第162話  太郎復活

 

太郎と森は、本格的に夜の浜辺で稽古を始めた。

砂浜での走り込み、基礎体力、そしてシャドー。

全日本上位の森との稽古は想像以上にキツかった。

なによりも、昼間の仕事の後の稽古がこれほどまでに疲れるものとは。

いままで、自分がいかに良い環境で空手の稽古をしていたかを痛感した。

しかし、太郎は中条の言葉を思い出し気合を入れ直す。

『仕事をしながら選手の稽古をやるってのは、想像以上に大変だぞ。世界大会を目指すような目標があるならばなおさらだ。それに社会人に、公務員になるからには仕事に支障があっちゃあならない。それは大人の常識、いや、意地だ』

 

 

長いブランクがあったが、太郎は変わっていた。

あずさの声を聞いたあの時から。

湘南で稽古を再開した半年間。

猛烈に自分を追い込んだ。

だらしのない身体はすぐに元に戻った。

孤独な稽古だったが、相馬の言葉を思い出し、歯を食いしばって頑張った。

『黒帯は自分独りで稽古が出来ないとな』

身体は相馬から受けた厳しい稽古を覚えていた。

数ヶ月で当時の稽古と同じくらいの質・量をこなせるようになった。

苦しい時は、相馬を、ロベルトを、そしてあずさを思い出した。

 

 

太郎は、シャドーを終え、森に声を掛けた。

「……森。スパーリングやってくれるか?」

「お、押忍。勿論です!」

太郎は怖かった。

2年というブランクが自分をどれほど衰えさせたのか。

だから自分が納得するまで稽古をしてから、力を試したかった。 

「悪いけど……実践感覚を試したいんだ。防具は無しでいいか?」

「わ、わかりました。で、でも大丈夫ですか?」

もはや森は全日本で志賀の次の強さを誇っている、全日本のトップだ。

二年のブランクがあった太郎が防具なしの試合形式でやるのは無茶ではないか。

森はそう思ったが、口にはしなかった。

「で、では3分で行きましょう。よろしくお願いします」

数年振りのスパーリング。

 

開始すると、森はじわりと太郎に近寄る。

そして森は太郎に前蹴りを打ち込む。

太郎はまともにその蹴りを腹に受ける。

「あ……」

「どうした、本気だせよ!」

太郎の表情は険しいものだった。

太郎は本気だった。

 

森は思った。

自分が太郎を慕っているのはなぜか。

それは、小さな身体で大きな自分を叩きふせたからだ。

今は、どの程度なのか。

あっという間に、太郎をのばしてしまうかもしれない。

しかし、その時はその時だ。

「わかりましたっ!  手加減はしません!」

森は全力で太郎に襲いかかった。

突きの連打を太郎に浴びせる。

しかし、太郎は全くガードをしない。

まともに重量級の森に突きを身体に受けて行く。

「まだだ!  森、こんなもんか?」

「うおおお!」

森は、突きから下段まで繋げる。

しかし太郎は森の攻撃を避けようとはしない。

 

「よし、行くぞ!」

森は驚いた。

相当なダメージは受けているハズだ。

それなのに、ここから攻撃に転じるのか。

太郎は突きを打ち始めた。

軽く受け流せるような突きだった。

しかし、段々と突きのスピードと重さが増していく。

森は受けきれなくなってきた。

「こ、これは……!」

 

百裂拳。

 

太郎が無差別で戦い抜く為に会得した思い突きの連打。

一発一発に全体重を乗せる。

そして、それは森が全日本で太郎から受けたものよりも強力になっていた。

 

そしてそこから下段、中段へのコンビネーションに繋げる。

その速さたるやすさまじいものがあった。

 

そして、後ろ回し、踵落とし、飛び蹴りなど、息つくひまもない怒涛の攻撃。

スピードも落ちない。

森は完全に防戦一方になった。

 

 

そして3分が終わった。

太郎はぴたりと攻撃を辞め、深い深呼吸をした。

すぐに太郎の呼吸は元通りになった。

「森、どうだった?」

森はまだ呼吸が戻らない。

森は驚愕した。

これが、二年以上試合から遠ざかっていた男の動きか。

「はあ、はあ、す、凄いです」

太郎は、湘南での稽古でサンドバッグのような打ち込めるものがなかった。

よって、攻撃の練習はシャドーしかなかった。

それが、太郎の攻撃のスピードを格段に上げることになった。

「た、太郎先輩……ど、どうしてこんなに」

「いや、まだまだだよ。打ち込みを全然やってなかったから、パワーがまだ足りない。スピードはついたけどね」

「ど、どうして、一人でそんなに、自分を追い込めるんですか……」

「……愛だ!」

「あ、愛」

そう言って、太郎は着替えを始めた。

「あっ、そ、そうか!  あずささんだ。太郎先輩はあずささんとの約束を守ろうとしているんだ。その為に、ブランクから抜け、自分をとことん追い込んだ。自分は、空手漬けの生活を送っていたにもかかわらず……」

森は、さらに太郎に惚れこんでしまった。

「好きな女性の為に……ここまでするとは、太郎先輩!」

 


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