第131話  公務員受験生に

 

中条と会った次の日。
クリスマス当日に、太郎は早速行動に移した。

 

まずは予備校を回ってみる。
当然、そのような所に通うお金はないのだが、公務員試験の概要すら全くわかっていなかったので、専門のスタッフの人に話を聞くことにした。

入会するつもりなぞ毛頭無いのだが……最近はしたたかさも備わってきたのだろうか。

都心の駅前にはたいてい公務員を扱っている予備校はあった。
その中でも大手の学校で話を聞くことにした。ビル丸々が予備校であった。

「ここならくわしい話が聞けそうだな」

 

太郎はエレベーターで受付のある4階へ上がる。

フロアーに着くと、予備校生らしき若者がちらほら。
年配の男性もいる。

「資格と言ってもいろいろあるからな。ここには老若男女が通っているんだな」

太郎はパンフレットが並んでいるエリアを見つけた。
会計士、税理士、不動産鑑定士……様々な資格のパンフレットがある。

 

と、その時。職員らしき女性がパンフレットを抱えて、空きスペースに詰め始めた。
それはまさに公務員のパンフレットだった。
しかしそのパンフレットには『受験経験者最短コース』と書かれていた。

「ふあっ!」

太郎は思わず声が漏れた。
受験経験者のコース……今の時期に一から勉強を始めるのはやはり厳しいのだろうか。

太郎は茫然と立ち尽くしている。

「あ、あの。どうかしましたか?」

その女性スタッフは心配そうに太郎を見つめる。

「はっ……」

太郎は、その女性の方を向いた。

年齢は太郎と同年代、24、5くらいだろうか。
軽く茶色がかっているショートカット、細めの端正な顔立ち。
なるほど受付に立つ者としての清潔感がある。

太郎は思い切って話を切り出した。

「そ、その。実は公務員の受験を考えてまして……でも試験の仕組みとか全然わからないんです」

「ああ、そうなんですね。なら、受付のカウンターでご説明させていただきますよ」

「あ、でも、予備校に通うとかまだ考えてなくて」

「全然構いませんよ。お話だけでも伺います」

笑顔にこなれた対応。
惚れてしまいそうな太郎だった。

 

相談用のカウンターでしばらく待っていると、先ほどの女性は何冊かのパンフレットを持ってきた。

「寺地と申します。本日は公務員のご相談ということでよろしかったでしょうか?」

「はい、そうなんです。昨日公務員を目指そうと思いまして……」

「き、昨日ですか?」

軽率な男と思われたのだろうか。

「すごい行動力ですね」

どうやら感心されていたようだ。

「では、公務員にどんな種類があるかなどは、あまりご存じではありませんよね」

「そうなんです。右も左も上も下もわかりません」

「ふふ、面白いですね」

太郎は段々と調子に乗ってきたようだ。

「公務員を大きく分けると、『国家公務員』と『地方公務員』に分かれます。国家公務員では霞が関などに集中している中央官庁などで働く官僚さんが有名ですよね」

ということは、官僚である中条も国家公務員ということになる。

「国家公務員には他に、国税専門官や裁判所事務官というものもあります」

「なんか聞いたことありますね。それじゃあ、地方公務員とは?」

「地方公務員は、各都道府県庁や、市区町村の役所で働いている公務員です」

「え? じゃあ、東京都庁も地方公務員なんですか」

「そうです。地方とは地方自治体の事なので東京都も地方自治体になります。国家公務員以外は地方公務員と思っていただいて結構だと思います」

「なるへそー」

「公務員の仕組みを説明しているとかなり時間が掛かりますので、実際の試験の話をさせていただきます」

「はい」

「ざっくり言うと、様々な職種から5種類くらいを選び、試験を受けることが出来ます。つまり併願ですね。試験内容は同じようなものなので、ほとんどの受験生はいくつかを受験します」

「えっと、つまり官僚の試験と国税なんたらとどっかの県庁とどっかの市役所とか……そういうことですか?」

「えー!  凄い!  その通りです。とても昨日公務員受験を思い立ったとは思えません。凄い理解力ですねー!」

「いやー、それほどでも……うひひ」

「説明しやすくて助かります。つまりそうなんです。公務員の受験は基本無料なので、受験日が重ならない限りはいくつでも受けれるんです。一番早く始まるのが、国家公務員Ⅰ種という試験で、4月末くらいです」

「つ、つまり勉強時間はあと4カ月ほどということですね?」

「そういうことになります」

「むむー。で、実際に出される試験とは?」

「はい、大きく分けて筆記試験と面接試験です。たいていは筆記を突破することで面接を受けることが出来ます」

「な、なるほど。ち、ちなみに面接の倍率って、どのくらいなんでしょうか?」

「一般的には……2倍くらいですね」

「に、2倍! ?」

衝撃的だった。
努力して勉強すれば二人に一人は公務員になれるのか?

太郎は、なぜもっと早く勉強を始めなかったのか、悔しさが溢れて来た。

「あ、でもあくまで採用の場所ごとに判定のしかたは違うので。筆記の試験はほとんどの方を合格させて、面接で10倍くらいの倍率にしている自治体なんかもありますし」

「じゅ、10倍!」

どうやらいろいろあるらしい。

「て、寺地さん。ぶっちゃけて聞いていいですか?」

「は、はい」

太郎は確信部分を聞くことにした。

「恥ずかしい話、実は私、来月25歳になります。職歴もありません。こんな僕が、筆記試験に合格したとして……面接を突破できるものでしょうか?」

太郎が一番気がかりになっていた部分である。

「……私がこの仕事を始めての、正直な意見を言わせてもらいますと……」

「はい」

「お客様の経歴は、採用側には決してプラスには受け取られません。当然不利になります」

「……」

「ですが、無理でもありません。実際にお客様のような経歴で合格されている方もいらっしゃいます。要するに、面接でそこのところを突っ込まれても、きちんと説明できるかどうかだと思います。もしかすると、そのような経歴の人を採用しない自治体もあるかもしれませんが、そんなことを気にしても始まりませんよね」

「そ、そうですよね」

「それに……水河さんなら十分に堂々と説明できるんじゃありませんか?」

「へ? なんで僕の名前を?」

「あ、やっぱり!  だって、空手の先生ですよね。スモラバ正宗さんのコーナー、私見てました」

「あ!」

「受付から水河さんが見えたんで……私パンフレット入れに近づいたんです」

「あ、そ、そうだったんですね」

「今から受験勉強するのって、凄く大変だと思いますけど、水河さんなら絶対大丈夫だと思います。面接だってへっちゃらですよ!  私応援してますから」

「あわわ、ありがとう、ございます」

曲がりなりにもゴールデンタイムのテレビに出演していた太郎。
確かに顔を覚えている人がいてもおかしくはなかった。

今日は太郎にとって非常に有意義な一日となった。
公務員試験という敵の姿がだいぶはっきりしてきた。

太郎は、決めた。
必ず公務員試験を突破すると!

成功するかどうかはわからない。
しかし、目指すのだ、社会人を。

 


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