第149話  深夜の庁舎

 

中条、正宗、森は、新宿西口に集合していた。
三人は、太郎を通じて知り合い、連絡を取り合う仲になっていた。

太郎の合格祝いをする為に集まったのだが、太郎からは合否の連絡はなかった。

 

そして、結果不明のまま、19時、太郎は現れた。

太郎の表情からは嬉しさや哀しさは読み取れない。

「おお、太郎君!  結果はどうだった?」

中条がメガネをくいっと上げながら。

「太郎先輩!  バッチシですよね?」

正宗は変なポーズ。

「太郎先輩……」

森は不安げ。
太郎は、三人の顔を順番に見る。

そして。

「……実は……まだ、発表を見てないんです」

「なっ!」

「はあ?」

「へ?」

三人とも呆れている。

「おいおい、太郎君。もう夜だぞ。今や、結果はインターネットですぐ見れるだろう?」

中条は太郎を揺さぶる。

「いやあ……長い受験勉強、将来の明暗。そんなことを考えていたら、身体が震えてきちゃって……」

太郎は、恥ずかしそうに言う。

「ちっと、太郎先輩!  どうあがこうが、もう結果は出てるんすよ!  さあ、携帯で見ましょう!  太郎先輩が見ないんなら、俺が見ます!」

正宗がイライラしながら太郎をせかす。

「あのう。結果って、張り出されてたりしませんか?」

森がつぶやく。

「もちろん、当日は張り出されている」

中条が眉間にしわを寄せたまま応える。

「じゃあ、見に行きませんか? すぐそこだし……」

森が指差す先には、東京都庁舎がそびえ立っていた。

「ああ!  そうだよ、先輩!  いきましょうよ!」

「あわわわ」

「覚悟を決めるんだな!」

 

 

三人は、太郎を半ば強制的に庁舎に連れて行く。
到着したが、既に19時を回っており、正面入り口は閉まっていた。

「あちゃあ、中条さん。官僚パワーで何とか開けられないっすか?」

「開けられる訳ないだろうが。だが、どこかに職員用の入り口があるハズだ。そこに行ってみよう」

確かに、正面から離れたところに職員用の出入り口があった。
庁舎を見上げるとまだ電気が点いているところが多い。

 

太郎らは、入口に着くが、ガードマンに止められた。

「申し訳ありませんが、この時間、職員の方以外の入庁はお断りしています」

若いガードマンは丁寧に断った。
しかし、中条はひるまず説明を始めた。

「こんな時間に申し訳ありません。実は、本日職員の合格発表がありまして、この者が受験してるんです。昼間用事があって、見に来ることが出来なかったので、こんな時間にすいませんが、掲示板を拝見したいのです。どうにか中に入れていただけないでしょうか?」

すると、守衛室の中にいた、中年のガードマンが窓から顔を出した。

「そういう理由なら、一緒に掲示板まで付いて行ってあげなさい。真っすぐ行った突きあたりにまだ掲示してあるから」

「あ、ありがとうございます。助かります」

中条は深々と頭を下げた。
言ってみるものだ。

三人は、中条を尊敬のまなざしで見つめる。

「では、ご案内します」

若いガードマンの後を四人はついて行く。

「さーて、太郎君。覚悟は出来たかい?」

中条は太郎の腰をポンと叩く。

「は、はいい」

 

 

暗いホールの突きあたりにひっそりと掲示板は立っていた。
そこには、職員最終合格発表とある。

ここに太郎の番号があれば、半年後には晴れて社会人の仲間入りだ。
四人は掲示板の前に着いた。

「よし、太郎先輩!  見ちゃって下さい!」

「太郎先輩……」

 

太郎は受験票を確認する。
番号は12845。

三人は一歩下がり、太郎の背中を見つめる。

 

太郎は、深呼吸をして、掲示板の目の前に顔を近づける。

「12740、12778、12800……あああ、番号が空いているう」

太郎は、番号を指でなぞりながら、ゆっくりと下に見ていく。

「12810、12830、12844……ぎゃああ!  前の席だった人が受かってるー!」

「太郎君、前の席の奴なんか、関係あるか!  次だ、行けー!」

中条も絶叫する。

 

「はあ、はあ、はあ、12844……12861? 12861? 12844……12861!」

 

太郎は、膝から崩れ落ちた。

 

落ちた。

 

不合格。

 

太郎の時間が止まる。

 

数メートル後ろで見ていたガードマンも顔を落す。

 

「あああ、あああああ、うあああ……」

 

太郎の視界が段々と狭くなり、暗くなっていく。
目の前が真っ暗になるとは、このことか。

 

「た、太郎先輩……先輩」

森が太郎の肩に手を置く。

百裂拳を自在に打ち、全日本を駆け巡った、あの強肩も、今や、細く震えているだけだ。

中条は声がかけられないでいた。

 

しかし、正宗が手をパンと叩いた。

「ちっと、ちっと待って下さい!  見て下さい!  番号は、真下に並んでないっすよ!  三つ横に並んでから、下の列に続いてます。もっかい、もっかい見て、太郎先輩ー!」

正宗は、太郎の肩を掴む。

森も反対の肩を掴み、二人で持ち上げる。

中条は太郎のうつむいた顔をアゴを掴んで持ち上げる。

「世話が焼けるな!  ほら、もう一度確認するんだ!」

 

太郎は、消えゆく意識を堪え、もう一度、掲示板を見る。

 

「12830……12834……12840、し、下に行って、12844……12、128、1284、12845!  12845-! !」

 

掲示板には、12845の数字が確かに書いてあった。

 

「12845!  う、受かった」

 

太郎は、さきほどと同じように地面に倒れ込んだ。

 

「うおー!  やったぜ、太郎先輩! !」

「太郎先輩、おめでとうございます! !」

「うむ、よくやったぞ……よくやった」

中条の目には涙がたまっていた。

 

太郎は、暗く高い天井を寝転びながら見つめていた。

「やった、やったのか……いろいろ……色々、得たもの、失ったもの、様々あったが……努力は無駄にはならなかった。泳いで、必死に泳いで……なんとか、なんとか岸にたどり着いたんだ……」

 

男達の大声がホールに響き渡るが、ガードマンはしばらく見て見ぬふりをしていた。

 


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