第180話  太郎vsイワン

 

イワン・アレンスキーは、太郎が入門間もない頃に、全日本に海外の刺客として出場しており、猛威を奮っていた。
第9回世界大会では、ベスト8にも進出し、今や世界のトップ選手の一人だ。

太郎が相馬のセコンドとして全日本で見ていたイワンは、身長190cm、95kgの巨体を活かしたパワーファイターで、力まかせに相手をなぎ倒すスタイルだった。

しかし今は多彩な技を駆使するオールマイティーなタイプになっていた。
自分には絶対に倒せない雲の上の選手だと思っていたが、今は目の前に立ちふさがり、相まみえようとしている。

 

『ゼッケン56番、水河太郎、日本!  ゼッケン64番、イワン・アレンスキー、ロシア! Number 56 Taro Mizukawa in Japan!  Number 64 Ewan Arensky in Russia! 』

 

近くで見ると、まさに見上げるような巨人だ。
しかも絞られた身体は鋼のように見える。

 

試合が始まると、イワンはロシア選手特有の伸びのある突きを打ち込んでくる。
太郎はものすごい衝撃を胸に感じた。
これは今まで受けたことのあるレベルではない。

「(なんて重い突きだ。ついに来たな……世界レベルだ! )」

しかし太郎は下がらなかった。
隠岐の猛稽古の成果だろうか。
イワンの強烈な攻撃を受けても下がることはない。

「(森を担いでの階段昇りが効いたかな。足腰がだいぶ強くなってる)」

太郎は、突きの連打を打ち始めた。

軽い。
手に重さが無いようだ。

それでいて相手にぶつかるインパクトは大きい。

「(突き……これが俺の突き? 凄い、凄い!  一体どこまで打てる?)」

太郎は腰をどっしり構え、百裂拳を放った。
超高速で発射される突きの連打にイワンも一歩二歩と下がり始めた。

「(行ける!  蹴りは、蹴りはどうだ?)」

太郎は、突きの連打から上段を放つ。

と、まるで下段中段に打っているかのごとく、強烈な攻撃力をもった上段蹴りが飛び出した。25cmも高い顔面を襲う蹴りに、イワンも驚いているようだ。
世界のトップファイター相手に、互角以上の攻防を見せる太郎に会場からは大きな拍手が巻き起こった。

 

 

 

二階観客席の後ろに立ち、腕組をしながら中条は太郎の試合を眺めている。

「全く、凄い奴だな。もはや僕とやりあってた時とは別次元の強さだ。全く、彼の努力には恐れ入る……ん?」

中条は同じく観客席には座らず、後ろで試合場を見つめている女性に目を止めた。

「あれは……!」

 

女性の近くに寄り、声を掛ける。

「あずささん……ではありませんか?」

「あ……中条さん」

一人で立っていたのはあずさだった。

板橋道場の皆から離れて、ずっと一人でいたのだろうか?

「随分と久しぶりですね。私はしばらく前に引退してしまったから」

「3年振りくらいですかね」

しかし中条は1年前にあずさと会ったいた。
太郎の就職のお祝いで居酒屋に来ていた時だ。
といっても中条はあずさの姿が確認できたわけではなかったのだが。

「太郎君の応援を……もっと近くでしてあげないのですか?」

中条の言葉に、あずさはゆっくりと視線を床に落とした。

「それとも、今は関心が無いのですか?」

「いえ……そんな」

あずさはすぐさま視線を中条に戻したが、ややあって、また視線を落してしまった。

「……」

中条は太郎とあずさの関係を太郎から聞いていた。

そして太郎がここまで頑張る訳も。

「……太郎君は実に素晴らしい。いろいろな困難を乗り越え、社会人としても自立し、そしてまたこの場所に帰ってきた。しかも世界の強豪の一人として」

「……そうですね」

あずさは頷く。

「太郎君が何故こんなにも必死なのか……ご存知ですか?」

「え?」

 

中条は少し間を置いて口を開いた。

「実は……去年、偶然、あなたと志賀君が一緒にいるところを目撃しました。……太郎君も一緒でした。彼の就職のお祝いをしていたんです」

あずさの瞳が大きく開いた。

「え!  ほ、本当ですか?」

「……そこであったことを思い出して下さい」

「え?」

あすさはゆっくりと、その時のことを思い出す。

 

 

-----あたし、約束したもん。タロちゃんはあたしの為に、世界一になってくれるって! !

 

 

「あ……」

「……実は太郎君、空手に復帰することは考えてはいませんでした。長く空手から離れてましたし、社会人として新たな人生を進もうと考えていたのです。勿論、あなたへの想いは変わらなかったが。しかし、決心したんです。空手の世界に戻ることを。……あなたとの約束を果たすために!」

「タロちゃん……」

中条は自分がこんなに熱く語るのは珍しいなと思った。

「私は、相馬さんが失踪した後、太郎君と少なからず行動を共にしていた。彼は命がけで、あなたとの約束を果たそうとしている。……信じてあげて下さい」

中条は軽く会釈をして、その場を去った。

 

「らしくない。らしくないではないか、私としたことが。……しかし太郎君、うらやましい男だ。最高の舞台が揃っている」

太郎は本戦でイワンを退けた。

 

第10回世界大会途中経過

 


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