第177話  覚醒

 

『ゼッケン49番、アルベルト・ブルクハルト、スイス!  ゼッケン56番、水河太郎、日本!  Number 55 Alberto Burckhardt in Switzerland !  Number 56 Taro Mizukawa in Japan!』

 

アルベルトは安定した構えから突きを打つ。
太郎が捌くとその空いたわきに膝が飛んで来た。
そして、足を払われ尻もちをついた。

「(こ、この選手。なんて巧妙なコンビネーションを持ってんだ。しかも緩急の付け方がうまい。膝なんていつ打たれたんだ)」

太郎は、正面突破を図ろうと、突きの連打を打つが、アルベルトは自ら下がり、そして後ろ回しで牽制してきた。

太郎は危うく顔面に蹴りを喰らうところでよけたが、またすぐに足を払われた。太郎はゆっくりと立ちあがり、帯を結び直した。

「(まずい、完全に試合運び、試合の巧さで差がある。俺はスパーリングや試合形式の稽古はあまり出来なかったからな。純粋な強さばかりを追い求め過ぎたのかもな。やっぱ世界大会は凄いぜ)」

太郎は、下段からアルベルトを逃すまいと突きを打つが、体格差があり、懐が深いアルベルトになかなか効果的な攻撃にならない。
それどころか要所要所で後ろ回しが飛んでくる。

太郎は後ろに下がり過ぎ、ラインを越えてしまった。
主審に開始位置に戻るようにいわれる。

「(本戦はあと1分くらいか……くそっ、身体もまだ完全に復活してねーし。こんなところで負けられないぞ! )」

太郎は焦り始めた。

 

試合が再開されると、太郎は全力でアルベルトに突進し、壇上を思い切り踏み込み、渾身の飛び蹴りを放った。
アルベルトは身体を横にそらし避ける。

飛行距離があり過ぎた為、太郎は壇上の下にそのまま落下し、身体を強打してしまった。

審判にすぐに試合場に上がるように促され、太郎は壇上に上がる。

しかし、足がふらつき、視界が歪む。

 

「(なんだ……頭が……視界が……)」

 

再開太鼓が鳴る。
アルベルトは大きく踏み込み後ろ回しを打つモーションに入った。

刹那、太郎は身体を捻り飛び後ろ蹴りを放つ。
蹴り足は脇腹にめりこみ、アルベルトは膝をついた。

本戦終了間際、太郎は技ありを奪い、そのまま優勢勝ちを収めた。

うつろな表情で壇上を降りる。

「た、太郎先輩大丈夫ですか? さっきの落下で頭を強く打たれていたようですが」

「だ、大丈夫、だ、う、うう」

太郎は頭を抱え、その場にうずくまってしまった。

「え? た、た、太郎先輩」

「う、うわああ」

と、手を差し出す森を振り切り、太郎はそのままどこかへ走り去ってしまった。

「た、太郎先輩!」

森は太郎の後を追った。

 

 

太郎は武道場を出て、道場の裏の森の中へ入って行ってしまった。

「い、一体どこまで行くんだ?」

太郎は大きな樹木の前まで来ると、奇声を発しながらその木に突きや蹴りを打ち始めた。
見ると、2mほどの高さにしめ縄がほどこされている。

「な、なぜ、こんなことを!」

森の声は全く太郎の耳には入っていないようだ。
太郎は一心不乱に樹木を突き、蹴り続ける。
何かが憑りついているかのように。

「うわっ!  太郎先輩!  明日試合があるんですよ!  そんなことしたら、せっかく調子が戻ってきた身体が!」

森は太郎を羽交い絞めにするが、とんでもない力で跳ね飛ばされた。

「な、なんて力だ。まずい、太郎先輩はさっき壇上から落ちた衝撃で何かが壊れてしまったのでは?」

「おーい、どうしたー!」

後ろから大声が聞こえた。中条だった。

「森!  太郎はどうしたんだ? 試合後、会場を飛び出たようだが」

「押忍、中条さん。太郎先輩はさっきからこのような状況でして……」

森は混乱し、目に涙を浮かべている。

「とにかく森よ。お前はこの後自分の試合があるだろ。ここは、私に任せてお前は会場に戻れ」

「し、しかし」

「大丈夫だ。頑張ってこいよ」

「お、押忍」

森は、会場に戻って行った。

「ふう、しかし、一体どうなってるんだ」

中条は何度か太郎の暴走を止めようとしたが、どうにもならなかった。

 

 

三回戦を見事突破した森は、会場周囲を見回っていた総本山の内弟子二人に声を掛け、裏山に入った。

目的の場所に近づくと、衝撃音が続いている。

「や、やはり」

森がもといた場所につくと、太郎はいまだに勢いそのままに突き蹴りを打ち続けていた。

始まってから数時間は経っている。

「た、太郎先輩ー!」

「おお、森! 太郎君はまだ、こんな調子なんだ」

二人の内弟子は何が起こっているのか理解ができなかった。

「みんなでやりましょう!」

「オース」「押忍!」

「よし、太郎君を止めるぞ!」

中条と森は、内弟子らは四人がかりで太郎に掴みかかった。

やはりもの凄い力だ。

「みんな、負けるな……」

「ぐぬうう」

「お、押ー忍!」

驚くべきことに、太郎は屈強な空手家達に掴まれても、動きを止めない。

「だめだ。私が、上半身を抑え込むから、みんなで足を抱えて倒せ」

中条の言う通りに森と内弟子たちは太郎の足を両手で抱え、太郎を倒しこんだ。

倒れると太郎はそのまま眠りこんでしまった。

「ね、寝た?」

「ハアハア、全く人騒がせな奴だな」

中条と森が呆れるなか、内弟子達は感動の表情。

「これが世界大会の選手かあ。す、凄いっす」

「押忍、自分も感動しました。まさに獣ですね」

 

 

森が太郎を背負って道場横の宿泊施設に着くと、入口に隠岐が立っていた。

「おう!  太郎はどうよ?」

「押忍……無心に樹木に突き蹴りを打ち続けていました。それも数時間も」

「うーむ。まあ、すぐにベッドに転がしとけ。俺は大会に戻るからよ」

「押忍」

「まあ、大丈夫だろ。それと、森。最終日進出だな。お前も世界大会の主役なんだからな。ゆっくり休んどけ」

「押忍!」

 

 

部屋で太郎が眠り続ける中、森はこれまでの稽古について中条に説明した。

「はああー。あの隠岐って師範は、とんでもない考えを持ってるな。到底、論理的とは言えないな」

「押忍。しかし、太郎先輩はその異次元な稽古を最後までやり抜きました。さっきの動きは見ていただければ分かるハズです。数時間もあの勢いで樹木に突き蹴りを打ち続けるなんて、もう人間技ではありません。しかも……」

森は太郎の拳を持ち上げる。

「見て下さい。あんなに拳を打ち続けたのに、血が出てないんです。皮が多少めくれてる程度で」

「ふむ。拳タコが異常だな。それに、無心とはいえ、樹木の中心部に向かって正確に突いていたんだろう。じゃなきゃあんなに打って怪我をしないなんてことは考えられない」

「……超人になったんですよ。太郎先輩は」

「……うーむ」

中条も人智を逸した先ほどの太郎の動き、力を見せつけられ言葉を失った。
明日はついに世界大会最終日だ。

 

第10回世界大会途中経過

 


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