第136話  試験当日

 

試験当日の朝がやってきた。

昨日は、葉月を怒らせてしまったかもしれない。
少し気まずい朝だ。

 

太郎が目を覚ますと、リビングにフードのコートを着た葉月が立っていた。

「ん? お、おはよう。ど、どうしたの、そんな恰好して」

「あっ、おはよう、タロちん」

どうやら怒ってはいないようだ。

「私ね、夜横になりながら考えてたんだけど……タロちんに渡したいものがあるんだ」

「ぼ、僕に? 今から?」

「そう。あっ、朝ごはんはもう隣の部屋に用意しといたから。それに試験まではまだ時間があるから、ちょっと家を出てくるね」

「う、うん。いってらっしゃい」

葉月は足早に家を出た。

 

リビングのテーブルには卵焼きとベーコン、サラダ、それにこんがり焼けたトースト。

「はああ、こーゆーのぱぱっと作っちゃうところが素敵なんだよね。一人暮らしの時なんて、朝ごはんなんて食べなかったよな」

 

太郎は葉月の作った朝食を平らげ、食器を洗い、試験用の準備をした。

「よし、時間もあるし、後は葉月さんが帰ってくるのを待つのみだ」

 

太郎は、ベランダに出て、朝の空気を吸い込む。

「良い天気だな。頭も冴えてる気がするし、いける気がする」

と、ベランダから下を眺めていると、葉月が見えた。
しかし、隣に男性がいる。

「ん? 葉月さん? え? 隣のは誰だ?」

よくよく見ると、茶色のセーターを着ており、顎には白い立派な髭も見える。
葉月はその男性に何やら必死にしゃべりかけているようだ。

そして、二人は入口近くで足を止めた。

「あ! あれは、葉月さんのおじいさん? そうだ、きっと! あの気難しくて、厳しいとの噂の! やばい! 葉月さんに会いに来たんだ! それも連絡も無しに! やばーい! よりによって、こんな大事な日に!」

太郎は、仁王立ちし、頭をフル回転させる。

「と、とにかく、お祖父さんが部屋にやってくる前に、俺の荷物をなんとかしなくては! やべー、歯ブラシ、洋服、勉強道具……たくさんあるぜ!」

 

太郎は、寝室に行き、壁に拳を連打する。
そして、ベランダに出る。
すぐに、隣のベランダにパジャマ姿の正宗が現れた。

「なっ、太郎先輩、勘弁して下さいよー! 今日は、久しぶりのオフなんすからー!」

「やったー! ラッキーだぜ!」

「何がラッキーなんすか! 壁を叩いて起こしておいて!」

「正宗、頼みがある! 一生のお願いだ!」

「しょ、小学生みたいですね……ど、どうしたんですか?」

「正宗、下を見てくれ!」

正宗は顔を掻きながらベランダの下を覗く。

「ああ、太郎先輩の奥さんじゃないですか。ん? となりに変なじーさんがいるな」

「正宗、あの二人を足止めしてくれ、なるべく長い時間!」

「……なんか、なんとなく状況がわかったような……しゃーない、わかりましたよ。このパジャマ姿でやるしかないようですね」

「頼むぜ!」

 

正宗が行った後、太郎は急いで自分の荷物を集め始める。

細かいものはゴミ袋に入れ、正宗のベランダに投げ込む。
参考書や問題集もそのままバサバサと投げる。

 

 

葉月と一緒にいる男性は太郎の読み通り、葉月の祖父であった。
正月以来実家に帰省しない葉月を心配して上京してきたのだ。

「おじいちゃん、本当に部屋が汚いの。きれいにしたいから、喫茶店でお茶でもしてて」

「葉月よ。ワシはそんなこと気にはしないぞ。それにしてもさっきから随分必死だな。まさか、男でもいるんじゃないだろうな?」

「そ、そんな人いません」

「なら、いいじゃないか」

 

と、そこに、パジャマ姿の正宗が登場した。

「(あれ、隣に住んでる芸人さん?)」

正宗はいつものパフォーマンスをしようとしたが、タバコを持っていないことに気付いた。

「おー! ガッデーム! あれがないと、俺は、カレーのかかってないカレーライス! 日光のないミトコンドリア!」

「な、なんじゃ、こいつは?」

「驚かせて、すいません。私、このマンションの管理人の、パントマイムの介でございます」

そう言うと、正宗は最近ハマっているパントマイムを演じ始めた。

 

突然の奇行だったが、あまりの完成度に二人は見入ってしまった。

「む、見事だな、管理人さん。葉月、なかなか面白いマンションに住んでいるんだな。さ、行こうか」

祖父は正宗の肩を軽く叩き、マンションに入って行った。

「ぐはっ、太郎先輩、全力は尽くしましたよ」

 

 

葉月と祖父は部屋の前に着いた。
葉月は覚悟を決めて鍵を回す。

「(タロちん、こうなったら……責任とってよね!)」

二人は部屋の中に入る。

「なんだ、きれいに片付いているじゃないか」

部屋の中はきれいに整頓され、太郎の持ち物も全て無くなっていた。

「(あ……タロちん、気付いて片付けたんだ。でも、いないってことは、試験に行ったのかな?)」

 

 

正宗は憔悴しきった状態で自分の部屋に戻る。

「ふー、酷い目にあった。しかし、太郎先輩も大変だな。ありゃあ、隣の女の子のじいちゃんだな。凄げー貫禄だった。見つかったら大変だわな」

正宗は開けっ放しのドアを閉めようとベランダに近づくと、あるモノに気が付いた。

「わわわわわ、なんだこりゃあ!」

太郎の投げ込んだ本やら洋服やらが、正宗側のベランダに散乱している。

「うわー、まあ、しょ、しょうがねーか」

しかし、良く見ると、隣のベランダには太郎が隠れていた。

「あれー? 太郎先輩、まだいたんすか?」

「ああ、正宗、ありがとうな」

太郎は、着替えを済ませ、リュックを背負っていた。

「つーか、着替える暇あったら、部屋から出ないと駄目でしょう?」

「……今日、試験本番なんだ」

「えー! 時間は大丈夫なんすか?」

「すぐに出れば間に合う」

「じゃあ、俺の部屋から出ていいですよ」

「ああ、助かるよ」

太郎が、正宗のベランダへ乗り移ろうとした時、葉月の部屋からどなり声が聞こえた。

 


NEXT → 第137話  合格祈願 へ


BACK ← 第135話  決心 へ


 

サブコンテンツ

このページの先頭へ