第132話  独りぼっちの年越し

 

葉月はクリスマスから年明けまでを新潟の実家で過ごす。
太郎は高級マンションで一人暮らし。

正宗は見ない日はないほど、テレビに出ずっぱりだ。
しかし、空いた日があれば太郎は飲みにさそわれたりする。

 

大みそか前に少し時間が出来たので、太郎と正宗は近くのレストランで食事をすることになった。

太郎は公務員の勉強を始めたことを話した。
正宗は少し驚いたようだった。

「いやー、今から受験勉強とか、なかなかチャレンジャーですね。でも、確かに俺らくらいの年齢だとまともな企業には入れないっすよねー」

正宗は太郎の一つ下で、24歳である。

「俺みたいな安定してない職業からしたら、公務員なんてうらやましーですよー」

「でも、まだなれるって決まった訳じゃないし。俺からしたら正宗みたいな仕事、夢があって素敵だと思うよ」

「いやー、売れてる時は半端ないっすけど……でも、常に不安と隣り合わせってゆーか、つーか、俺なんかはまともな職に就けないからこの業界を選んだっつーのもありますし」

 

 

真夜中に帰宅し、ほろ酔い状態だったが、太郎は受験科目の一つである『憲法』の参考書を開いた。

ここ数日は憲法漬け。
しかし、空手で培った集中力を存分に発揮している。

「ふう。しかし、憲法だの経済学だの、公務員の試験は、大学の授業でやったのばかりだなー。もっとちゃんと勉強しとけば良かったなあ。教科書持ち込みOKの科目しか単位取らなかったもんなあ」

2月には模擬試験があるので、それまでには一通り終わらせる予定だった。
かなりのハイペースであるが、やるしかない。

「試験には論文なんかも出るからな、早めに勉強は終わらせないと。しかし、大学卒業してすぐ公務員になるような人達は、就職活動やりながら勉強してんのかな。それとも勉強一筋なのかな。どちらにせよ、安定した暮らしをゲットするような人は、それなりに努力してるんだよなあ」

 

 

大みそかも太郎は勉強をしていた。
もともと初詣などをする習慣も無いので、ずっとマンションの部屋にこもっていた。

気が付くと年をまたぎ、新年を迎えていた。
なんとも味気ない元日だ。

テレビを付けると、正宗が正月バラエティー番組で活躍している。

「頑張ってるなあー」

太郎はテレビを消して、ベランダに出る。
今夜も夜景が綺麗だが、正月の東京はどことなく寂しげだ。

物思いにふけるにはもってこいの夜だった。

相馬に、空手に出会ってから、来月で丸4年になる。

良くも悪くも、太郎にとっては人生の岐路となる出来事だった。

そして空手漬けの生活から離れて1ヶ月以上が経つ。
早くも筋肉の鎧は薄くなり、柔軟性もなくなってきた。
鏡の前に立つ度に、その情けない身体つきに焦りを感じ、拳立てなどを行ってみるが、数をこなせないし、長続きもしなかった。

結局、相馬の監視の元で、ライバルのロベルトと切磋琢磨していたからこそ、自分は高見に昇ることができていたのだと感じた。

(太郎、黒帯巻くってことは、独りでも稽古出来るってことだぞ! )

相馬の声が聞こえた気がした。

「……相馬先輩。僕は駄目でした。黒帯を巻く資格は無かったみたいです」

今や太郎の黒帯は、納戸の奥にひっそりと眠っている。

 


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