第134話  近づく試験本番

 

4月になり、公務員試験もついに受験の出願の時期になった。

この日は、1週間前に受けた直前時期の模試の結果を予備校で受け取り、そのまま中条と新宿駅で待ち合わせ。
試験直前ということもあって、中条が時間を作ってくれたのだった。

 

合流した二人は、雑居ビルの二階にある薄暗いバーのような店に入る。
さすが官僚は、なかなか大人なところを知っているなあ、と感心する太郎だった。

「なんでも好きなの頼んでくれたまえ」

そう言われ、メニュー表を見ても良く分からない。

「なにか甘いカクテルがいいですね」

「なんだ、君は女の子みたいだな。じゃあ、なにかおまかせで」

店員さんは、カシスベースの甘そうなのを出してくれた。

「う、うまい。中条さん、うまいっす」

「……そ、そうか。それは良かった」

 

座っているカウンターの椅子は座り心地バツグン。

店内にはピアノ演奏が流れているが、よくよく見ると、ピアノがあり生演奏をしている。

一体会計はいくらになるんだろうか。

空手漬けの生活から離れて太郎には、いままで知らない世界がたくさん見えるようになってきた。

「ところで水河君。そろそろ出願の時期だが、どの辺を受けるんだい。私としては国家Ⅰ種も視野に入れておいてくれると、応援しがいがあるというところだが」

「中条さんも国家Ⅰ種に受かって官僚をしてらっしゃるんですよね?」

「いや、私はキャリアではないよ。国家Ⅱ種採用なんだ」

「え? そうなんですか? 特報神覇館に官僚空手家って書いてあったので」

「ふふ。官僚に明確な定義なんてない。世間では霞が関などの中央省庁で働いている職員を一概に官僚って言うのさ」

「へえ、そうなんですね」

太郎は、中条から発せられている雰囲気から、キャリア官僚と思い込んでいた。

「で、君はどこを受けようと思っているんだね」

「あ。じ、実は、試験を一本に絞ろうと思っているんです」

太郎のその返事に中条はグラスを置いた。

「なっ、本気か? 水河君、公務員試験はいわば大学入試と同じだ。併願が当然。就職試験だぞ。落ちる訳にはいかないんだ。国家Ⅰ種、Ⅱ種、国税専門官、地方公務員で言えば東京都や23区、首都圏の広域自治体に政令指定都市、その他市役所。この辺からいくつか日程を調整しながら受けるんだ。前にも説明したハズだが」

「いろいろ考えたんですが、やはり勉強の時間が少なかったみたいで、全部の試験をカバーするのが大変なんです。そこでかなり早い段階から一本に絞れば、それだけ勉強しなくてはならない科目も減るし、傾向の分析や対策も立てやすいでしょ」

「確かに君が勉強を始めたのは年末で決して余裕のある時期ではなかった。しかし、一本にしぼるというのはなあ……ちなみに、どこを受けるんだい」

「ここです」

太郎はカバンから出願用紙を出した。

「と、『東京都』か。水河君、そこは国家Ⅰ種ほどではないにしろ、なかなかの難関だぞ。それに試験が択一のみならず択一や記述、論文など多岐にわたっている。それに面接の倍率も高いらしい。わかっているんだろうね」

「はい」

「君……まさか、都庁舎のカッコよさだけで選んでないか?」

「う、ばれました?」

「……まあ、もう何も言うまい。確かに一本に絞るというのも一つの手だろうからな」

「ははは」

「そういえば、今日、模試の結果が出たんだろ。どのくらい出来たんだ」

「見ます?」

太郎は、出願用紙をしまい、模試の結果を取り出した。

「う……これは!  択一試験はほぼ満点、記述も高得点、論文も合格ラインは超えているだろう……うん、随分と上手い形式で書けているし。いやはや、この数ヶ月で凄い成長じゃないか」

「いやー、自分でも驚いてます。まあ勉強しかすることないし、環境がいいですよね」

「うーむ。空手もそうだったが、確かに君は環境に恵まれてはいるし、環境が一番大事だろう。しかし、誰もがその恵まれた環境を活かせる訳じゃない。君には天性の集中力と問題解決力があるようだ」

「中条さんにそこまで褒められると、なんだか照れちゃうな」

「まあ、社会に出てからぶつかる壁は、受験のそれとは別物だがね。それはそれとして、筆記試験は通りそうね。私もびっくりだ。まさかここまでとはね」

「ははは」

 

太郎は久しぶりに飲む酒に酔いしれた。

越えるべき壁が迫って来た。
空手のことも女性のことも、とりあえずその後だ。

太郎は一心不乱に勉強に集中するのみだった。

 


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