「太郎先生、お手紙届いてるよー」

郁美の声で目を覚ました。

高校の時の同窓会があるということで、マスターは昨日から地元福島に帰っていた。
喜多方ラーメンが楽しみだとか。

そのため、今日は一日店を閉めることになった。
久しぶりにゆっくりと寝ていられる。

最高の日曜日。

 

「もー、太郎先生ってば」

おでこに激痛が走る。
郁美が封筒の角を突き刺している。

「いてててて、押ー忍」

「何がオースよ。寝ぼけてんの?」

郁美は、黒のダウンジャケットにジーパン姿。
2月の朝方。
寒いんだろう。

「ああ、お手紙。ありがとう」

しかし、郁美はすぐには太郎に渡そうとしなかった。
目の上にかざして中を確認しようとしている。

可愛い仕草だ。

「今日は、マスターがいないんだよ」

「知ってるよ、そんなこと」

「二人きりだなんて・・・・・・なんか緊張するね」

「そーゆーこと、言わないんじゃない? 普通。キモイ」

「・・・・・・今日は、どこも遊びに行かないの?」

「別にー」

郁美は、太郎のベッドに腰掛ける。

「開けちゃおっと」

「字読めんの?」

「これでも現役の女子大学生ですから。JDっちゃ」

郁美は、封筒の先端をつまんで、横に破り始める。
お世辞にも丁寧な開け方ではない。

切り口はすぐに角度がつき、きっと中に入っている手紙も破れている。

「うわわわ、ちょっと、雑」

「あれ、ごめん、ふふ」

「郁美ちゃん、O型でしょ?」

「そーゆーの古いよ」

郁美は破れた手紙を取り出し、中を読み始めた。

「配置・・・・・・決定」

「ああ、来年からの職場のことね」

「職場ったって、新宿のあの建物でしょ?」

「いやあ、東京都って、凄く大きい組織で、いろんなところに職場があるんだよ。何とか会館とか、何とか相談所とか、あとは島とか・・・・・・」

「・・・・・・ヤマミハラ村支庁」

「ん?」

「えー! 山海原諸島じゃん! 超遠いじゃん!」

「えー! まじ」

山海原(ヤマミハラ)諸島は、東京都(本島)から約1,000km離れた場所にある、太平洋上の島々である。

「そ、そういえば」

太郎は、人事局の面接を思い出した。

「島の勤務の希望を聞かれたなあ。別に構いませんって答えた」

「それが、どーゆー意味かわからなかったの?」

「え?」

郁美の顔が険しい。

意味。

もちろん、ここから出て島で生活することになるだろう。
当然、郁美やマスターともお別れ。

太郎は、段々と自分の発言があまりにも後先を考えていないことに気が付き始めた。

「あ、いや」

すると、郁美は表情を変えた。

「嘘だよ。いいじゃん、島」

「え」

「つーか、今日お店お休みなんだからさあ、どっか連れてってよ」

「あ、ああ、じゃあ、江の島」

「いっつもそこじゃん」

 

 

太郎は、白のワイシャツに黒のジャケット、黒のスラックスにマフラーを巻く。

「なーんか社会人みたい」

「社会人だからね」

太郎は、先月27歳になっていた。
もう立派な大人だ。

「なんか、やっぱり顔つきが変わってきたよね。修業のせいかな」

「え、そう。カッコいい?」

「カッコいいよ」

「へ? 本当?」

「うそだよ」

「・・・・・・」

 

二人は、島の正面に走っている長い坂を上る。

「カップル多いよね」

「ああ。でも、家族も多いよ」

「うん」

 

郁美は、おみやげ店に入った。

「すっごいサンゴがあるよね」

「そーだね」

「なんか、熱帯魚とか飼いたいね」

「店に置いたら、カッコいいなあ」

「違うよ、家に置くの」

 

今日は、なんだか会話がかみ合わない。
お互いがわざとそうしているわけではないのだが。

「ねえ、太郎先生」

「なに?」

「やっぱり、海岸沿い歩きたい」

「え、あ、そう? いいよ」

 

 

突然の郁美の提案で、島を出て海岸沿いを歩くことに。

 

普段は、太郎の稽古場である海岸も、女性と二人で歩くと、全く違う世界に見える。

そこにあるものは同じハズなのに。

太郎は、一人街を彷徨っていたとき。
目の前の風景は、暗く濁っていた。

そこにあるものは同じなのだ。

 

「ねえ、太郎先生」

「うえ、な、なに」

「何でなにも話してくれないの?」

「お、おお、そうだね」

「二人でいるのに、考え事?」

「あ、いや」

「私のこと?」

「あ」

太郎はハッとした。
違っていたのだ。

二人は全く同じ場所。
同じ景色を歩いてきたのに。

太郎と郁美は全く違うことを考えていた。
全く違う場所にいた。

 

太郎は何だか申し訳ない気持ちになってきた。
そして、すぐに郁美の気持ちが流れ込んできた。

「私のことなんてどうでもいいんでしょ?」

「そ、そんなことないよ」

「だから遠い島に行っちゃうんでしょ」

仕事だからという言葉が喉まで出かかったが、思いとどめた。
そういうことじゃない。

郁美は、大粒の涙を流した。

 

抱きしめたい。

太郎は心の底からそう思った。

 

なぜ、今、俺は、この子を抱きしめることが出来ないのだ。

1年半もの長い期間、一緒に生活していれば、気が付いているハズだ。
でも、それに気が付かないふりをした。

いや、それを見ないようにしていた。
それは、心よりも、もう一段階上のところで。

 

「馬鹿でしょ、私。太郎先生が、あずささんとの約束を守るために、一生懸命努力しているの知ってるのに」

郁美は声を上げて泣き出した。

周りに人はいる。
しかし、不思議なもので、こういうとき、周りのことは気にならない。

うまく出来ているのだ、人間って。

 

好きと言えば終わり。

どっちの終わり?

 

「もういいよ。彼氏作るからね!」

郁美の言葉に、太郎の心臓が締め付けられる。

 

きっとそうなんだろうなと思っていた。
郁美くらい可愛い女子が彼氏がいないなんて。

それに応えられないなんて。

 

「でも、スッキリしたよ。だって、超遠くに行っちゃうんだし」

「郁美ちゃん」

「ねえ、連れてってよ」

「え、こ、今度はどこに?」

「ラブホ」

「え、ちょっ」

「うわーん!」

太郎は、ハンカチを取り出し、郁美の涙を拭きとった。

郁美は砂浜に座り込んでしまった。
太郎も、その横に座り、郁美の背中を右手で支えてあげた。

何時間でもこのままでいよう。

 

 

 

どのくらい時間が経ったかわからない。
突然、郁美のお腹が鳴った。

「とことん恥ずかしいじゃん」

「俺には聞こえなかったよ」

「私、何のことだか言ってないけど」

「あ」

郁美は、立ち上がって手のひらで顔を拭った。

「あー、もう、私、超めんどくさい女だ」

「そんなことないよ」

「そんなことあるんだよ」

郁美は、太郎のお腹を叩いた。

「お店でなんか作ってよ」

「ナポリタンでいい?」

「いーよ。ふふ」

太郎と郁美は、ゆっくりと店に向かって歩き出す。

「太郎先生」

「なに?」

「彼氏作るかんね!」

郁美は、自分に言い聞かせているように言った

 


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