第145話  中条の決断

 

11月中旬。

店を閉めた後、太郎は、誰もいなくなった喫茶店で、携帯を取り出した。
中条に電話をする為だ。

昨日、今日と第41回全日本大会が行われていた。
初日の第1回戦、2回戦を勝ち進んだ中条の結果を聞こうというのだ。

と、太郎が携帯を掛ける前に中条から着信があった。

『やあ、太郎君。勉強ははかどってる?』

自分は大会を終えたところだというのに、常にクールさは失わない。

「押忍、中条さん。どうでした?」

『今までにないくらい調子が良かったんだが……4回戦で駄目だった』

「でもベスト16じゃないですか!」

『ふっ、前大会3位の君に言われてもな』

「お、押ー忍。そんな」

『前回は君に負けたが、今回は香川の伴にやられたよ。兄貴の方な』

「伴兄ですか……」

伴信一と伴孝二は香川支部の超巨漢兄弟である。

『50kg近く体重差があるからね。すぐに試合場の外にすっ飛ばされて……無様に負けたよ』

「そうでしたか……」

普段、あまり弱いところを見せない中条だったが、電話口から聞こえるか細い声を太郎は気付いた。

『太郎君、君は凄いな』

「えっ、何がですか?」

『山岸、高畑、ヴィンセント……大きな選手を倒してのけたものなあ』

「いや、そんな」

『僕は、今回の戦いでわかったよ。僕は、無差別の壁を破ることは出来ない……とね』

「……」

『いい機会だから引退するよ』

「えっ、本気ですか?」

『ああ。別に空手を辞める訳じゃないが、全日本大会なんかの大きな大会用の稽古はとりあえず……ね。僕も30だし、仕事も段々と責任が大きなものを任されるようになったし。君も公務員になるんだ、その辺は覚悟しないとな』

「そうですか……」

一時は相馬軍団の敵とみなしていた中条が、試合の舞台から去る。
それを寂しく思うような立場になろうとは。

『ちなみに、今回の王者は志賀だったよ。まあ、相馬軍団が去った後だ、当然の結果と言えるかもしれんが』

「志賀……」

数ヶ月前、太郎と志賀は、偶然で不思議な再会を果たしていた。
が、そんなことは今、中条に言わなくてもいいことだった。

『準優勝は、総本山の高畑。そして第3位は千葉の森だ。僕を倒した伴兄が4位に入ったことで、少しは敗戦の悔しさが薄れたかな』

去年の全日本で太郎が下した男達が表彰台に上がっている。
太郎は、胸がきゅうっと引きしめられるような感覚に陥る。

それが、悔しさからなのか、焦りからなのかはわからない。

『……空手に戻りたいかい』

太郎の心の動きを見透かしたように中条が問う。

「いや、今は、目前の試験で頭がいっぱいですから」

『……まあ、そうだろうな。僕も応援してるよ。ちなみにな、今回優勝の志賀の限界組手が予定されているらしい。レオナルド以来だな』

「げ、限界組手!」

『君は目前の目標に向かって頑張ればいいのさ』

「……はい」

中条はそれ以上何も言わなかった。

 

第41回全日本大会結果

 


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