第161話  山海原島道場

 

太郎は、3月から湘南にある喫茶店を離れ、山海原島で生活している。

借家は1階と2階が使えるメゾネットタイプで、1階を太郎、2階は森の部屋となっている。

それぞれにふた部屋づつあり、なかなかの広さだ。

さらに都心と違い家賃も安い。

海からも近く、昨日まで浜辺で森と稽古に明け暮れていた。

最近は随分と海辺に縁があるなと太郎は思っていた。

 

 

4月1日。

初出勤を終え、帰宅すると、2階から森が降りて来た。

「ただいま」

「太郎先輩。社会人初日はどうでした?」

「いやー、やっぱ緊張したわ」

「どんな仕事になりそうなんですか?」

「んー、事務仕事を想像していたんだが、どうも外に出ることが多いみたいだな……まあ、よくわからん」

「そうなんですね」

太郎は森が何だかそわそわしているのに、気が付いた。

「森、どうした。なんか変だぞ」

「ふふふ。実はですね、太郎先輩。僕、凄いことを発見したんです」

「ん? 何ぬねの?」

一瞬止まった森だったが、何事もなかったかのように話を続けた。

「この島にも神覇館の道場があったんですよ!」

「え? そうなんだー。まあ、全国にあるしなあ。やっぱ神覇館ってスゴイな」

「今日、仕事帰りに見つけたんですが、そこの師範が凄いんです」

「ん? 俺も知ってる人?」

「知ってるも何も……元世界王者ですよ」

「せ、世界王者?」

「隠岐一郎って人、知ってますか?」

太郎はあまりの驚きに声が出なかった。

「お、隠岐師範? 勿論知ってるし、何度か会ってるし……」

太郎は、相馬の言葉を思い出した。

隠岐は引退後、どこかの島で子ども達に空手を教えていると。

「そっかあ、ここだったんだあ」

「太郎先輩!  元世界チャンピオンですよ!  太郎先輩、これから行って、挨拶しませんか? あわよくば、世界大会へ向けた稽古をお願いするとか」

「いや、稽古してもらうとか、突然過ぎだろ!  まあ、挨拶には行くか」

 

 

太郎と森は、隠岐の道場に向かった。

森は、街道から少し離れたあぜ道に入って行く。

「森、何でこんなとこ歩いてんだ?」

「いいジョギングコースないかといろいろ探索してるんです」

「……純真な奴」

 

しばらく進むと、確かに空手道場があった。

表札には『神覇館 隠岐道場』とある。

「うわあ、随分ぼろぼろだなあ」

「ね、あったでしょ」

丘に囲まれた、木造の平屋だった。

すると、子どもが大勢道場から出て来た。

「隠岐師範じゃーねー」

「押ー忍。さよならー」

小学生から中学生くらいの男子女子が次から次へと。

「うわわ、随分たくさんいるなあ」

「元気いっぱいですね」

太郎と森は中を覗いてみると、たたみをほうき掛けしている大男がいる。

隠岐だ。

「お、押忍。隠岐師範」

太郎は恐る恐る隠岐に声を掛ける。

「んー……おお!  水河じゃないか!」

隠岐はほうきを投げ捨てて、太郎に近づいてきた。

あいかわらずな大胆さだ。

「館長の通夜以来だな。なんでこんなとこにいるんだ?」

隠岐は長髪を後ろでまとめ、無精髭が乱雑に伸びていた。

通夜の時のこざっぱりした雰囲気はない。

「押忍。実は、就職先がこの島でして」

「ほえー、そりゃあ随分偶然だなあ」

隠岐は森の方を見る。

「ありゃ。どこの坊主かと思えば全日本準優勝の森もいるじゃねーか」

「お、押忍!  自分の事を知ってるんですか?」

「ああ、体重別と全日本は見に行ってるからな」

「押ー忍、感動です」

「水河は、空手辞めたんか? 長らく試合場で見ないが?」

「いえ……次の体重別で復帰します」

「ほおお、そうか。今年の体重別は世界大会の選抜も兼ねてるからな。頑張れよ」

「押忍」

「押忍、隠岐師範」

森は隠岐の顔をじっと見つめる。

「ん?」

「実は……世界大会に向けて我々に稽古をつけていただきたいんですが!」

「ちょっ、森!  だから、突然過ぎだって……」

「駄目だ!」

隠岐はハッキリと断った。

「う……」

「な、なぜですか?」

「教えたくないからだ。だが、応援はしてるよ。お前達はいいセンスしてる。いいとこまでいくさ」
そう言って、隠岐は掃除を再開してしまった。

「押忍。隠岐師範、突然すいませんでした。森、行くぞ」

「お、押忍」

 

太郎と森は道場を後にした。夜道を二人でとぼとぼと歩く。

「太郎先輩、すいませんでした。自分があんなこと……」

「いや。どうも隠岐師範には……指導するとこに何か思いがあるんだよ、きっと」

 


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