第151話  信じてる!

 

四人のいる席と、隣の席との間には大きな仕切りがあり、姿は確認出来ないが、間違いない。
声も聞いたことのあるものだ。

 

隣にいるのは志賀とあずさだ。

 

皆、太郎の顔を見る。

太郎は、仕切りに耳をつけたままだ。

「あずさ先輩……」

「しーっ!  太郎先輩、あずささんにばれちゃいますよ!  ひそひそ声で! 」

正宗は放心状態の太郎の口を押さえる。

 

『元気だった?』

『うん。もちろん』

『相馬先輩はまだ帰ってきてないの?』

『……うん』

『その……水河君は?』

『……』

『……さ、さみしいんじゃないか? その、ロベルト君も、みんないなくなってしまって』

『ううん。だって、美雪さんもいるし、道場生の人達も仲良くやってるし、前と変わらないよ』

 

姿は見えない。
見えないが、仕切りの向こうには確かにあずさがいる。

太郎の目には涙が溢れて来た。

「あずさ先輩……あずさ先輩が……」

声を聞くのも2年ぶり。
今は、どんな女性になっているのだろうか。

きっと以前よりも綺麗になっているのだろう。

 

志賀とあずさはぎこちないながらも、時たま笑い声を交えながら楽しそうに会話をしている。

一方、太郎らはばれないように必死の沈黙だ。

 

『実は……今日は、大事な話があるんだ』

 

この言葉に太郎は凍りついた。
そして他の三人は仕切りの向こうの声以上に、太郎の表情に注目している。

 

『あずささん。ぼ、ぼくと付き合ってくれないか?』

 

やはり!
 志賀は、あずさに告白をしている。

太郎の表情は一層固まり、身体はかすかに震えだした。

「あずさ先輩、あずさ先輩い……」

 

『……ごめんなさい。私、志賀君と付き合えないの』

 

一同に電流が走る。

断った。

あずさは志賀の申し出を断った。

 

『も、もしかして……まだ……水河君を……』

『うん』

 

太郎の震えが大きくなってきた。
森は太郎をしっかりと抑える。

 

『……申し訳ないが、太郎君は君のもとへは帰って来ないよ。彼は、空手を、君を捨てたんだ』

志賀は声を荒げる。

 

『……でも、志賀君とは付き合えません』

 

あずさは再度、はっきりと言った。

 

『何故? 何故、彼を思い続ける? 2年間も音沙汰無しなんだろ? どこでなにをしているのかも分からないんだろ?』

 

『でも……でも……』

 

『水河君は、別のどこかで、空手とは無縁に暮らしているハズだ。もう、僕らとは違う世界にいるんだよ!  そんな奴をただ待ってるなんて。あずささん!  君は、まだ若いし、そんな、未亡人みないな生活はやめなよ。僕は、以前から……出会った時から君のことが……』

 

『ごめんなさい』

 

テーブルを叩く音が聞こえた。

 

『水河は、戻って来ない! !』

 

『違う、タロちゃんは、戻ってくる!  絶対に!』

 

あずさが大声を上げた。

 

『だって、約束したもん!  三年前に!  世界大会の時に!  世界一になって、世界一になって……』

 

 

―――――――――

 

……世界一に……世界一になったら……私は、タロちゃんのモノになってあげる!

 

世界大会で、僕は、世界一になってみせます!

 

―――――――――

 

 

覚えていた。
待っていた。

あずさは、あの約束を今でも。

太郎から何の連絡もない状態であっても。

一途に太郎のことを想い続けていたのだった。

 

太郎の顔は涙でびしょ濡れになっていた。

太郎は今にも身体がはじけそうになっていた。

中条、森、正宗は覆いかぶさるように、太郎を必死に抑えつける。

 

『……わかったよ。……すまなかった、大声を出したりして。……駅まで送るよ』

 

志賀とあずさは帰り仕度をしているようだ。
あずさのすすり泣くような声が聞こえる。

二人は、店を出たようだ。

 

 

「わああああ! !」

太郎は大きな声で泣き始めた。
周りの客の視線もお構いなしに。

「ううう、俺は、俺は……」

太郎は、テーブルにつっぷした。

「俺は、あずさ先輩のもとを離れ、他の女性と生活し……空手を捨てた。そんな、俺を、あずさ先輩は……ううう」

「太郎君。これでもまだ、空手に戻らない気かい?」

 

中条は新しいおしぼりを太郎に渡す。

「太郎先輩。俺は、空手を辞めた辺りから太郎先輩のことは見てきました。確かに、太郎先輩は、あずささんを裏切ったのかもしれません。でも、あずささんの気持ちを知って、なお彼女を裏切りますか? 太郎先輩はそんな男ですか?」

正宗は真面目な顔で太郎を見る。

「僕は、いつでも手伝いますよ。俺も強くなりました。太郎先輩のお役に立てますよ!」

森は太郎の前で拳を作った。
相馬軍団は消滅してしまったが、今も、太郎の周りには仲間がいる。

「みんな……ありがとう。俺、俺……」

「これからどうするかは、君が決めることだ。でも、どうやら意思は固まったようだな」

「……押忍」

 


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