第150話  あの頃へは戻れない

 

新宿の居酒屋で四人は大騒ぎ。
周りでは、売れっ子芸能人のスモラバ正宗をちらほら見る者もいるが、そこは都会のマナー。あまり表だって騒いだりはしない。

「太郎せんぱーい!  俺らの税金を無駄遣いしないで下さいよねー!」

正宗は太郎に抱きつく。

「た、太郎先輩。僕は、僕は嬉しい!」

森も太郎に抱きつく。

「うわあ、やめてくれよ。そっちの趣味は無いぜ」

太郎も上機嫌だ。

「そうっすね。太郎先輩は超女好きですもんね。皆さん、聞いて下さいよ!  太郎先輩ったら、昇段審査の前夜に、神聖な道場で、ギャルと一発かましてたんすからー!」

正宗は両手を前に突きだし、腰を振っている。

「ななななな!  正宗っ、それは覚えてないって言ってんだろうが!」

太郎は、正宗を抑え込む。

「太郎君、君って奴は。実はね、僕にもとんでもないことがあってね。ある日、仕事帰り、たまたまラブホテルの前を通った時だ。突然、空からコンドームが降ってくるではないか。上を見ると、ホテルのベランダに太郎君が立っていたって訳だ。ゴムを投げ捨てるとはこれまさに鬼畜の所業。純情そうな装いをしてからに……まさに色情魔だ」

「な、中条さんまで……」

次々と太郎の夜が暴露されていく中、森は太郎を見つめていた。

「ほら、森も呆れているぞ」

中条は森を指差す。

「太郎先輩……凄いです。空手も強い。勉強も出来る。そして、女性にもモテる。ああ、僕は太郎先輩についていきます!」

森は大声を上げる。

「……変わった奴だな」

中条は、森に呆れている。

 

そんな森は、自分のカバンをあさり始めた。
取り出したのは特報神覇館。
第27回体重別の特集号だ。

「太郎先輩の為に持ってきました」

「あ、ありがとう」

受験で頭がいっぱいだった太郎は、体重別の大会があったことすら忘れていた。
皆で、見入る。

「おっ、山城が軽量級2連覇だ。ブラジルのジョゼを破っての優勝か。強くなったなあ」

太郎がいない間の軽量級は、山城が主役の座についているようだ。

「中量級は、前回準優勝の引地選手か。まだ22歳。うーん、若手も台頭してるんだなあ」

太郎は今年27歳になる。
相馬に出会ったときは21歳だった。時の経つのは早い。

「なな、軽重量級の優勝は、宮路? 前回は、中量級で優勝してたな。あいつは、どんどん体重を上げてるな」

「ああ、宮路は今や、軽量級の強豪ではない。無差別で戦っていける男になった。秋の全日本では、ベスト8くらいには入るんじゃないか。来年の世界大会の選抜も兼ねた大会だしな」

「……世界大会。もう、来年なんですね」

 

「あれー!  なんだ、森!  重量級優勝してるじゃないかあ!」

重量級の優勝は森だった。
半年前に都大会会場で偶然会ってから、森とはよく連絡をしていた。
しかし、森から体重別の結果報告は聞かなかった。

「押忍、太郎先輩の受験の邪魔になってはいけないと思って。集中して欲しかったものですから」

森は短い髪を立たせた自分の頭を恥ずかしそうに掻く。

「森、ごめんな。俺、本当自分の事で頭がいっぱいで」

「いや、そんな。でも、今日からは、堂々と言いますよ。太郎先輩!  空手の世界に帰って来て下さい。また、大舞台で戦って下さい!」

森は太郎に真剣な顔を向けた。

太郎は黙ってしまった。

 

「森……ごめん。俺……もう空手は無理だよ」

 

太郎から、小さな返事が返ってきた。

「な、なんでですか? もう空手をする時間も出来たじゃないですか?」

森は納得できないようだ。
「以前は、俺の近くには、相馬先輩がいて、ロベルトがいて、常に稽古が出来る道場があって。空手の環境がばっちり整ってたんだ。でも今は、ない。それに、俺の空手への情熱も……2年近くも空手から離れてしまったから……ごめん」

太郎はうつむいている。
森も太郎へ何も言えない。

正宗も、中条もだまったままだ。

一度、離れた後、また第一線に戻るというのは並大抵のことではない。

ましてや、環境もない状況では。

皆、分かっているのだ。

 

沈黙が続いた。

 

男達は各自目の前にある飲み物を飲み始める。

 

 

しばらくすると、仕切りの向う側の席のサラリーマンが帰り、代わりに次の客が入る。

男女の声が聞こえる。カップルが来たようだ。
だが、パーテーションで区切られており、向こう側は見えない。

「いやあ、しかし、女っ気が無いっすねー」

正宗が沈黙を破るように口を開くが、皆押し黙ったままだ。

 

『ごめんね、突然誘ったりして』

『ううん』

『二人で会うのは初めてだね』

『うん』

 

隣のカップルの声が聞こえる。
どうも恋人同士ではないようだ。

会話もぎこちない。

 

『あずささんは、何飲む?』

 

ん?

んん?

四人の顔つきが変わった。

皆、隣の客との間にあるパーテーションに耳をつける。

 

『カシスオレンジにしようかな。志賀君は?』

 

第27回体重別全日本大会結果

 


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