第129話  葉月の夢

 

太郎は目を覚ます。
横を振り向くと隣には葉月が寝ていた。

板橋道場を出てから初めての休日。

社会人である葉月は平日は7時前には家をでる。
今日は、9時を回った今も静かに寝息を立てている。

朝起きて、横に女性がいる。
なんだか不思議な感じだ。

こんな近距離で女性の顔を覗き込んだことなど、今までの人生にないことだった。

「女性っていい匂いだな」

太郎は、葉月のほっぺをつつき、髪をさわる。
そして、布団に潜り込んでいた腕をおもむろに取り出す。

「寒いよー」

葉月が起きたようだ。

「タロちん、さっきからなにいたずらしてんの?」

「ん、いや、女性って男と違うなって」

「何、いまさら。いろんな女の子を触って来たんでしょ」

「へ?」

どうも葉月は勘違いをしているようだ。

太郎の持っている女性経験と言えば、あずさとの2回のキスのみだった。
なのだが、葉月からこんなことを言われると、途端に自分は経験豊富な男に思えてくる。

女性が男を成長させるんだな。
太郎はそう思った。

「ねえ、タロちんさあ。今日はおやすみだから、お出かけしよーよ」

「オデカケ!」

「キャハハ、いちいち面白いね」

 

 

青山にある葉月のマンションからしばらく歩くと表参道に出る。
すぐ近くには原宿。

自分には無縁の場所と思っていた。
そんなおしゃれな空間にいることが、なんだか信じられない。

「タロちん、いっつも同じ服着てるから、なんか買ってあげるよ」

着の身着のままで、相馬の部屋を出た太郎は、着替え1着しか持ち合わせていない。

「ほんと? やったー!」

発言して、太郎は思った。
俺にはヒモの才能がある、と。

 

オシャレな人達が多い街だ。
人種のるつぼのような池袋や新宿の混雑とは別物で、雑誌を切りぬいたような若者が溢れている。

そんな中でも葉月のかわいらしさは際立っているように思える。

通りすがりの人が葉月に振り返ることもままあった。
それは、隣にいる自分とのミスマッチからなのかもしれないと思い、太郎の視界は狭くなっていく。

もちろん、あずさも当然に可愛かった。
あずさを静の美人とすれば、葉月は動の美人と言えるかもしれない。

そんな二人と関係があるなんて(深い関係にはなっていないが)自分は幸せ者だと実感する太郎。

 

と、太郎の手のひらに暖かな感触。
葉月が手を握っている。

「ぎょぎょぎょー!」

「大袈裟なんだよ、タロちんは。ふふ」

 

葉月に手を引かれ、太郎は洋服店に入る。

すぐに店員さんが寄ってくる。太郎は背筋が凍る。

「いらっしゃいませー、今日は彼氏さんとなんですねー」

葉月は常連なのだろうか。

「そうでーす。だから二人で選ばせてね」

「はーい、何かあったら呼んで下さいね」

店員さんは別の場所に移動した。

葉月は緊張している太郎を気遣ったようだった。

 

「タロちん、どんなのがいいかな」

「そ、そうだね……」

いろいろと服が並んでいる。
慣れていない太郎は、真っ先に値札をチェックしてしまうのだった。

「シャ、Tシャツが9,800円!  くはっ、なんと」

「タロちーん、値札なんか見なくていいよ。アタシがプレゼントするんだから。それに、このお店はそんなに高いの売ってないから気にしないで」

「お、押忍……はい」

太郎が来ていた服は、有名低価格店のものだけだった。

いや、しかし、洋服って高いんだな。
太郎はカルチャーショックを受けた。

 

だが、店内の雰囲気に慣れてくると、自然と服選びが出来るようになってくる。
すると段々と楽しくなってくる。

可愛い女の子とオシャレなお店でお買いもの。
太郎の知らない世界だった。

あずさとは4年近くもすぐ近くにいたのに、一度もデートらしきことをしたことはなかった。
お互いに気があったのに。

しかし、葉月とは出会ったその日にラブホテルに入り、再会して同棲している。
これが男女の相性というものなのだろうか。

好きという感情ではどうしようもない壁があるのだろうか。

自分とあずさは結局結ばれない運命だったのか。

葉月と仲良くなればなるほど、太郎はそんな考えを巡らせる。

あずさの元に帰るのか。
このまま葉月と一緒になるのか。

そんなこと自分に答えが出せるのか。

 

 

おしゃれに変身した太郎は、これまたおしゃれな喫茶店に入る。
葉月はカウンターに並ぶスイーツを真剣なまなざしで見ている。

よっぽど甘いものに目がないのか。

「ねえ、タロちん。どれがいい?」

「そーだねー。僕はチーズケーキがいいかな」

太郎はシンプルなチーズケーキを選んだ。

「うん、チーズケーキはおいしいよね」

葉月はショートケーキを選んだ。

 

太郎はアイスコーヒーを、葉月はアイスレモンティーを飲みながら、運ばれてきたスイーツに舌鼓を打つ。

「タロちんはさ」

「ん、なに?」

「空手に青春をかけていたんだよね」

突然の質問に驚いた。

「そ、そうだね。まあ、今は、ご覧のとおりだけど」

「素敵だよね、素敵」

「ん、なにが?」

「好きなことに出会って、それに全力を尽くすって」

「そ、そうだね」

なんだか、この店に入ってから、葉月の様子が少しおかしいと思っていた。
普段の天真爛漫さが見られない。

「私は今年から社会人してるんだけど、なんか違うの」

太郎には、葉月が言わんとしていることが何となくわかってきた。

「今の仕事は、葉月さんの好きなことじゃないってこと」

「うん」

葉月はうつむいた。

「大学時代に好きなことが見つからなかったんだ。そんでもって、なんとなく就活して、なんとなく就職して」

太郎はゆっくりと頷きながら、葉月の話に耳を傾ける。

「このままじゃいけないと思って、探したの。自分のやりたいこと」

「うん。それで、見つかったの? 葉月さんのやりたいこと」

「見つかんなかったんだけど、無理やり作った」

「無理やり?」

「そう。私はスイーツが好きだから、パティシエになろうと思ってるんだ」

パティシエとは、洋菓子を作る職業のことだろう。

「うん。素敵だね」

「ありがとう、タロちん」

葉月は笑うと目が垂れる。
実に可愛い。

「私の夢はね。パティシエの修業のために海外に行く事なんだ」

「へえー、凄いね!」

修業のために、海外へ。
カッコいいと思った。

「じゃあ、お金持ちなおじいちゃんに費用を出してもらったら?」

と、葉月の表情が変わった。

「それじゃあ意味がないと思うんだ。だから、今はお金を貯めているの。パティシエになるためのお金は自分で稼ごうと思ってるんだ」

太郎は圧倒された。
夢を語る人はなんて素敵なんだろう。
尊いのだろうと。

「ねえ、今の話、なんだか子供っぽいよね。もう社会人なのに」

「いや、とんでもない。葉月さんをたたえる言葉が見つからなくて困っているとこだよ」

「えー。タロちん、うまいなあ」

多分、子どもなんだろう。
葉月も、太郎も。

でも、輝いている。
太郎はそう思った。

 


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