜ!」

太郎は思った。
置くという概念は発生し得ない部屋だったはず。
相馬の荒い捜索により、昼間キレイに片づけたものが、一瞬でぐしゃぐしゃに。
天才的な散らかしようだ。

結局ノートは見つからなかったらしく、相馬は、何か菓子の入っていたらしい箱を潰して裏返し、テーブルの上に広げた。
そして青のサインペンで何やら書き始めた。

「てめーらの今後の予定を発表するぜ」

「え、予定?」

「そうだよ。『世界大会までの道』だよ」

「せ、せせ世界大会?」

太郎は耳を疑った。
何ごとか。
世界大会とは。
何かとんでもないことになりそうな予感がしてきた。

相馬は菓子箱の裏に何本かの横に細長い枠を書いた。

そして上に4、5、6……12、1、2、3と記していく。
横枠は一年間を示しているらしい。
そして一番上の枠の4月のところに”入門”と書いた。

「お前らは昨日晴れて空手道場に入門したわけだ」

そして5月のところの『初心者大会』、6月には『第22回体重別全日本大会』と書いた。

「えっ! 体重別全日本大会! そ、相馬先輩、自分6月にこんな凄そうな大会に出るんですかー!」

相馬は太郎の頭を小突いた。

「アホ! てめーごときが、いきなり”体重別全日本大会”に出れるかよ。これは俺様が出場するんだ。お前らは俺のセコンドだ」

「な、なるほど」

体重別全日本の隣には『見学』とつけ足された。
そして11月には『第37回全日本大会・見学』と書かれた。

「体重別全日本大会と全日本大会は違うんですか?」

「全然違うぜ。体重別全日本大会は選手の体重別に4つの階級に分かれてるんだ。それぞれの階級は64人づつのトーナメント戦。70kg未満の奴らは『軽量級』お前は当然軽量級だな。そして俺様が頂点に君臨している『中量級』は70kg以上80kg未満だ。80kgから90kgは『軽重量級』。そして一番重いのは『重量級』で90kg以上だ」

「なるほどー」

「このロベルトなんかは、今は80kgちょいくらいか。軽重量級だな。だが、タッパが
180cmくれーあるからな。十分、重量級選手になれんだろ」

「なるほどー、じゃあ全日本大会ってのは?」

「”全日本大会”はな、体重無差別の大会だ」

「え?じゃあ、僕みたいに小さいのと、ロベルトみたいに巨大な男が戦うんですか?」

「ああ。体重別全日本大会の上位8人と地方大会の入賞者、あるいは推薦選手しか出れない。毎年11月に千葉の”総本山武道場”で行われる日本最高峰の大会よ」

「総本山武道場……もしや僕と相馬先輩が出会った森の近くにある、あの建物ですか?」

「なんだ、知ってるのか」

「いえ、なんとなく」

やはり太郎が見ていた建物は神覇館の建物だったようだ。

「そうさ。あのデカイ建物が総本山の武道場だ。まあ大きな体育館みたいなもんだな。その近くに総本山道場って汚ねー道場だあるんだ。それが世界中に道場がある神覇館空手の中心って訳よ」

「ふええ、そうなんですね」

「全日本大会は、全国選りすぐりの128人で覇を競うスーパートーナメントなんだ」

「ひええ! 体重無差別で128人? す、凄い大会ですね。じゃあ上位は重量級選手ばかりなんじゃ」

「その通り。当然体重の重い奴の方が有利だ。なんたってルールはあるといっても、ほとんど喧嘩だからな。だが、軽量級や中量級の選手でもたまに上位入賞する奴がいる。例えば、この俺様!」

「相馬先輩は、中量級ですよね」

「俺様は、去年行われた第36回全日本大会で第3位だ!」

「ええ? 全国屈指の128人の選手の中で3位!」

太郎は相馬を見る目が変わりつつあった。

「だがなあ、全日本大会よりもさらに上の大会がある。それが、”世界大会”よ。出場選手は256人だ」

「せ、せせ世界大会! に、256人!」

「ああ。毎年11月に全日本大会が催されるが、四年に一度だけは、全日本大会じゃなく、世界大会を行うんだ。四年に一度は世界大会イヤーって訳よ」

「なるほど。オリンピックみたいですね」

「まあ、そんなとこだ。神覇館空手家の夢の舞台だな。日本からは、前年の全日本大会の上位8人と、翌年の体重別全日本大会の各階級の優勝者、計12人しか出れないんだ」

「……まさか、その凄い大会に……僕が?」

「ああ、そうだよ。書いてあんだろ、世界大会への道って」

「ぞぞぞ」

「ちなみに今年と来年の秋は全日本大会で、再来年の秋に『第9回世界大会』が行われるからよ。それまでに強くなれや」

なんだか話が大きすぎて、また先の話過ぎて太郎の頭は混乱してきた。

「まあ、俺様について修行してりゃあいいのよ」

「お、押忍」

「オス」

隣のロベルトは相馬の書いている時系列を見ながらしきりに頷いている。
まあ、相馬に憧れて日本にやってきたのだ。
神覇館のことにも精通しているのかもしれない。

「とりあえず、来月ある初心者大会に向けて頑張ってもらうぜ」

やっと話が初心者の話に戻った。
太郎は頭を元に戻せた。

「初心者大会は、入門したての人が出場する大会ですか」

「まあ、そうだ。参加資格は入門1年以内の奴らだからな。青帯の奴らばっかりだよ。来月のは、東京近郊の道場対象の大会だ」

「え? 青帯ってことは、8級と7級の人達?」

「まあ、そうだな」

「えー、来月ってことは僕らまだ白帯のままですよね。大丈夫でしょうか。あわあわ」

「うるせー、糞太郎!」

相馬は太郎の頭にゲンコツを落した。
段々と凶暴さが増してきた。

「大丈夫だよ。しかも初心者大会は30人くらいしか出ないからな。5回くらい勝てばいいんだよ」

「痛ちちち。ご、五回も……。ちなみに、試合はどのようなルールなんでしょうか?」

やっと本題を質問することが出来た気がした。

「おお!そうだな。ロベ、立て、えーっと・・・立ちやがれえ!」

相馬も英語が苦手らしい。
勢い良く立ちあがり、両手を上にかざす。
ロベルトは理解したらしく、相馬の横に立って、構えた。

「いいか、ルールは簡単。素手、素足で、殴り合い蹴り合う。相手をぶっ倒したら勝ちだ」

相馬は、ロベルトに対して突きや蹴りを打つ。
蹴り足は、ロベルトに触れるすれすれで見事に止まる。

「か、完全に喧嘩ですね」

「ふふ。まあ聞け。いくつか禁止事項がある。まず突きだ。首から上への攻撃は駄目。つまり手で顔を殴ったら反則って訳だ」

「なるほど。素手ですもんね」

「次に蹴り。金タマへの攻撃は禁止だな。まあたまに蹴りたくなるがな。こんなふうに」

相馬はロベルトの股間を軽く蹴り上げた。

「Oh-,no-!」

ロベルトはうずくまり顔を歪める。

「悪りー、ソーリーソーリー髭ソーリー! がはははは!」

太郎は悪魔を見た。
涙ぐんだロベルトはゆっくりと立ちあがる。

「頭や顔を蹴るのはありなんですか」

「そのとおーり! 頭を蹴り飛ばせば、大体カタがつくな」

「ぞぞー!」

想像するだけで恐ろしい。

「試合の勝ち負けはどう決まるんですか?」

「うむ。試合時間中に”一本”を奪えば、その場で試合は終了だ。一本ってのは、ダメージが大体二秒くらい続いたらだな。気絶したり、さっきのロベみたいにうずくまったら完全に一本だな」

「えっと、誰がそれを判断するんですか?」

「試合場の中心と四隅に審判がいる。そいつらが判断するんだ。中心にいるのが”主審”っていって、試合をまとめるレフリーみたいなもんだな。そんで四隅に座ってるのが”副審”。この五人の内、三人以上が二秒以上ダメージありって判断すれば一本だ」

「なるほどー。では、二秒以下の場合は?」

「それは”技あり”になる。一瞬倒れたり、ダメージを受けて顔を大きく歪めたりした時だな。試合は終了しないが、技ありを取られた相手は、技あり以上を取らないと判定負けになる。ちなみに技あり二つ取れば、”合わせ一本”になって試合終了だ」

「判定?」

「試合時間中に一本が出なかった場合は、審判五人による判定で勝敗が決まるんだ。審判は試合を優勢に運んだ奴の旗を上げる」

「旗ですか」

「ああ。トーナメントのゼッケンナンバーが小さい方が『白』。大きい方が『赤』だ。赤の方は、試合前に赤いリボンみたいなのを腰に巻かれるんだ」

「なるほどー」

「三人以上に優勢と判断された奴が勝ちって訳だ。この時、審判は、両者とも互角の戦いをしたって判断すれば、旗を上げなくてもいいんだ。一本勝ちなんてのはめったに無いからな。ほとんどは判定で勝敗が決まる」

「じゃあ、試合時間は?」

「初めが”本戦”といって3分間戦う。ここで勝敗が決まらなかった場合は2分間の”延長戦”。ここでも勝敗が決まらない場合は”再延長戦”で、これも2分」

「それでも勝敗が決まらなかったら?」

「めったにないが、再延長戦でも勝敗が決まらなかった場合は、”板割判定”を行う」

「いたわり判定?」

「自分の申告した枚数の分厚い板を割るんだ。ちなみにここで体重の軽い奴が有利になるポイントがある。それは、体重の重い奴から割りたい板の枚数を申告しなくちゃならない点だ。神覇館の大会は、体重別全日本大会以外はたいてい体重無差別だからな。ここくらいは体重の軽い奴に有利にしようってことだな。後から申告する奴は、相手の申告した枚数を聞いてから割ることが出来る。まあ、板割判定は大会通して1、2回くらいしかねーよ」

「ふーむ。では、それでも決着がつかなければ、どうするんですか?」

「そん時は、”再々延長戦”だ。最後の2分間勝負。これは引き分け無しで、審判は必ずどちらかに旗を上げなくちゃあならない」

「ふー、では最大で9分間戦わなくてはならないって訳ですね」

「まあな。でも大体は本戦か延長戦でケリが着くからな。9分間戦うなんてのはほとんど無いがな」

一気に説明を聞いたが、そんなに複雑なルールではなさそうだ。
とにかく、やっぱり、喧嘩みたいなものらしい。

「って訳で、てめーらは、初心者大会で優勝、準優勝をしてもらうからなー!」

「ええ! そんにゃ、だって来月ですよね? まだ普通の稽古の流れも理解してないのに……」

「うるせー!」

相馬は何故かロベルトを蹴り倒した。
二人は身体を寄せ合う。
この人は暴君だ。
恐ろしい。
相馬はテーブルにどすんと座り、二人を睨みつける。

「俺様に作戦がある。初心者大会専用の作戦がな」

「さ、作戦とは?」

「名付けて『無尽蔵スタミナ作戦』よ」

嫌な予感がする。

「一本だの技ありだの色々説明したがな。入門1年以内の雑魚共にそんなダメージを与えられる技はねえ。つまりディフェンスの練習なんざいらねーのさ」

「そ、そうなんですか」

「だから、本戦の3分間に相手を殴りまくり蹴りまくり優勢勝ちを収める。どうだ、イケそうだろ」

「なるほど。初心者だから技術もへったくれも無い。動きまくって審判に優勢と見てもらうと」

「そうだ!」

「では、明日からの稽古は今日みたいに皆さんと一緒では無く、相馬先輩に直接教わると言うことですか?」

「はああ? 馬鹿! 親父の稽古が終わった後に、てめーらをしごくんだよ! 今日もこの後、下に降りてさっそく練習だよ!」

「げええ! いや、もうへとへとです」

「この糞野郎! やるといったらやるんじゃあ!」

「ひー」

 


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