第5話  相馬の部屋

 

『なんで、今頃引っ越すの、あんたは?』

太郎は千葉の実家に住む母親に電話をしている。0
今住んでいるマンションを引き払う話をする為だ。
仕送りをもらっている立場上きちんと話をしておかなければならない。

母は、突然の太郎の引っ越しに幾分腑に落ちないところがあるようだ。
こんな調子じゃ正体不明な空手家の部屋に住むことになるとは言えない。

真面目な両親のこと、当然に反対されるに決まっている。
引っ越し先は、板橋区内のアパートということにしている。

「今より安いところがいいかなーって、思ったんです。今住んでる大学の近くは学生街って言うけど、色々物価も高いしさ。遊ぶところも多くて、学業に向いてないんです」

全く、良くこんな適当なことが言えるものだと自分に呆れる太郎。
自分の口から学業とは。

『ふーん、まあ頑張ってね』

「はい……わかりました」

太郎は通話を終え、携帯電話をテーブルに置き、ソファーに横になった。

 

今、太郎が住んでいるの部屋は『1K』の間取りで狭いが、築年数の浅い綺麗なマンションだった。
一階だが、オートロックも付いている。
男の一人暮らしには十分すぎる。

タンスや食器棚は無い。
いつか買おうとは思っていたが、無いなら無いでどうにかなっていたので買わなかった。
しかし今回の引っ越しでは捨てる手間が省けたので良かったと思う。

 

太郎は、大学進学の頃から親に敬語を使い始めた。
地元の国立大学を蹴って、東京の私立大学に通わせてもらっているからだ。

さえない自分を変えるために東京に出てきたものの、何も変わってない。
いや、逆に部屋に引きこもりがちになってきた。

そのため、今回、相馬の部屋に行くことは、太郎にとって楽しみでもあった。
 

 

次の日。
太郎は昼前に道場にやってきた。
昨日のように道場の前を右往左往することは無かったが、少し緊張しながらドアを引く。

「おじゃましまーす」

中にはロベルトが立っていた。
昨日と同じ黒の上下ジャージ姿だ。

昨日はさっそく相馬の部屋に泊ったのか。
それともどこかのホテルにでも泊ったのか。

「Oh!Taro-!」

偉いもので、もう名前を覚えているらしい。
太郎を見るなり駆け寄って手を握ってきた。
陽気な外国人だ。

 

と、道場の奥の階段から相馬が降りて来た。
緑のパジャマ姿で髪の毛はあらゆる方向に吹っ飛んでいる。

「おう、来たか! ちょっと待っとれ」

そう言うと相馬はまた階段を昇って行った。
確か昨日、『三階の俺の部屋』と言っていた。

 

 

しばらくすると相馬は、普段着(やはり昨日と同じく不良ちっくな)に着替え降りて来た。

「夕方に戻ってくるから、それまでに俺の部屋掃除しといてくれや」

「え?」

そう言うと、相馬は道場から出て行ってしまった。

「……」

不安な状態に、さらに不安を塗りたくって行った相馬。
しかし弟子になった以上は、言われたことはやらなければならないのだろう。

 

太郎はロベルトを連れ、道場奥の階段を上がって行った。

「うわあ」

二階に上がると、そこには筋力トレーニングをするジムのような空間が広がっていた。

それぞれの器具には、名前が書かれていた。
『ベンチプレス』『アームカール』『バタフライ』などなど。
端には、腹筋台に柔軟のスペース。

一階の道場スペースよりは狭いが、二十畳ほどはありそうだ。

なかなかの建物だ、と太郎は思った。

しかしジム内には三階への階段が無かった。

「あれ? どうやって、上へ上がるんだろ?」

太郎が部屋の中をキョロキョロしていると、ロベルトが声を上げた。

「Here comes Taro . Hey , there are the stairs in the balcony.」

ロベルトがガラス扉の外を指差している。
外には、広いバルコニーが見えた。

相馬が日光浴でもするのだろうか、良くプールサイドで見かけるようなゆったりとした椅子が置いてあり、その左側に螺旋階段が見える。
それは太郎が外から確認していたものだった。

「ああ、ここから上がるのかあ。面白い作りになってるなあ」

「Let’s go .」

 

太郎はロベルトとバルコニーに出る。
そこからは街が一望出来た。
なんだか素敵な場所だ。

 

螺旋階段を上がると、そこには三階部分があった。
一体どんな部屋なのだろうか。

少しワクワクしながらドアノブを回す。
と、初めに襲っていたのは強烈な匂いだった。

「うっ! な、何だ?」

中に入ると、薄暗い十五畳ほどの広い部屋。
電気を付けると、本やら、服やら、ペットボトルやら、色々なものが散乱。
テーブルらしきものの上にはタバコの吸い殻が山ほどのった灰皿。

太郎は絶句した。

「……なんて汚い部屋だ。ここに住むのか?」

「Oh , Jesus」

ロベルトも驚いているようだ。

「相馬さんは、タバコを吸うのか。す、スポーツマンなのに?」

太郎はタバコとは縁がないので、不安になってきた。

「しかし、気持ちよく生活出来るように頑張って掃除するしかないようだな。当然ゴミ袋そ
の他の用意も無さそうだし。買いに行くかあ」

このロベルトと一緒に買い物に行くのも大変そうだ。

 

 

太郎は袋を買いに行くジェスチャーをして見せ、近くのスーパーで45リットルサイズのゴミ袋と軍手を買って来た。

部屋に戻ると、ロベルトはソファーに座って本を読んでいた。

「気楽な奴だなあ。俺、A型なんだよな。気が合うかなあ」

と、ロベルトの呼んでいる本を見て見ると、なんと表紙が相馬だった。

「あれ、相馬さんだ。『特報神覇館』か。空手の機関誌か何かかな」

横から覗くと、相馬の特集のページが見えた。
『相馬の天才空手分析』と書いてある。

そこには、相馬の蹴り技が紹介されていた。
相馬の蹴り足は自身の頭上の上を軽々と超えていた。

「おお、カッコいいな。そういえば、初めて会った時も、軽々と高い場所を蹴ってたな。凄い人なのかもしれん」

太郎は相馬に対して粗暴なチンピラというイメージしかなかったが、少し見直した。

ロベルトは読んでいたその本を太郎に手渡すと、ソファーの前に散らかっている本を漁り始めた。

するとすぐにロベルトが声を上げた。

「Oh , a terrible thing was discovered!」

なにやら興奮気味だ。
近づくと、それはエッチな本だった。

「おお! こんなものまで」

「Wank mag of Japan . Japanese sexy!」

太郎はロベルトと一緒にページをめくり始めた。
これはお互いに打ち解けるまでに時間はかからなそうだ。

「ロベルト、ディス、イズ、エロ!」

太郎は調子に乗って、本を指差して叫んだ。

「Oh! エロ」

「イエス!」
 

 

盛り上がりもひと段落ついたところで、二人は作業を始めることにした。
まずは雑誌からだ。

とりあえず大きさ別にまとめる。
後で相馬が棚にしまうだろう。

雑誌を整理し終わると、次はゴミ捨て。
カップラーメンのカラ、ペットボトル、空き缶……キリがない。

ロベルトを見ると、何でもかんでも同じゴミ袋にまとまている。
分別という概念が無いのか、大雑把な性格なのか。

「ノーノー、あー、ディス、ボーン、ディス、ノーボーン。おー、これはカン……た、大変だわ。早く日本語覚えてもらわないと」

掃除機をかけて、なんとか寝るスペースは確保できた。
しかし、あることに気づいた。

「布団がないじゃん! 買いに行くしかないかー……勿論、ロベルトのもいるな。こいつは金もってるのかなあ?」

太郎は、不安になって、ロベルトに聞く。

「ユー、ロベルト、マネー? モッテルー?」

ロベルトは両手と両肩を挙げて解らない素振りをした。

「こ、こいつ。本当は解ってんじゃないのか……俺が出すしかないんか? はあ、しょうがないか」

太郎は、財布の中身を確認し、ロベルトにジェスチャーで説明する。

「スリープ、ナイト、バイ、レッツゴー」

ロベルトは口をぽかーんと開けている。
さすがに通じていないようだ。
太郎は、自分のつたない英語力に情けなくなってきた。

「頑張って、大学に入ったのに。その後きちんと勉強しないと、こんなもんか……両親に申し訳ないぜ」 

 

と、その時ドアが開いた。

「こんにちはあ。お兄ちゃんのゴミ屋敷をお掃除してくれてるみたいで。様子見に来ちゃいました」

あずさだった。
薄いピンクのワンピース姿に、日差しが後光のように差し、まるで天女のようだ。

「どうですか、片付きましたあ?」

太郎の血圧は一気に上昇した。

「イ、イエス!」

「え? 何で英語?」

またやってしまった。
全く、自分はまともに会話出来ないのか。
またしても太郎は自己嫌悪に陥る。

そんな猛省中の太郎を指差しながら、ロベルトは笑いながら叫んだ。

「タロー、エロー!」

「なっ!」

太郎は、あまりの衝撃に声が出なくなった。
今、ロベルトは自分を指差して何て言ったのか。

「そ、そうなんだ……じゃあ、頑張って下さいね」

あずさは足早にその場を去ってしまった。

太郎は全身から血の気が引いていくのを感じた。

「こ、こいつは……! 何言ってんだよ! あずささんに嫌われちゃったじゃないか! ううううう」

「Joke .. joke it .. ha – ha – ha」

ロベルトは太郎の肩を軽く叩いた。
こいつは油断ならないと思う太郎だった。

 


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