第135話  決心

 

ついにその日が直前に迫ってきた。

東京都職員採用試験。
明日が本試験の日。

太郎は受験自治体を一つに絞っている為、最初で最後の試験となる。

 

前日の夜はいままで勉強してきて、良く間違ったポイントをまとめたノートを眺めるくらいで終わりにする。
夜の10時を回ったところで寝ることにした。

「あ、今日はもう終わりなのね」

葉月は製菓関係の本を閉じて寝る準備をし始め、ベッドに入った。

 

 

太郎は、部屋を暗くする。

「失礼しまーす」

いつものように、葉月の横になっているベッドにもぐりこむ。

 

早い時間に目を閉じたはいいが、明日の試験の事を考えると緊張で寝れそうにない。
空手の試合前日と同じだ

「ねえ、タロちん」

「ん、なに?」

「寝れないの?」

「うん。明日が本番だと思うと寝れそうにないよ。俺、駄目なんだよね、すぐ緊張しちゃうんだ」

「そんなのみんなそうだよ。応援してるよ」

「うん、頑張るよ。今までいろいろ協力してくれてありがとう」

「……何か、試験終わったらお別れみたいな言い方だね」

「いや、その、そうじゃないんだよ。本当に感謝してるんだ。僕みないな男を救ってくれたんだし」

 

しばらく沈黙が続いた。

 

「(あちゃあ、なんか変な雰囲気になっちゃったな)」

「・・・・・・タロちん」

「ん?」

突然、葉月は太郎の腕にしがみついた。
葉月の柔らかな胸の感触が太郎の全体にいきわたる。

「あわわわわ」

「まだ、緊張してるの?」

太郎は別の意味で緊張が極限に達していた。

普段は、ベッドで隣に寝ているとはいえ、太郎は葉月に触れぬようにベッドから片足を出して寝ていた。

それが今や「0距離」になっている。

「そ、そだね。きき緊張してるよ」

「そっか。じゃあ、リラックスさせてあげようか」

「ん?」

「チューしてみる?」

葉月の提案に言葉を失う太郎。

女性と同棲しているという状況にあって、太郎が頑なに守り続けているもの。
それは、葉月とのキス及びそれ以上の関係。

しかし、太郎が葉月の部屋に転がり込んでから、半年が経とうとしている。
さらには、同じベッドに寝ているという関係。

それでいて、太郎と葉月はキスすらしていないのだ。

その理由は、たったひとつ・・・・・・

 

「嫌なの?」

「いや、嫌な訳ないよ、でも……」

「でも?」

太郎は、葉月に顔を向ける。
頬に葉月の温かさを感じる。

このまま唇を重ねれば、なんて楽なんだろうか。

「わかってるよ」

太郎は葉月の言葉にぎょっとした。
わかってる?
まさか、太郎に本命の女性がいることを知っている?

「……この前のさ、気にしなくていいよ」

「こ、この前の?」

あずさのことではないらしい。

「”私をお嫁にして”ってやつ」

「う」

暗がりの中、葉月は太郎の目をじっと覗きこんでいる。
おっとりとした性格の葉月が全力で太郎を見抜こうとしているようだった。

「は、葉月さんは、ぼ、僕と結婚したいって、お、思ってるの?」

言葉のニュアンス。
葉月はどのように受け取るのか?

「そんなことを、女の子に言わせるの?」

「う!」

葉月は反対側を向いてしまった。

 

 

太郎は寝れなかった。
男らしくない質問をしてしまったと反省している。

 

太郎と葉月の出会いは特殊だった。
運命的ととれるかもしれない。

そして将来有望でもない太郎を救い、一緒に住んでいる。
葉月からの無償の愛。

 

太郎の脳裏にあずさが浮かぶ。

 

太郎は思った。
恋と……結婚は違うのかもしれない。

あんなに恋い焦がれたあずさとは、結局数年間もの長い時間があったにも関わらず、キスを2回したのみ。

しかも、あずさも太郎のことを好きになってくれていた。
そんな事実があるにもかかわらず。

そして、ほんの少しのすれ違いにより、今は一緒にいない。

 

一方の葉月とは、太郎が一歩進むだけで。
つき合うことも容易であろうし、より楽しい生活を手に入れることも出来るだろう。

 

相性。

 

多分、全く異なる生き物である男女において、最も必要なものかもしれない相性が葉月とはバッチリと合っているのだ。

「(こんなにも俺を大事に思っていてくれて、優しくて、可愛くて……文句のつけようもない)」

太郎は決心した。

「(……明日、試験が終わったら……言おう。言うんだ)」

 


NEXT → 第136話  試験当日 へ


BACK ← 第134話  近づく試験本番 へ


 

サブコンテンツ

このページの先頭へ