第130話  クリスマス・イブの夜

 

「タロちん、ごめんね。うちのおじいちゃんとっても怖いの」

葉月はクリスマス前に実家に帰省した。

 

葉月家系は代々新潟で酒蔵を営んでいるとのこと。
現在その酒蔵を管理しているのが葉月の祖父らしい。

厳しい性格らしく結婚を前提とした付き合いをする恋人以外は許さない。
一流の企業あるいは弁護士や会計士などのハイスペックな職業に就いている者でなければ許されないらしい。

太郎はその判断基準からいうと間逆の存在だ。

その前に、葉月と自分との関係は一体なんなのだろう。
その答えもない状態。

 

太郎は独り寂しくクリスマスを迎えることになった。
例年は道場生達と騒いでいたのだが、もうあの頃には戻れない。

幸い葉月の車を好きに使っていいということだったので、太郎は大好きなドライブに出かけることにした。

18時を回り、外はすっかり夜。

太郎にとって、東京の道路を運転するのは人生で初めてのことだ。
千葉の田舎道と違い、車の多さ、車線の多さ、そして都会の道路ならではのドライバー同士のやりとりなど、寿命が縮まることこの上ない。
目的地も無く、ただドライブを楽しもうとしたが、クリスマスの首都道路はそれを許さなかった。

太郎はカーナビで適当に目的地を検索した。

「と、とりあえず、海でも見ようかな……羽田空港の近くのこの広い公園にするかあ」

太郎は東京湾を目指して車を進めた。

 

東京は狭い。
目的地には数十分で到着した。

 

公園の近くの駐車場に車を止め、夜の公園を散歩する。

「うわあ、夜景がきれいだなあ」

クリスマス・イブの夜の公園は、ほとんどがカップルである。
太郎は、寒い夜の公園をジャケットのポッケに手を入れ、かがんで歩く。

ふと、太郎の脳裏にあずさが浮かんだ。

「はあ、あずさ先輩、今頃どんなクリスマスを過ごしているのかなあ。相馬先輩もいない、ロベルトもいない、俺もいない……罪な相馬軍団だな」

 

そんなことを考えながら、しばらく歩いていると埠頭で出っ張りに片足を乗せ、ドラマのワンシーンを演じている男がいる。

スーツ姿で近くにビジネスバッグらしいものが置いてある。

「なんだあいつは。クリスマス・イブだってのに、独りで……」

近くを素通りしようとしたが、その男と目が会った。

「ん? 水河君じゃないか」

「げ!  中条……さん」

目黒道場の中条だった。

「本当に君とは変な所で会うね」

「お、押忍。中条さん、ひ、独りですか?」

「うむ。そのようだね。君は」

「ぼ、僕も独りです」

「うむ。どうだい、飲みにでも行こうじゃないか」

「あ、いいですね。でも僕、車で来ているんで、お酒は飲めませんが」

「なんだ君、車なんて持っているのか?」

「まあ、いろいろあって」

 

二人は太郎の車で移動する。

どうやら、中条は数日前に恋人に振られたらしい。
それで思い出の場所でたそがれていたのだった。

「女々しい男だと思うだろ?」

「い、いや、とんでもない」

「ふふ。ただでさえ中央省庁の業務は多忙だ。それに加え空手の稽古に熱中。振られても無理はないな。ところで君は何故独りでいたんだい?」

太郎は全日本後の相馬軍団の崩壊と、ヒモ生活について話した。
池袋のラブホテルもその女性といたことも。

中条はクールにだが興味深そうに話を聞いてくれた。

中条が恋人と過ごす予定だった天王洲のレストランに到着した。
海沿いでかなり高級そうである。

「ギリギリまでキャンセルしようかどうか迷っていてね。君と会えて良かったよ」

「す、凄い店ですね」

「まあね」

二人はしばらく空手談義に華を咲かせていた。
何と言っても二人は先月の全日本にて激突しているのだ。

そして中条が相馬に憧れて空手を始めたことも太郎は初めて知り、相馬という男の偉大さに改めて感心した。

 

そして話は恋愛の話に。
太郎とあずさの心が離れるキッカケとなった将来に対する不安を中条に相談した。
官僚である中条、ニートである太郎。
社会的立場は大きく違う。

「君はあずささんに大見え切っておいてどんな努力をしてるんだね」

「そ、それは……」

「ふ。何をしていいかわからないんだろ」

「と、とりあえず求人広告とか見てですね……」

「……君があずささんを取るか、今の葉月さんを取るのかは知らんが、少なくとも家庭を築いていくつもりなんだろ?」

「は、はい」

「それならばしっかりとした就職口を探さねば」

「そ、それはわかってますが……なかなか」

中条は太郎の目をじっと見据える。

「水河君。君は今、いくつだったかね?」

「来月……25歳になります」

「25……当然新卒でもない。資格も無い」

「う……」

「正直に言おう。大手企業で君を採用する会社は無い!」

「うう!」

厳しい言葉だった。
しかし太郎にもうすうすわかっていたことだった。

「そんな君に安定した家庭を築くことは出来ないだろう」

「……」

太郎はうつむいた。

そうなのだ。
わかっていたのだ。

空手の稽古に専念しているときも。
いや、専念することによって、そのような将来の不安。
絶対的な不安を忘れようとしていたのだ。

そして、そのような葛藤があるゆえに、自分に好意を寄せていたあずさにも、いまいち積極的になれなかったのだ。

立派な社会人である中条に言われたことで、その不安は絶対的な絶望となり、太郎の視界は暗くなっていった。

「ふ、だが全く希望が無いわけではない」

「へ?」

太郎は顔を上げた。

「水河君!  公務員試験を受験したまえ!  君にはそれしかない!」

「こ、公務員! !」

「当然試験を突破するには猛烈な勉強が必要になる。しかし努力でどうにか筆記試験さえクリアすれば、後は民間企業よりも数段倍率の低い面接だ。しかも公務員といっても様々な自治体、業種があり、チャンスもある。当然、面接は若い新卒が有利だが、民間のように採用が皆無に近いということはない。現に、私の職場にも社会人経験が無く、何年か浪人して入ってくる奴がいるのだ。どうせ時間だけはたくさんあるのだろう? やってみる価値は十分あると思うぞ」

「……」

中条の話を聞き、音を立てながら少なからずの希望が湧いてきた。

「こ、公務員……僕のようなボンクラが……」

「空手で培った集中力を存分に発揮したまえ。来年の試験は半年後くらいから始まり出す。時間は十分ではないが、数年で空手の日本一に輝いているんだ。やれるさ」

「お、押忍!  やってみます!  中条さん、よろしくご指導お願いいたします!」

「ふ、熱し易い男だな。私も微力ながら応援させてもらうよ」

「よおおおーし!  やってやんぜー!」

「……と、とりあえず、声をもう少し抑えてくれ」

太郎は気付くと立ち上がり拳を振り上げていた。
周りのお客さんの視線は太郎に注がれていた。

 


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