太郎は目を覚ます。
横を振り向くと隣には葉月が寝ていた。

板橋道場を出てから初めての休日。

社会人である葉月は平日は7時前には家をでる。
今日は、9時を回った今も静かに寝息を立てている。

朝起きて、横に女性がいる。
なんだか不思議な感じだ。

こんな近距離で女性の顔を覗き込んだことなど、今までの人生にないことだった。

「女性っていい匂いだな」

太郎は、葉月のほっぺをつつき、髪をさわる。
そして、布団に潜り込んでいた腕をおもむろに取り出す。

「寒いよー」

葉月が起きたようだ。

「タロちん、さっきからなにいたずらしてんの?」

「ん、いや、女性って男と違うなって」

「何、いまさら。いろんな女の子を触って来たんでしょ」

「へ?」

どうも葉月は勘違いをしているようだ。

太郎の持っている女性経験と言えば、あずさとの2回のキスのみだった。
なのだが、葉月からこんなことを言われると、途端に自分は経験豊富な男に思えてくる。

女性が男を成長させるんだな。
太郎はそう思った。

「ねえ、タロちんさあ。今日はおやすみだから、お出かけしよーよ」

「オデカケ!」

「キャハハ、いちいち面白いね」

 

 

青山にある葉月のマンションからしばらく歩くと表参道に出る。
すぐ近くには原宿。

自分には無縁の場所と思っていた。
そんなおしゃれな空間にいることが、なんだか信じられない。

「タロちん、いっつも同じ服着てるから、なんか買ってあげるよ」

着の身着のままで、相馬の部屋を出た太郎は、着替え1着しか持ち合わせていない。

「ほんと? やったー!」

発言して、太郎は思った。
俺にはヒモの才能がある、と。

 

オシャレな人達が多い街だ。
人種のるつぼのような池袋や新宿の混雑とは別物で、雑誌を切りぬいたような若者が溢れている。

そんな中でも葉月のかわいらしさは際立っているように思える。

通りすがりの人が葉月に振り返ることもままあった。
それは、隣にいる自分とのミスマッチからなのかもしれないと思い、太郎の視界は狭くなっていく。

もちろん、あずさも当然に可愛かった。
あずさを静の美人とすれば、葉月は動の美人と言えるかもしれない。

そんな二人と関係があるなんて(深い関係にはなっていないが)自分は幸せ者だと実感する太郎。

 

と、太郎の手のひらに暖かな感触。
葉月が手を握っている。

「ぎょぎょぎょー!」

「大袈裟なんだよ、タロちんは。ふふ」

 

葉月に手を引かれ、太郎は洋服店に入る。

すぐに店員さんが寄ってくる。太郎は背筋が凍る。

「いらっしゃいませー、今日は彼氏さんとなんですねー」

葉月は常連なのだろうか。

「そうでーす。だから二人で選ばせてね」

「はーい、何かあったら呼んで下さいね」

店員さんは別の場所に移動した。

葉月は緊張している太郎を気遣ったようだった。

 

「タロちん、どんなのがいいかな」

「そ、そうだね……」

いろいろと服が並んでいる。
慣れていない太郎は、真っ先に値札をチェックしてしまうのだった。

「シャ、Tシャツが9,800円!  くはっ、なんと」

「タロちーん、値札なんか見なくていいよ。アタシがプレゼントするんだから。それに、このお店はそんなに高いの売ってないから気にしないで」

「お、押忍……はい」

太郎が来ていた服は、有名低価格店のものだけだった。

いや、しかし、洋服って高いんだな。
太郎はカルチャーショックを受けた。

 

だが、店内の雰囲気に慣れてくると、自然と服選びが出来るようになってくる。
すると段々と楽しくなってくる。

可愛い女の子とオシャレなお店でお買いもの。
太郎の知らない世界だった。

あずさとは4年近くもすぐ近くにいたのに、一度もデートらしきことをしたことはなかった。
お互いに気があったのに。

しかし、葉月とは出会ったその日にラブホテルに入り、再会して同棲している。
これが男女の相性というものなのだろうか。

好きという感情ではどうしようもない壁があるのだろうか。

自分とあずさは結局結ばれない運命だったのか。

葉月と仲良くなればなるほど、太郎はそんな考えを巡らせる。

あずさの元に帰るのか。
このまま葉月と一緒になるのか。

そんなこと自分に答えが出せるのか。

 

 

おしゃれに変身した太郎は、これまたおしゃれな喫茶店に入る。
葉月はカウンターに並ぶスイーツを真剣なまなざしで見ている。

よっぽど甘いものに目がないのか。

「ねえ、タロちん。どれがいい?」

「そーだねー。僕はチーズケーキがいいかな」

太郎はシンプルなチーズケーキを選んだ。

「うん、チーズケーキはおいしいよね」

葉月はショートケーキを選んだ。

 

太郎はアイスコーヒーを、葉月はアイスレモンティーを飲みながら、運ばれてきたスイーツに舌鼓を打つ。

「タロちんはさ」

「ん、なに?」

「空手に青春をかけていたんだよね」

突然の質問に驚いた。

「そ、そうだね。まあ、今は、ご覧のとおりだけど」

「素敵だよね、素敵」

「ん、なにが?」

「好きなことに出会って、それに全力を尽くすって」

「そ、そうだね」

なんだか、この店に入ってから、葉月の様子が少しおかしいと思っていた。
普段の天真爛漫さが見られない。

「私は今年から社会人してるんだけど、なんか違うの」

太郎には、葉月が言わんとしていることが何となくわかってきた。

「今の仕事は、葉月さんの好きなことじゃないってこと」

「うん」

葉月はうつむいた。

「大学時代に好きなことが見つからなかったんだ。そんでもって、なんとなく就活して、なんとなく就職して」

太郎はゆっくりと頷きながら、葉月の話に耳を傾ける。

「このままじゃいけないと思って、探したの。自分のやりたいこと」

「うん。それで、見つかったの? 葉月さんのやりたいこと」

「見つかんなかったんだけど、無理やり作った」

「無理やり?」

「そう。私はスイーツが好きだから、パティシエになろうと思ってるんだ」

パティシエとは、洋菓子を作る職業のことだろう。

「うん。素敵だね」

「ありがとう、タロちん」

葉月は笑うと目が垂れる。
実に可愛い。

「私の夢はね。パティシエの修業のために海外に行く事なんだ」

「へえー、凄いね!」

修業のために、海外へ。
カッコいいと思った。

「じゃあ、お金持ちなおじいちゃんに費用を出してもらったら?」

と、葉月の表情が変わった。

「それじゃあ意味がないと思うんだ。だから、今はお金を貯めているの。パティシエになるためのお金は自分で稼ごうと思ってるんだ」

太郎は圧倒された。
夢を語る人はなんて素敵なんだろう。
尊いのだろうと。

「ねえ、今の話、なんだか子供っぽいよね。もう社会人なのに」

「いや、とんでもない。葉月さんをたたえる言葉が見つからなくて困っているとこだよ」

「えー。タロちん、うまいなあ」

多分、子どもなんだろう。
葉月も、太郎も。

でも、輝いている。
太郎はそう思った。

 


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