第147話  最後のチャンス

 

5月、公務員筆記試験の本番の日がやってきた。
朝、マスターと郁美といつもどおりに朝食をとる。

「太郎先生、頑張ってネ」

「なあに、大丈夫さ。太郎君は、今日の為に毎日頑張ってきたんだから。落ち着いて受験すればいいんだよ」

「ありがとうございます、頑張ります」

太郎は、筆記用具と受験票を持ったことを確認すると、会場である大学に向かった。

その他、参考書やノートなどは特に持っては行かなかった。
落ち着いて、堂々と受験するつもりだ。

 

 

新宿行きの特急に乗り、窓の外をぼおっと眺めている。
すると、太郎の携帯がメールを受信した。

「ん?」

携帯を開けて見ると、葉月からだった。

「うおっ!  葉月さん?」

葉月と別れたのは、ちょうど1年前の受験日だった。

 

【 お久しぶりです。
  今日試験だよね。
  去年は、私のせいで受験できなくて、ごめん。
  私は、今、フランスにいます。
  お菓子作りをたくさん勉強してます。
  毎日が勉強です。
  始めから来てれば良かったかな。
  太郎さん、一年間の努力をぶつけて下さい。
  お互い、夢に向かって 】

 

「……太郎さん、か」

葉月も頑張っているようだ。
太郎は、メールの最後の一文になにか、ぎこちなさを感じた。
もしかしたら、ここには違う文章が入っていたのでは。

「お互い、『幸せになろうね』って書きたかったのかな」

もし書き換えたのなら、少し嬉しい。
幸せになろうって、何か、二人の距離が感じられる。

太郎は、電話をしようか、返信をしようか、どうしようか、しばらく考えた末、感謝の言葉を短く紡ぎ、送った。

電話はしない方が良いと思った。

 

 

受験会場は、太郎の母校だった。

午前9時の択一試験からスタート。

 

最後の論文試験が終わったのは、午後5時を回っていた。

昨年の正月からの努力は、全て出し切った。
早くも会場の周りでは速報を配っていた。

予備校の情報収集能力には感心させられる。

 

 

会場近くのファミレスで、さっそく答え合わせをしてみる。

「う……うお……おお!」

択一は合格ラインを大幅に上回っていた。
記述も論文も手ごたえがあった。

「ふうう……大丈夫かな」

筆記試験の上出来にも、太郎はほっとできなかった。

ここまでは当然の結果だからだ。
なぜなら勉強に集中出来る環境にあったし、1年以上もかけてきたからだ。

問題は、筆記試験通過後の面接試験だ。

太郎のように、大学卒業後も定職に就かずにいた者が、大学新卒者と完全に平等に扱われるハズもなく、その理屈もない。

中条も言っていた。
面接こそが最大の関門になると。

おそらくは筆記試験は合格している。
後は、面接試験までの2ヶ月、全力を尽くすだけだ。

 

 

太郎は、帰りに本屋で特報神覇館を購入した。
来月に行われる第27回体重別のトーナメント表が載っているからだ。

そこにはやはり、引退した中条の名は無かった。
久我も、山岸も、そして相馬も。

空手から離れて早くも1年半が経った。

もはや戻れる気はしないのだが、心のどこかでつながりを保っていたいと思っていた。

だが、楽しかったあの頃は戻らない。

過去の環境を壊して、離れていくことが大人になるということなのだろうか。

「大人になるって辛いなあ」

 


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