第172話  打たれ強く

 

残暑の続く9月。

いつものように、1時間の集中稽古を終えた太郎は、隠岐の道場から帰宅する。

「いやー、今日も参ったな。手押し車1時間とは。どんな拷問だよ」

「押忍、すいません。自分は台車を押していただけで」

手押し車は通常、二人一組になって行う。
一人が腕立ての格好になり、もう片方が足を持つ。
よって、二人ともキツイ練習なのだが、これは太郎の稽古なので、森は台車に荷物を乗せ、そこに太郎が足を置くスタイルになった。

森は台車を勢いよく押し、太郎はひたすら、左右の腕を前に出して進む。

 

終わった時、太郎の掌は血だらけになっていた。

二人は、住んでいるアパート近くの銭湯で身体を休めた。

「手は湯につけられんな……いちち」

「太郎先輩」

「ん? なんだ」

「最近、太郎先輩の調子が良いみたいですけど、一線を越えたんですかね」

「そう言えば、血尿も止まったし、最近は隠岐師範の稽古が終わった後でも軽く打ち込みなんかの稽古が出来るようになったな」

「まさか、超人になったんでは……」

「いや、まだだな。身体が自分の身体じゃないみないだし。全く思うように動けないんだよ。蹴りも突きも上手く打てないし……なんか身体がサビたロボットみたいなんだよ」

「そ、そうですか」

「それよりさ。この後、俺やりたい稽古がいくつかあるんだけど、付き合ってくんない?」

「押ー忍、勿論ですよ」

 

 

太郎は、自宅裏の大きな木の前に森を立たせた。

「せ、先輩。ここで何を?」

「これ持って」

太郎は森に白いハンカチを渡した。

「これをどうすれば」

「俺、ここでシャドーしてるから、適当なところでそのハンカチを少しゆらして欲しいんだ」

「お、押忍」

太郎が何をしようとしているのか皆目見当がつかない森。
太郎は木を背にして立たせた森の前でシャドーする太郎。

しばらくして森は持っていたハンカチを少しゆらした。
と、同時に太郎は飛び後ろ蹴りを森の後ろの木に打ち込んだ。

「うわああ」

「と、こーゆー稽古なんだわ」

「先に言っておいていただかないと……心臓に悪いです」

「わははは、すまんすまん」

太郎は森をポンポン叩いた。

「世界の選手は大技を多用するだろ。だからそのモーションに移る瞬間にこっちが先手を打ってやろうとね」

「なるほどー」

「後、ほかにもやりたい稽古があるんだ」

「押忍。お手伝いします」

 

太郎は部屋から木製のバットを持ち出した。

「え? 野球の練習ですか?」

「馬鹿!  んなわけないだろ。これでぶん殴って欲しいんだ」

「た、太郎先輩……どちらかというとそちらの方だとは思ってましたが……」

「馬鹿!  何勘違いしてんだよ。まあ、どちらかというとそっちだが、男に殴られて嬉しい訳ないだろ!」

「押ー忍、失礼しました」

「これでな、俺の腕や足をぶったたいて欲しいんだ。外国人選手の強烈な攻撃にも耐えられるようにな」

「し、しかし、こんなバットで……」

「拳や、スネは自分で何とか出来るけどな。その他の部位はそうはいかないんだ」

「わ、わかりました」

もはや森は驚きもしなかった。

太郎は構える。

「よし、頼むわ」

「押ー忍!  行きます!」

森は軽くスイングして、太郎の腕にバットを打ち付ける。
とても、人前では出来ない稽古だ。

「おい、そんなんじゃ、全然聞かないよ。もちっと強く頼む」

「で、では!」

森は力強く振り込む。

太郎の表情が歪む。

「うぐぐ……こ、これだ。良い感じ!  よし、もいっちょだ!」

「押ー忍!」

森は段々と力を強くしていった。
しかし、太郎は根を上げなかった。

隠岐の言う通り、精神的にもかなりの上昇があったのだろうか。
それとも太郎の身体はもはや痛みを感じなくなってしまったのだろうか。

「いちち……よし、一旦休み」

「大丈夫ですか?」

「ああ、だが、本番はこっからだ」

「ここから本番?」

太郎は、肘を肩と水平に持ち上げる。

「ここよ。この肘に打ち付けてくれ!」

「えー!  それは……」

「大丈夫だ。世界大会への俺の秘策なんだ!」

「ひ、秘策ですか?」

「そうだ。やはり、俺はお前らと違って身体的なビハインドがある。間違いない。だからそのビハインドを逆手にとってやるのさ」

「ま、まさか、相手の蹴りを肘で受け止めるってことですか?」

「当たり!」

「いや、それは無茶ですよ。太郎先輩、肘をどこか固いところにぶつけたことありますよね。ジーンって、なりますよね。バットなんかで殴ったら、それこそ身体を壊しちゃいますよ!」

「森、俺はな、隠岐師範の稽古ですでに身体がおかしくなってんだ。ここまできたら、もう後戻りは出来ない。お前には言ってなかったが、筋肉や骨だけじゃない、内臓や神経も常時痛むし、おかしな感じもする。やるしかないんだ!」

「そ、そこまでして……」

「俺はな……世界一にならないといけないんだ!  いや、例え世界一になれなくたっていい。でも、自分の限界までもがくことなく負けるなんて……そんなことは出来ない!」

「わ、わかりました!  お手伝いします!」

森は、太郎の肘目がけてバットを振り抜く。
太郎は激痛でその場にへたり込んだ。

「ううう……これは想像以上だ……」

「太郎先輩……」

「大丈夫だ!  頼む!」

「押忍!  行きます!」

 

太郎らの秘密の稽古を隠れて見つめる男がいた。
隠岐だ。

「太郎のヤツ、あんなドMな稽古までしやがって。世界大会で優勝したいってのは、どうやら本気のようだな」

隠岐は、音を立てないように、そっとその場を去った。

「館長。太郎のヤツを見守っていてやってくださいよ」

 

第10回世界大会トーナメント表

 


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