第148話  君は一人じゃない

 

『そうか、筆記試験は受かったか!』

電話の向こうで、中条の上ずった声が聞こえた。
太郎は無事、『東京都』の一次試験である筆記を突破した。

しかし、受験は東京都のみに絞っていた為、ワンチャンスしかない。
1ヶ月後の面接試験に全てを賭けるしかないのだ。

太郎は、筆記試験後、面接対策として、自治体について調べたりしていた。

『太郎君。君の将来が掛かっているんだ。僕も協力しようじゃないか。ちょうど帰宅したとこなんだ。今からどうだい?』

「え? いいんですか?」

夜の9時を回っていた。

『試験まで後1ヶ月だろ。僕もいつ時間が作れるかわからないからね』

「お、お願いしまーす」

どうやら、中条が面接の対策をしてくれるようだ。

 

 

太郎は、中条の住む中野に向かった。
駅前のアーケードを抜け、小さな居酒屋に中条が待っていた。

「やったじゃないか」

「ありがとうございます」

 

 

二人は、少し騒がしい大衆居酒屋に入った。

「ここなら、ある程度声が大きくてもいいだろう。それにリラックスできるしね」

「ありがとうございます」

端の席で、焼き鳥とウーロン茶を注文する。

「太郎君。前も話たが、就職試験というものは面接ことが命だ。ここである程度評価されなければ、合格はありえない」

「はい」

「しかも太郎君は東京都しか受験していないから、チャンスは一度だけ。しっかり対策をする必要がある」

「そうですね」

「だが、一つ安心していいのは、一般企業の面接と比べ、倍率が非常に低いこと。東京都は概ね3~4倍程度と考えていいんじゃないかな」

「な、なるほど」

中条は置かれたウーロン茶を手にとった。

「まあ、まずはおめでとうの乾杯だ」

「ありがとうございます」

太郎は、ゆっくりとのどを潤す。

「さて、太郎君。今日は、面接の極意を授けよう。集中して聞くんだよ」

「押忍」

「では、太郎君。面接の時に、面接官が君のどこを知りたいか、分かるかい?」

「うーん、そうですねえ。公務員としての、その、どんな公務員になりたいか……ですか?いわゆる志望動機」

「そうだね。でも、そんなことはどうだっていいんだ」

「え? 中条さん、さすがに志望動機がどうだっていいということは……」

「ふふ。すまんすまん。だが、面接時においては、そんな話の内容はどうだっていいんだ」

「では、何が、重要なんですか?」

「それはね。○と思われるか、×と思われるか……だ」

「○と×ですか?」

「そうだ。面接官に係わらず、何年か社会人を経験していると、ある事実に気が付く」

「ある、事実?」

「”つかえる奴”と”つかえない奴”の二種類の人間がいるってことだ」

太郎の胸にギュッとした、感覚が走る。

太郎が社会人になることをためらっていた、その本丸を突かれたような感覚。

「まあ、面接を受ける受験生の中で、そうだな、つかえる奴とみなされるのは、2割ってとこかな」

「に、2割ですか?」

「そうだ。だから、2割に入れればその時点で終了。合格だ」

「な、なるほど」

 

中条がウーロン茶に手を伸ばす。
太郎もそれに合わせて口を付ける。

「では、どのようにして、2割に入るのでしょうか?」

「なに、やることは簡単だ。『聞かれたことに答える』これだけだ」

「そ、それだけですか?」

「ふ。これが、意外に難しいもんなんだ。そうだな、例えば、東京都の最低賃金っていくらか知っているかね?」

「う……最低賃金って、最悪もらえる給料でしょうか。わ、わかりません」

「まあ、受験をするのだから、この程度のことはわかっていてほしいところだが、まあいいだろう。いまいちであったが、その『わかりません』ってのは、聞かれたことには答えている。とりあえずOKだ」

「へ、そ、そうなんですね」

「だが、これなら、どうだ。厚生労働省東京労働局は、平成24年10月1日から、東京都最低賃金を850円と発表した。これは、高いと思うか、低いと思うか?」

太郎は、聞かれたことに素早くこたえるべく、考えをめぐらす。

太郎を働いていた千葉のファミリーレストランは、時給800円だった。

それと比べると高いような気がするが、なんとなく、最低賃金を上げろ、みたいな報道を見たことがある。

「ひ、低いと思います」

「なぜ?」

当然飛んでくるであろう質問だった。

太郎は一生懸命頭を働かせる。

「や、雇う側は、やはり低い方が嬉しいと思いますが、高く設定しないと、経済がうまくまわりません。と、思います」

「……なるほど」

中条はうなずきながら、笑みを浮かべている。

雇用する側の思いから、経済にまで話を踏み込んでいる。

会心の答えが飛び出したのかもしれない。

「想像以上に素晴らしい回答だった」

「え、本当ですか」

「ああ。『聞かれたことに答えていない』の最たる素晴らしい回答だ」

「え”」

「なんなのだ。雇用とか経済とか。私はそんなこと聞いていない。なぜ850円という最低賃金が低いと思ったのかを聞いているのだ」

「は、はひ」

「例えば、こんな回答でもいい。私は850円の時給では働きたいと思わないから、とかね」

「え? そんな答えでいいんですか?」

「ふふ。駄目さ。こんな答えは。でも、聞かれたことには答えている。だから、×にはならない」

「って、ことは」

「うむ。太郎君は、さきほどの回答により、×だ。その後の挽回は難しいだろう」

「えー、そ、そんな」

「面接官はね、目の前のこの人と一緒に働いたら、どんな感じか。そんなことに思いを巡らせている」

「はい、わかります。だから、笑顔とさわやかさと……」

「無論、そういった要素も重要だろう。だが、そんなものは、些末な問題だ」

「さ、些末……」

「そうだ。だが、聞かれたことに答えられないのは、○なのか×なのか。合格か不合格か、そんな最重要な世界なのだ」

「いわゆる一発アウト。なんか車の免許の実技試験みたいですね」

「そうだ。考えてもみろ。部下に『昨日の会議はどうだったか』を聞くとする。黒なのか白なのかを聞きたいのに、やれ、誰がどんな発言をしたとか、資料が多かったとか、何時に終わったとか。本質ではない。枝葉末節ばかり。想像つくだろ。そんな奴と働きたくはないのだ。忙しいんだからな」

 

太郎の頭は茫然となった。

これなのだ。

これが社会。

これが現実。

社会人のライン。

 

「はは。太郎君。だが、安心しろ。こんなものは、人間の本質のようで、本質ではない。ちょっとしたコツで、誰でもできることだ。無論君にも」

「う、そうでしょうか」

「できるさ。しかし、きついことを言えば……」

「ごくり」

「君の場合、ほんの少し×と見なされれば、その場で終わりだ」

太郎の身体を電流が走った。

「ぼ、僕の場合というのは」

「君のキャリア、年齢のためだ。新卒の若者たちと採用時28歳の君とでは、同じ面接内容で良いわけがない。まあ、新卒でも○の奴は、2割ほど。しかし、採用されるのは、3割から4割はいるはずだ。となれば、新卒の場合、×でも救われる奴もいる。だが、君は駄目だ。一回の×が命取りとなる」

「な、なるほど」

中条は、真剣な表情になった。

「いいか、水河君。今日から面接までの期間は、人生で最も濃い時間を過ごすのだ。面接対策は、ともすれば何もやることがないようにも思える。しかし、そうじゃあない。やるべきことを見つけ、実践するのだ」

「は、はい」

「常に、今一番効率的に生きているか考えるのだ。今それをするべきか。先にするべきか。やるべきものなのか。1秒先が自分にとって、最も望ましい瞬間で過ごすためにどうすべきか考えるのだ」

「は、はい」

「人生には負けてはいけない戦いがある。これは冗談ではない。なんとなく苦労もしていないような大人がごろごろいるように見えるが、彼らは彼らで負けられない戦いを突破してきているのだ。逆に、突破したら、そんなものは忘れても構いはいない」

太郎は黙ってうなづく。

「頑張れ。君は一人じゃない」

 


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